第37話|12分|トイレの前に立った朝
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第35話|余裕のない日々|誤差にした違和感
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母からパピコの動向を聞いた後、
しばらく何か話していたはずだが、
正直あまり覚えていない。
考えることが多すぎて、
耳に入らんかった。
今日は学校に行きたくないらしい。
どうすればいいか。
と聞いてきた。
厳しく言わんといけんのじゃないか、
とも。
でも、
「休ませてやってくれ」
それだけ言って電話を切った。
今まで怒ったり声を荒らげたこともないパピコが、あんなふうになるとは思わんかった。
今は希望を叶えてやりたい。
まず顔を見て話したい。
そう思った。
電話を切っても、
頭の中は止まらん。
最悪の想像だけが回る。
「大丈夫ですか?」
顔を上げる。
「顔、真っ白っスよ」
部下の声で我に返る。
どうやら血の気が引いとったらしい。
彼は少し言いにくそうに、
でも真っ直ぐ言った。
娘さんのことですよね。
今日の仕事は僕らでやるんで、
帰ってもらってもいいですよ。
涙腺は弱い方じゃ。
普段なら、
その一言で目が潤んでもおかしくない。
でもその時は、
感情より先に判断が動いとった。
「ありがとう。そうさせてもらう」
それだけ言って職場を出た。
忙しい時期だった。
でも、はっきり言って、
仕事なんか出来る状態じゃなかった。
車の中でも、考えは止まらん。
普段のパピコの様子。
部屋のSwitch。
連絡帳の文字。
点と点を勝手に結びながら、
家に着いた。
帰ると、
パピコは部屋の隅に座っとった。
泣いとらん。
怒っとらん。
ただ、静か。
その静けさが一番きつい。
学校に欠席の連絡を入れ、
様子を話すと、
夕方伺わせてほしいと言われた。
それをパピコに伝えると、
「分かった」
少し間を置いて、
「ごめんなさい」と続けた。
あれだけ色々話す準備をしとったのに、
その時は、
少しだけ笑みを含んだ顔で、
「うん」
としか返せんかった。
正しさはいくらでも並べられる。
盗みは悪い。
仕返しは違う。
順番も筋も、頭では整理できる。
でも今は、
それをぶつける場面じゃないと判断した。
暗くなってから、
先生たちは来た。
聞き取りをまとめると、
いじめの可能性がある、と。
加害とされる子は三人。
被害はパピコ一人。
断定ではない。
でも、状況証拠は揃いつつある。
話を聞きながら、
胸の奥がじわっと熱くなる。
パピコを呼ぶ。
先生は月曜には何とかすると言った。
指導、席替え、対応。
それを聞いたパピコは、
小さく、
「それなら月曜は行きます」
と約束した。
先生は深く頭を下げて帰っていった。
家に静けさが戻る。
母が「どう思う?」と聞くので、
「分からんよ」
と答えた。
そうは言ったが、
頭の中では仮説はいくつも立っとった。
ただ、今それを一つに絞って
説明する気力がなかった。
土曜も仕事。
心配だったが、
母に任せて家を出た。
母いわく、
少し安心したのか、
普通に過ごしとったらしい。
日曜の朝、母は実家へ帰った。
その他の事象についても
相談するか迷ったが、
自分を厳しく育てた人の言葉が、
今のパピコにそのまま当てはまる気がせず、
結局、何も聞かんかった。
休みの間の様子を見ると、
よくしゃべるし、
笑いもする。
それでも、
どこかに違和感が残る印象だった。
そんな状態のまま、月曜の朝を迎えた。
「やっぱり行かん」
想定内。
でも心臓は重い。
「先生に行くって約束したじゃろ」
そう言った瞬間、
パピコは立ち上がってトイレへ入り、
鍵をかけた。
ドアの前に立つ。
「パピコ」
返事はない。
「先生、待っとるで」
沈黙。
時計を見る。
まだ6分。
体感ではもっと長い。
ドアノブに手をかける。
コインで回せば開く。
でも、それをやったら違う。
強制は短期的には効く。
でも信頼は削れる。
その先のリスクの方が大きい。
拳を握る。
開く。
また握る。
まだ、12分。
怒りか、焦りか、守りたい気持ちか。
どれが前に出とるのか整理できん。
開けるのは簡単。
でも、それで解決した事例を自分は知らん。
結局、無言の時間が流れていくしかなかった。
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第1話|抱っこと決意|シングルファザーとなった最初の日https://note.com/fast_deer7937/n/n74aef03be245
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