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森平太郎が遺した軌跡 後編 (大森西) #72

※本記事は
 Otapedia公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
 無断転載・改変・商用利用を禁止します。
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はじめに


 
本稿では
 森平太郎氏の
 多岐にわたる功績に焦点を当て
 その生涯を追う。

 故郷佐賀に残した
 教育への貢献、
 販売戦略としての
 ユニークな取り組み、
 そして後世に与えた影響について
 詳述したい。


エピソード

故郷における社会貢献

・1932年 (昭和7年) に、
 火事で焼失した
 地元の小学校の講堂再建のため
 寄付しました。
 その功績を称える記念碑が
 小中一貫校北山校に
  (佐賀市富士町大字中原342-2)
 残っています。

 祖父森源兵衛の名をもって
 建立されたこの頌徳碑は、
 故郷への深い想いを
 示すものである。

 平太郎は地元佐賀において、
 名士として
 語り継がれている。

佐賀県立小中一貫校北山校にある
頌徳碑と思われる石碑
(画像 © Google)

森平太郎氏に関わる公文書

 この寄付を証明する文章は、
 佐賀県公文書館に公的記録として
 残されています。

 次の資料は、
 佐賀県公文書館から正式な許可を得て、
 森平太郎氏が故郷に寄付したことを示す公的記録
 
(1933年 (昭和8年) 7月付佐賀県公報「褒章」) を
 参考に作成しました。[⁴]    
       ※2025年09月02日追記 

【画像出典:佐賀県公文書館 所蔵資料】
森平太郎氏が、
故郷である佐賀県小城郡の小学校講堂建築費として
寄付を行ったことを示す**公的記録**。
1933年(昭和8年)7月付の佐賀県公報「褒章」に、
金281円85銭の寄付記録が残されています。

販売促進と教育の融合

 販売促進のために発刊された
 漫画雑誌の「ウマイモン太郎」は、
 単なる付録としての役割に
 留まらなかった。

 楽しみながら学べる
 教育資料として構成され、
 子供たちに幅広い知識を提供し、
 親からも支持される構成を
 目指していた。


文化・歴史への影響

作家・北方謙三との関係

 作家の北方謙三
 森平太郎の曾孫にあたる。
 2009年平太郎をモデルにした
 小説「望郷の道」を執筆し、
 彼の功績を
 現代に伝えている。


菓子文化への影響:

 熊本県の菓子メーカー
 誉の陣太鼓などで知られる
 「お菓子の香梅」
 創業者である
 副島梅太郎氏は、
 新高製菓の前身である
 一六軒で修行を積んでおり、
 「新高製菓の流れをくむ者
 ともいえる。[³]


歴史を刻んだ建物の変遷

 一六軒本店だった建物は、
 戦後「資生西薬房」となり、
 医薬品の輸入や卸売をしていました。
 その後「資生実業股份有限公司
 となりましたが、
 現在は解散しています。

 しかし、
 2017年2月
 解体計画が持ち上がると
 建物はすぐに解体されました。

 現在2025年
 その場所は空き地となっています。


森平太郎を辿るもの

森別荘跡地
 晩年を過ごした
 別荘跡地 (旧清流荘) は、
 史跡として残されている。[¹]

石碑
 実相院には
 平太郎エイ
 石碑がある。
 ※佐賀県佐賀市大和町大字川上
    実相院内 [¹]

功績を称える図書館

 出身地である
 佐賀市立図書館富士館には
 元館長吉浦明さんが集めた
 「新高製菓グッズ」が
 多数展示されています。

 

画像は佐賀県立図書館所蔵
「企画展示 望郷の道 第2弾」資料3/5より

現代に息づく名物

佐賀県佐賀市富士町にある
「北山饅頭」
 (ほくざんまんじゅう) は、

新高製菓従業員だった方が、
1930年 (昭和5年) に開業され
新高製菓の系譜を継ぐ老舗である。

ここにも、
森平太郎氏が遺した情熱が
息づいている。

佐賀の山奥にひっそりと佇む「北山饅頭」。
ここにも、森平太郎が遺した情熱が息づいています。
(画像 © Google)

おわりに

いかがだったでしょうか?

森平太郎氏の功績は、
社会貢献教育文化
そして菓子業界発展
多大な影響を与えました。

Otapedia」は
 森平太郎
アジアの製菓王
 新高製菓
大田区無名の企業
富士見通
大田区未顕彰の地域遺産
 として登録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動

私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。

これらは
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.企画展示 「望郷の道 展 第2弾」資料3/5より
2. © Google
3. Wikipedia 新高製菓
4.佐賀県公報「褒章」昭和8年
 この資料は佐賀県公文書館から
 正式な許可を得て、
 公的記録を参考にしています。
 企画展示
「いとお菓子さが ~シュガーロードと銘菓~」
より
            ※2025年09月02日追記
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