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蒲地騒動 (東京湾海苔漁業騒動)【5月7日 今日は何の日】 #320

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 公開しています。
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大森の海苔養殖のはじまり(江戸前期)

1682年 (天和2年) 
大森・堀之内の
野口六左衛門
幕府に海苔漁業の
願い出を行ったことが、
大森の海苔漁業の起源とされる。


海苔養殖道具の発明と技術革新(江戸中期)

1717年 (享保2年) 
浅草の漁師
弥兵衛によって
竹の葉を落とした枝を束ねた
ソダヒビ」を考案。

海苔を付着させるための
画期的な道具であり、
後の養殖技術発展の基礎となった。


幕府による保護と「御用海苔」(江戸中期〜後期)

幕府は海苔を
財源として重視し、
市場流通を積極的に推進した。

海苔養殖は
幕府の保護を受け、
次第に江戸の特産品としての地位を、
確固たるものとしていった。

1773年 (安永2年) 
幕府への献上品としての
御用海苔」
制度化される。


板海苔の誕生と庶民文化の広がり(安永年間)

1772〜1780年(安永年間)
浅草
で行われていた 
古紙再生技術 
「紙漉き」からヒントを得て
海苔をシート状にする製法
「海苔つけ」
が開発される。

これにより
庶民の間で
「のり巻き」が大流行となった。

流通が容易になったことで、
海苔の価値は短期間で急上昇した。


海苔を使った商品の誕生(明治初期)

明治時代に入ると
現在でもなじみのある 

味付け海苔」 
海苔佃煮」 
焼き海苔」

加工品の登場は、
海苔文化の裾野を
さらに広げることとなった。


世界への発信:万国博覧会(明治初期)

1873年 (明治6年) 
ウィーン万国博覧会において、
大森の海苔商が
出品した海苔が 
三等賞を授賞

大森海苔の品質が、 
世界的にも評価された 
象徴的な出来事である。


海苔養殖の裏側:絶え間ない騒動と紛争

順調に成長しているように見える
海苔養殖業界。
しかし実際の現場は、
騒動の繰り返しであった 
と言っても過言ではない。


宝暦の紛争

海苔漁業が始まって
最初期の騒動である
宝暦の紛争

この騒動は
終息までに
約3年もの月日を要した。

その後も
漁場の境界や
利用権をめぐる騒動が
周期的に発生していた。


海苔業界最大の事件:蒲地(かまち)騒動

1887年 (明治20年) 5月7日 
鹿児島県士族の
蒲地清実 (芝愛宕町寄留) が、
単独で20万坪余り
養殖場を請願した。

東京府は、
16万坪のあまりの
許可を与えたが、
東京湾の海苔養殖業者たちは
これに強く反発し、
3ヵ月にわたる陳情と
強硬な反対運動を展開した。

結果として東京府は、
請願の大部分を取り消し
1887年 (明治20年) 8月に
8万坪返納
残り8万3,000坪を、
南品川宿同猟師町大井村
大森村羽田村の5村に
譲渡する形で決着した。

返却された漁場は、
「蒲地場」
と呼ばれるようになった。

これが、
蒲地 (かまち) 騒動である。


背後にあった政治的背景

蒲地自身旧鹿児島藩士であり、
時の東京府知事高崎五六も、
許可の衝にあたる
農商課長丸太某氏
鹿児島出身であった。
「藩閥的な働きかけがあった」
とも言われている。


海苔養殖業の魅力

蒲地騒動は、
海苔養殖が
どれだけ魅力的で
価値の高い生業だったかを
象徴する出来事であった。


騒動後の海苔養殖業界

蒲地騒動を契機に、
各地で 海苔養殖組合の設立が活発化
漁場管理や共同体としての
運営が整備され、
近代的な海苔産業の基盤が
形成されていった。


最後に

半農半漁であった 
海苔養殖業は、
秋から冬の生業であった。
しかしこの短期間で、
1年分の収入を稼ぐ者もあったという。
これに目をつけたのが
蒲地清実だったのではないか。

Otapediaは、
蒲地騒動と 
蒲地場を 
「大田区未顕彰の地域遺産」
として記録します。

大田区の記憶を呼び起こす 
「Otapedia」の活動 
私たちは、 
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『大田区史』 中巻
 2.『大森漁業史』
 3.『品川区/しながわデジタルアーカイブ
写真
 4.『戦後 海苔網の漁場』 (大森 海苔のふるさと館 提供)

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