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【記事を見つめる】PFASの包括規制への警鐘と提言について(前編)

【記事を見つめる】PFASの包括規制への警鐘と提言について(前編)(本文4,329文字)
 
 
有機フッ素化合物(PFAS)は、地球規模の環境汚染を引き起こしながらも、明確な健康被害がない「沈黙の化学物質」と呼ばれています。規制が個別物質から全PFASへの包括的管理へと転換する中、東京大学名誉教授の唐木英明氏が、この新たな規制の動きが社会基盤や脱炭素化技術に与える影響と、科学的根拠に基づいた現実的な対応の必要性を主張しています。ここでは唐木氏が寄稿した報告の概要をコンパクトにまとめます。詳しい情報は、<一次情報>ならびに<関連情報>をご確認ください。
 
 
1. 概要
1-1. PFASとは
有機フッ素化合物(PFAS:Per- and polyfluoroalkyl substances)は、「沈黙の化学物質」とも呼ばれ、優れた耐熱性、耐薬品性、撥水性、撥油性などの特性を持つことから、1950年代以降、多様な産業および日用品に広く使用されてきた物質群である。しかし、使用開始から半世紀後の2000年代初頭に、米国でPFASの一種であるPFOAの製造工場周辺で深刻な環境汚染が発見され、周辺住民の血液から高濃度のPFOAが検出された。これを契機に調査が進み、北極のホッキョクグマから人間の血液に至るまで、世界中の環境と生物からPFOA、PFOSなどのPFASが検出されるという、地球規模の深刻な汚染問題が判明した。
PFASは、自然界ではほとんど分解されず、水や大気を通じて地球規模で拡散し、環境や生体に蓄積しやすいという性質を持つ。この性質から、PFASは「永遠の化学物質」という異名を与えられている。重要な事実は、1950年代から半世紀という長い期間、誰にも気づかれずに世界中に静かに汚染を広げていったことだ。全く気付かれなかった理由は、人間にも、動物にも、自然環境にも、何の影響も与えなかったためであり、PFASは「沈黙の化学物質」だったのだ。いずれにしろ世界的な汚染を放置することはできない状況にある。
 
1-2. 規制について
PFASを巡る国際的な規制は、現在、重大な転換点を迎えている。これまでは、多数のPFASの中から特定の「悪玉物質」を指定し、その製造や使用を禁止していた。国際社会はまず懸念の大きいPFASに焦点を当て、ストックホルム条約により、2009年にPFOS、2019年にPFOA、そして2022年にPFHxSを、製造・使用を禁止または制限する廃絶対象物質としている。日本も化審法に基づき、2010年にPFOS、2021年にPFOA、2024年にPFHxSを第一種特定化学物質に指定し、製造および輸入を原則禁止している。
しかし、この個別物質を対象とするアプローチには限界があった。規制されたPFOSやPFOAの代替品として、わずかに構造を変えた別のPFASが市場に投入されるという、「残念な代替」が頻発する「いたちごっこ」が始まったのだ。この問題を解決するために、すべてのPFASを一つのグループとして捉え、包括的に管理する方向へと規制のアプローチが変更された。現在、最も影響力を持つ定義は、経済協力開発機構(OECD)が2018年に提示した「少なくとも一つのフッ素化メチル(-CF3)基またはメチレン(-CF2)基を含む物質」であり、これには数千から1万種以上にもおよぶ膨大な数の化学物質が含まれる。
OECDの定義を採用して規制を推進しているのが欧州連合(EU)である。EUは化学物質の規制を定めるREACH規則の下で、原則として全てのPFASの製造、市場投入、使用を禁止する制限提案書(PFAS制限提案書)を欧州化学品庁(ECHA)に提出し、その規制対象が従来の撥水・撥油剤や界面活性剤から、社会の基盤を支える多くの分野へと拡大した。この規制により、これまでPFAS問題とは無縁と考えられたフッ素化合物を使用した産業や社会基盤を支える分野に、広範かつ深刻な影響が出始めている。規制の核心は、原則として「全て」のPFASの製造、市場投入、使用を禁止することにあり、1万種以上の物質が規制の対象範囲に含まれる。
包括的規制の根拠は「予防原則」という思想にある。PFASの使用開始から半世紀が経過してもなお健康被害が見当たらず、主要なPFASはすでに規制されたにもかかわらず、「将来にわたって安全である証明がない」という科学的な不確実性があるという主張が、予防原則の根拠になっている。規制案の焦点は、特定の用途に対して例外を認める「適用除外」にあり、適用除外の判断基準は、「社会にとって不可欠な用途」であり、「健康、安全、または社会の機能にとって不可欠であり、かつ、その使用に対して許容できる代替手段が存在しない用途」と定義されている。現在、パブリックコメントを受けて、適用除外が大幅に拡大される方向で議論が進んでいる。
 
1-3. 反論と懸念
規制案に対し、化学産業をはじめとする産業界は強い懸念を表明している。反論の中心は、1万種以上もの多様な物質をPFASという一つのカテゴリーで一括りに規制することの科学的な不合理性である。PFASと総称される物質群は、その物理化学的特性や毒性も大きく異なることから、一部の物質が持つ残留性などを根拠に、物質群全体を禁止する「予防原則」の過剰な適用に警鐘を鳴らしている。産業界は、科学的データに基づいた物質群ごとのリスク評価に基づく規制を求めている。
懸念は、国家レベルの経済安全保障に関わる問題にも発展している。PFASは、半導体、電気自動車用リチウムイオンバッテリー、燃料電池、太陽光パネルや風力タービンなど、脱炭素化に不可欠な技術の核心を担っている。これらの供給を断てば、製品の製造が困難になり、中国などへの依存度を高めることになり、EUが掲げる「戦略的自律性」の確立という目標と真っ向から矛盾する事態を招く。
また、たとえ特定の重要用途が適用除外として認められても、その他の用途が禁止されることでPFAS全体の市場規模が縮小し、企業が生産から撤退することで、適用除外とされたはずの重要用途向けの供給までもが途絶えてしまうという「ドミノ効果」への懸念も深刻である。
疫学研究では、PFASへの曝露と健康影響との間に関連が報告されているが、「証拠は限定的」または「不十分」であり、因果関係が明確になったものはない。環境省もPFOSとPFOAについて、「人の健康への影響は指摘されているものの、国内で摂取が主たる要因とみられる個人の健康被害は、現時点では確認されていない」としている。広範な環境汚染があるにもかかわらず、健康被害も環境破壊も起こさない「沈黙の化学物質」をどのように規制すべきかという、新たな課題が突き付けられている。
 
1-4. なにをすべきか?
EUの包括的PFAS制限案は理想論であり、実施された場合には大きな混乱を招くことになるため、現実に立ち戻って、当初案を柔軟化し、多数の適用除外を伴う形で成立する可能性が高い。特に、医薬品、半導体製造、エネルギー関連技術、航空宇宙・防衛といった、代替が困難で社会的・経済的に「不可欠な用途」と認められた分野では、5年から12年、あるいはそれ以上の猶予期間が設定されるだろう。猶予期間が順次終了を迎えた後も、PFASの使用が禁止されるのかは、代替技術の開発と社会実装の状況によると予測され、代替が進まない分野では、適用除外期間の延長を巡る産業界と規制当局との対立が激化すると予測される。
この課題に対処するために最も重要なことは、深刻な環境汚染が存在するにもかかわらず、明確な健康被害も環境破壊も起こっていない「沈黙の化学物質」という現実を、冷静に受け入れることである。そのうえで、PFASを一括規制するのではなく、科学的特性に基づいたサブグループ、例えば高分子フッ素ポリマー、短鎖PFAS、環境中で分解するPFASなどに分類し、それぞれの性質に応じた規制を設計することである。また、「不可欠性」は代替技術の進展によって変化するため、リストを適宜見直し、柔軟な適用をすべきである。
規制が気候変動対策(Fガス規制)、循環経済政策、産業競争力強化政策、経済安全保障といった他の重要政策と矛盾や衝突を起こさないよう、省庁横断的な影響評価と政策調整を行う常設の体制を構築することが不可欠である。PFAS問題は、20世紀の化学技術が残した負の遺産であると同時に、21世紀の社会が直面する複雑な課題を象徴しており、この問題に対する安易な答えは存在しない。健康被害と環境破壊という観点から、そもそもどれだけ厳格な規制が必要なのかという根源的な疑問にも明確に答える必要がある。
 

2. 唐木氏の主張のまとめ
唐木氏は、有機フッ素化合物(PFAS)に対する国際的な規制が、従来の個別物質規制からすべてのPFASを一つのグループとして包括的に管理する方向へと転換している現状に対し、強い懸念を表明しています。そして、科学的根拠に基づいた柔軟で現実的な規制の必要性を主張しています。
同氏の最大の主張は、「汚染の深刻さ」があるにもかかわらず、現時点では「健康被害や環境破壊がない」というPFASの特異な現実、すなわち「沈黙の化学物質」という現実を、まず冷静に受け入れることの重要性です。以下にあらためて唐木氏の主張をまとめます。
 
◆包括的規制の根拠(予防原則)への疑問◆
広範な汚染があるにもかかわらず、国内では摂取が主たる要因とみられる個人の健康被害が現時点では確認されていないという事実があります。因果関係が不明確であるにもかかわらず、「将来にわたって安全である証明がない」という「予防原則」のみを根拠に、多様なPFASを一括で禁止しようとすることは、過剰な適用であり、科学的に不合理であると考えています。
 
◆社会経済への甚大な影響とトレードオフ◆
包括的規制が実施された場合、PFASが不可欠な半導体、エネルギー、医療、防衛などの社会基盤や脱炭素化技術の供給が途絶え、社会機能の麻痺や経済安全保障上の問題を引き起こすという、許容しがたいコストを伴います。また、その他の用途が禁止されることによる「ドミノ効果」で、適用除外とされた重要用途への供給すら途絶える懸念があるとしています。
 
◆柔軟で科学的な規制設計の提言◆
理想論である全面禁止ではなく、現実的な対応として、PFASを一括規制するのではなく、科学的特性に基づいてサブグループに分類し、それぞれの性質に応じた規制を設計すべきであると提言しています。また、代替が困難で社会的に不可欠な用途には適用除外を設け、代替技術の進展に応じてリストを適宜見直す柔軟な適用が必要であることも主張しています。
 
◆政策間の調和の必要性◆
規制が気候変動対策や経済安全保障といった他の重要政策と矛盾や衝突を起こさないよう、省庁横断的な影響評価と政策調整を行う常設の体制を構築することが不可欠であるとしています。
 
このように、PFAS問題は環境汚染と現代技術の便益という深刻なトレードオフであり、「沈黙の化学物質」という新たな課題に対し、冷静な総合的評価と科学的根拠に基づいた柔軟な対応が求められると、唐木氏は結論づけています。
 
詳しい情報は、<一次情報>ならびに<関連情報>をご確認ください。
 
 
 
<一次情報>
「沈黙の化学物質」PFASとどう付き合えばよいのか?新たな規制の動き、「一括管理」で産業や社会基盤に影響も(前編)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/39541
 
<関連情報>

 

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