アメリカで学んだ「たかが仕事」の考え方 -続き-
ぼくのチームは崩壊した。
ピーマンさんという「トップ・ダウン」を多用するリーダーの襲来によりPM (プロダクト・マネージャー) は振り回されて愛想を尽かした。「なにをやるか」以上に「だれとやるか」を大事にする彼らはそんなリーダーにさっさと見切りをつけ、ぼくらのチームから早々と離脱してしまった。結果として10人近くいたPMの約8割がチームを後にした。
ぼくはその残ったうちの一人。
世界一流のアメリカ人の同僚は驚くほど賢くて実力があるけれど、それでも人間関係はどこまでいってもついて回るようだ。ぼくらの人間関係もギクシャクして終わりを迎えた。能力関係なく世界中だれもが人間関係に悩むのだなとつくづく考えさせられた。それでも圧倒的に違うなと思ったのは、彼らは「人間関係の問題を解決する」ということに頑張るのではなく「早く逃げる」という手段によって結果的に組織やチームの問題を退けることに徹していた。早く逃げて(一度)組織をぶっ壊すことで、ぼくらそれぞれがキャリアを、またはチームを築き上げようとしている。それはクリエイティブな仕事術とでも言える芸当だった。
そんなこんなについては以下の記事に書いたわけだけど、そこからチームがどう再生していった?ということについて書いてみようと思う。
まさかの再会
ぼくの新しいマネージャーはニンジンさん(もちろん仮名)。彼女はきっとぼくと同い年ぐらいの(30代半ば)の白人の女性。顔を見るたびに俳優のオーウェン・ウィルソンに似ているなーと思うのだけど、それはともかくハキハキと発言してパキパキと仕事をこなす姿を見ている明らかに出来る人だと分かる。
ぼくたちは一からPMのチームを作り上げている。ニンジンさんはその旗振り役として候補者を選んだり、面接したりを繰り返していた。ぼくは大事なプロダクトのリリースを控えていたので直接的に面接には参加しなかったけれど、チームの古株の一人としてニンジンさんに意見を求められればアドバイスをしていた。
ニンジンさんはぼくとの1対1のミーティングでどんな候補者がいるかを嬉しそうに語ってくれた。ぼくはそれを聞きながら「どんな新しい仲間と出会えるのだろう?」と想像を膨らませながらワクワクしていた。
そしてニンジンさんの口から衝撃的な一言が放たれた。
ねぇ、ナスさんって知ってる?
え、まさか…。
すかさず聞いてみた。
ひょっとして元々うちのチームで働いていて、今はTikTokで働いているナスさんのこと‥?
どんぴしゃだった。ナスさん(もちろん仮名だけど)という名前で思いつくのは一人しかいなかった。
まさかあの「元同僚のナスさん」が戻ってこようとしているとは。信じられない展開だった。
ナスさんというのは同じセール機能を開発するチームで同僚だった仲間だ。浅黒い肌にぽっちゃりした体型。それに趣味のいいまん丸の黒縁メガネ。ぼくが3年前にシアトルに来てなかなかアメリカの職場に馴染めなかったとき、彼はぼくにフレンドリーに接してくれた。端的にいうとナイスガイなのだ。
ナスさんは同じチームでバリバリと楽しそうに働いていたがお金が2倍もらえるという理由であっさりとTikTokに転職した。「お金がたくさんもらえるから仕事変えるよ!」とニコニコしながら話す彼にぼくは衝撃を受けた。「たかが仕事」ごときに変な執着を持たずに、プロフェッショナルにやることをパキパキとこなしてどんどん着実にキャリアアップをしていく。そんな一流のアメリカ人から学ぶことはたくさんあった。
事の顛末については以下の記事に書いたので割愛する。けれど、まさかその記事の続きをことになるとは思ってもいなかった(笑)。
というのも彼は会社を辞めてTikTokで働いてから1年ほどしか経っていない。いったい何があったんだろうか?
そんなぼくの疑問をよそに話は速すぎるぐらいのスピードで進んでいった。あれよあれよという間にサルは面接を無事に突破しぼくらのチームに戻ってきた。
ナスさんがオフィスに帰ってきた初日のこと。ぼくらは熱いハグを交わして一通り挨拶を交わした。
そしてぼくはすかさず聞いた。なんでTikTokを辞めたかを。
答えは驚くものではなかった。TikTokの開発チームは中国にいるので連携するのが困難だったということ。また社内では中国語が使われているのでアメリカ人のメンバーはコミュニケーションの面で難しさを感じているようだったということ。
それって入社する前から分かってたことじゃない?
ぼくはちょっと切り込むかたちでそう突っ込んでみた。でもナスさんは驚きもせずあっさりとこう返す。
まあいいんだよ。TikTokに転職したのはお金のためだったからさ。
「ブーメラン」という人材の宝庫
新しいチームを作るにあたってたくさんのPMを採用したわけだけど、そのうちの3人はいわゆる「出戻り」だった。つまり転職をして別の会社で仕事をしてからまた同じ会社に戻ってくるというルートを辿ってきた人材だ。
アメリカでは一度会社をやめて戻ってくる人を「ブーメラン」という。アメリカにはブーメラン人材が活躍しているケースがたくさんあり、大企業とスタートアップを結構あっさりと行き来する人が多いという話は以下の記事でも書いた。今回の件で改めてブーメランが採用市場にたくさんいることを思い知らされた。
ちなみに言っておくと採用プロセスはあくまで公平だ。一度働いたからといって優遇されるということはなく、普通に面接を受けている。
でもはっきり言ってブーメランは強い。その会社の働き方も知っているわけだし、その会社で過去に実績を残していればそれほど説得力があることも他にないだろう。
「一度辞めた人材だからまたすぐ辞めるだろう」と思う向きもあるかもしれない。でも経験上これは違う。逆に外の世界を見ることで「やっぱりあの会社ってすごく良かったんだな」と惚れ直してモチベーションを頂点まで高めてから戻ってくる人も多い。興味深いことにぼくの周りのブーメラン人材も「戻ってきてからの方が長い」という特徴があったりする。
先ほど話に挙げたマネージャーのニンジンさんも実は出戻りだった。「え、あんたもかい!」と口をあんぐりしたけれど、それくらい普通なことなのだ。
そして彼女も「一度辞めてから戻ってきた後の方が楽しいし、会社に感謝できる」と言っていた。これはとても素晴らしいことだよな感心してしまった。
ブーメランを臆することなく採用できる世界はほんとに良いと思う。こういう仕組みや文化があることで、人材はどんどん外の世界にリスクを取って挑戦することができる。でもその挑戦がうまくいかなかった時に戻れる場所があることで、たくさんのトライ&エラーを繰り返すことができる。
「会社にしがみつく」のではなくフレキシブルにキャリアを形成できるようになる。こういうところが、よく言えばアメリカの懐の広さと言えるかもしれない。
「たかが仕事」だから離れて、戻れられる
「出戻りが日本で見たことがない」というつもりはさらさらない。ぼく自身も見てきているし、皆さんの周りにもあることだろう。
でもちょっとアメリカで(ぼくの職場だけかもだけど)見る出戻りの数はちょっと半端じゃない。
なんでかな?と思った時に頭に浮かぶことがあった。それはやっぱり「たかが仕事」という考え方に行き着くんじゃないか、ということだ。
たくさんのアメリカ人と働いてきて思うのは彼らは「仕事はお金を稼ぐ手段である」という割り切った考え方を持っているように見えるということだ。その意味で仕事は「たかが仕事」でありそれ以上の存在に成り上がることを意図的に阻止しているように見受けられる。
それはつまり仕事に必要以上にやりがいや自己実現とかは求めないという態度になる。かといって仕事に手を抜くとかそんなことはなく、プロフェッショナルにやるべきことをやる(そうじゃないと仕事がもらえないシビアな世界がある)。ちゃんと仕事に対する期待値を明確にして「なにを仕事に求めて、なにを仕事には求めないか」をクリアにしてあるから、行き過ぎた承認欲求に絡め取られることもないし人間関係や仕事の内容に変にがっかりすることもないし。
以下の記事にも書いたけれど、どこまで言っても「ひとつの仕事によって全てが満たされる」ということはあり得ない。ぼくは米ビッグテックで得たものはたくさんあるけれど、渋谷のベンチャーで働いていた時の方が良かったなーと思うこともたくさんある。どんなにお金をもらっても、高いポジションで働いても、「仕事があなたに提供できるものには必ず限界がある」ということを意識することは大事だと思う。なにかを得れば、なにかを失うように世界は出来ている。
なんだかドライに聞こえるかもしれないが、この考え方はやはりこれからの時代を生きていく上ですごく大事なんじゃないかと思う。この重要性は強調しても仕切れない。
根底にこういう仕事へのスタンスがあるからこそ得られる柔軟性というものがある。採用する側から見れば「仕事ができれば言うことなし」という目線でフラットに採用ができる。そして採用される側も「仕事はお金を稼ぐ手段」なので、元いた職場に戻るか、もしくは新しい職場に移るかはそんなに大した問題はない。
仕事と人間を切り離すことで、すべての働く人がもっと自由を得られる。そう思うのだ。
AIやロボットでどんどん仕事が自動化されていく時代が待っている。世界中で巻き起こっている議論は「どんな仕事だったらAIやロボットに代替されないか?」ということに見える。この点はどう考えても大事だし、今後も一人一人がシリアスに向き合わなければいけない課題だと思う。
でもぼくはこのAI・ロボット時代にもっと大事だと思うことがある。それは「自分にとっての"仕事の価値"というものを相対的に下げることなんじゃないか」ということだ。
「仕事が奪われるのが怖い」というのは仕事にアイデンティティーや価値を置きすぎている考え方だ。そうなると当然AIやロボットは脅威になる。でも仕事に価値を置きすぎなければ、人生の他のことにもっと情熱や時間を注ごうとするポジティブな姿を見出せるかもしれない。それは「家族との時間」や「かっこいい趣味」みたいな立派なものでなくてもいいから、自分が時間を忘れるぐらい楽しいことであればいいと思う。
そんなわけでぼくはこれから旅してきます。
アメリカに来てからぼくはよく旅に出るようになった。そんな個人的な大きな変化はきっと「たかが仕事」の考え方によって得た「人生のゆとり」から来ているのかもしれない。ぼくは今は胸張って「仕事」と「旅行」が同じぐらい大事だと言える。それをぼくは成長と呼びたい。

今日はそんなところですね。ここまで読んでくださりありがとうございました。
旅先のサンディエゴにて。海がとっても綺麗。
それではどうも。お疲れたまねぎでした!
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きっとおもしろいこと書きますので!