アメリカで学んだ「早く逃げる」という考え方
サヤインゲンくんの話は忘れられない。
説明しておくとサヤインゲンくん(もちろん仮名)というのはぼくの同期のことだ。大学を卒業した後、ぼくは渋谷は道玄坂に位置するとあるベンチャー企業に就職した。ベンチャー企業というトガった就職先であること、そして大学を半年ほど休学した関係で9月入社であったことも手伝って新卒入社はぼくら二人だけだった。
入社前の内定期間にサヤインゲンくんとぼくは会社を通じて連絡先を交換し合った。お互い「唯一の同期」だったこともあって、来るべき社会人生活を祝して一杯やろうじゃないかという話になった。かくしてぼくらは焼肉屋の個室でご飯を食べながらあれこれと話すことになった。これまでの人生やこれからやりたいことについて。若い男二人が熱く語った夜だった。
サヤインゲンくんが彼のバックグラウンドについて話している時にこんなエピソードを語ってくれた。さらさらの髪をかき分けながら、そしてひまわりの種のような細くて丸みを帯びた目をしぱしぱさせながらこう言うのだった。
おれは長野の田舎の出身でさ。大学から東京に来たんだよね。
地元は自然豊かだし、のほほんとした雰囲気で良いところなのよ。山でハイキングしたり、川で釣りしたりするのは楽しかったなー。基本的には好きな場所には間違いないんだけどさ。
でも地元で過ごした学生時代にずーっとイヤだったことが一つだけあるんだよ。
それはワルいやつが牛耳ってたこと。なんかヤンキーみたいな暴君が一人いていつも睨み(にらみ)を利かせてるのよ。学校の中でも街の中でも。
ちょっとでもそのワルいやつの機嫌を損ねるとそいつとその取り巻きにいじめられたりイヤな思いさせられたりするわけ。そのせいでみんなはいつもそのワルいやつの目を気にしながら萎縮することになったんだよ。
あれは本当にイヤだったな。「ワルいやつが一番上に立つようになってしまうと、それだけで全員イヤな思いをする」っていうことを学んだ気がする。
ぼくはこの話を聞いて深く感心した。「ほんとにそうだよな」と思った。
中学・高校の部活だったり、友達グループだったり。はたまた大学でのゼミやサークルでも同じような光景を見たことがある。ちなみにサヤインゲンくんとぼくはそれから入社したベンチャー企業で似たようなことを経験することになったのは皮肉というかなんというか。
でもそんな個人レベルでの納得感を超えて「これって社会のあらゆるところで当てはまるんじゃないか?」とさえ思った。
時計の針を今に巻き戻す。ぼくはアメリカに移住して米ビッグテックの一角でPM (プロダクト・マネージャー) として働くようになってから3年以上の月日が経った。残念というべきか、やはりここでもかというべきか、「ダメなトップによってチームがぶっ壊れる」という経験をした。
今回はこの事件とそこからぼくが学んだアメリカ人の仕事術についてまとめてみる。
ここに書くことはあくまでぼく個人の意見だ。でもぼくのレンズを通して見た一部始終を綴って(つづって)みたい。
サトイモさんの革命
アメリカにはすげーやつがいる。
もちろん日本にも卓越した能力を持ってバリバリ仕事で成果を出している人はたくさんいる。それは理解している。
それでもアメリカには本当に目を見張るような飛び抜けた人材というのがいる。そしてそんな飛び抜けたリーダーがチームをグイグイと牽引し、いわゆるイノベーションと呼ばれるようなすごい成果をバンバン出していく。
サトイモさんはその好例だ。彼はぼくらが働くセール機能を開発するチームのトップだった。以下の記事でも紹介したけれど、技術とビジネスの両方に精通した卓越したリーダーで誰もが一目置く人だった。エンジニア出身ということもあって若手エンジニアからの信頼も厚かったし、それでいてビジネスに関する才覚もあったからぼくを含むPM (プロダクト・マネージャー) からも尊敬を集めていた。
サトイモさんのスタイルは「じっくり話を聞くこと」に象徴される。相手が誰であれ、ちゃんと最後まで話を聞くのだ。そしてチームメンバーの意見を尊重することにおいても抜かりなかった。それもあってか、偉い人なのにやたらと話しかけやすく、誰もがサトイモさんに好感を持っていた。
サトイモさんの最大の功績はコラボラティブなチーム文化を育んだことだ。ぼくはそう思っている。
つまり年齢や性別や職種など関係なく、チームメンバー全員がお互いに手を取りながら協力し合うカルチャーを作り上げたということだ。サトイモさんはチームがチャレンジすることを鼓舞したし、大変な目にあっている時はチーム一丸で乗り越えることを積極的にサポートした。そんなサトイモさんの温かくて力強いリーダーシップに感化されたぼくらも自然と「助け合い、切磋琢磨しあう」間柄になっていた。
サトイモさんは5年ほど時間をかけてじっくりとそんな強いチームと文化を築き上げた。古株のメンバーに言わせるとサトイモさんが入る前はもっと荒んだ(すさんだ)状況だったようで、トップもコロコロと変わりどこに向かっているのかはっきりしないような不透明さがあったらしい。そんな過去のステータスを踏まえると、サトイモさんは明確な形でチームに革命を起こしたと言える。
ぼくは以下の記事でチームのミーティング中に起きたある出来事について書いた。アメリカの感謝祭である「サンクス・ギビングデー」という祝日が近かったこともあって、ぼくらはチームメイト同士で日頃のハードワークと互いのサポートを労った。感極まったチームメンバーは涙を流しながら感謝を述べ合った。とてもエモーショナルで感慨深い時間だった。
誰もが「これほど良いチームはない」と信じて疑わなかった。ぼくらチームはこれからもしばらく仲間同士で励まし合いながら一緒に仕事をしていくものだと思っていた。
でも今思えばあれがピークだった。
一体誰がそれからチームが崩壊の一途を辿ると予想ができただろうか?
ピーマンさんの襲来
それはある日のことだった。すごい偉い人から一通のメールがチームメンバー全員に送られその人事異動は告げられた。サトイモさんは隣のチームの新しいリーダーに着任することになり、代わりにぼくらのチームにやってきたのがピーマンさん(仮名)だった。それが悪夢の始まりだった。
最初のミーティングでピーマンさんとPM(プロダクト・マネージャー)たちが会したときに、すぐに「ある事実」を皆が理解した。それはピーマンさんは「話を最後まで聞かない」ということだった。物事について10を説明しないといけない時があるとしたら、2か3に達したあたりで話を遮って自分の意見を言うのが彼のやり方だった。
そして彼のリーダーシップのスタイルは端的に言って「トップ・ダウン」だった。過去にどういった経緯でチームが意思決定をしてきたかについては一切の興味を持たず、自分が思いついたことを「やってくれ」の一言で済ますのが常だった。
トップ・ダウンのやり方が通例となると次第にチームの雰囲気は変わっていく。PMたちは自分の意見を言わなくなっていった。きっと言っても意味がないだろうと察したのだと思う。それはとても悲しいことだった。
ぼくはその時ぼくのマネージャーだった人(ちなみにアメリカ人ではない)からある日急遽ミーティングを設定された。「なにかな?」と思ってふらっと参加してみると衝撃的なことを言われた。
お願いだからピーマンさんの言うことを聞いて…。ピーマンさんの言うことさえ守っていれば私たちは安泰だから。
どういった経緯か分からない。けれどなにかがあったのは明白だった。
ぼくはこのチームで既に数年働いてきたけれど、そんなことを言われたのは初めてだった。暗澹たる気持ちになったのは言うまでもない。
それでもぼくは横浜出身の浜っこで良い子として育った覚えはないので(笑)そんなことを言われても「バカ言ってんじゃねーよ」と思っていた。出来るだけフラットな組織にして建設的な議論をすることで良いものを作れるんだろう?そう反抗していたし気を張っていた。「浜っこ、なめんじゃねーよ」である。
それでも認めざるを得ないことがあった。それはチームの「コラボラティブなカルチャー」は既に崩壊していてもう取り戻せないということを。誰もが上の目を気にしながら波風を立てないようにコソコソと仕事をする空気になってしまったことを。
それにしても今振り返れば組織で変わったのは本当にピーマンさん一人だけだったのだ。変更は「トップが変わった」というそれだけのことだったはずだ。それなのにここまで変化が起きるというのはある意味ですごいことかもしれない。
サヤインゲンくんが話してくれたことはやはりここでも正しかった。
アメリカ人の「見切り」の速さ
ほどなくして信じられないことが起きていく。
PMの仲間たちがどんどんチームを去っていくのだ。
先陣を切ったのはトウモロコシさん(もちろん仮名)だ。トウモロコシさんは以下の記事でも紹介した40歳ちょいくらいの白人のナイス・ガイだ。天才肌でみんなから慕われるリーダーだった。
トウモロコシさんは今のチームの雰囲気が好きじゃなかったらしい。彼は賢いから見切りをつけるのも誰よりも早かった。
たださらにトウモロコシさんが賢いなと思ったのはこの発言を聞いたときだった。
ピーマンさんは自分の仕事をしているだけだと思うよ。ピーマンさんにはピーマンさんのやり方があってそれを通しているだけ。そのやり方でこれまで成果を出してきたという自負もあるだろうしさ。自分がそのスタイルに合わないのであれば、ぼくの方が抜けていくだけのことだよね。
ほんとにそうだなと思った。「スタイルの違い」と解釈することは成熟した大人な見方だなと思わず感心してしまった。
ちなみにピーマンさんとはふらっと雑談したことがある。はっきり言って面白い人だった。ウィットに富んだジョークで何度も笑わされたのが印象深い。だから人格に問題があるとかそういうことではない。「仕事ではそういうスタイル」ということなのだ。これだから人間というやつは複雑で取り扱いが難しいなとつくづく思う。
チームの親分的存在だったパプリカさん(仮名)が1対1のミーティングを設定した時には「とうとう、来てしまったか」と覚悟した。彼女は感情的になりながらこうぼくに勢いよく言う。
私はチームメイトや部下を守れないのであればここで働きたくないわ。今は土日まで働いているような有様だけど、どれだけハードに働いても感謝されない。そんなチームで働くことはもうムリ。
パプリカさんはピーマンさんの元でPMチームを束ねる立場だった。とても偉い人だったし、すごく高いお給料ももらっていたはずだ。それでも、どれだけ高い給料をもらったところで「尊敬」と「感謝」がないと人は辞めていくのだった。
トウモロコシさんとパプリカさんというチームの屋台骨が抜けたことでそれからチームが崩れ落ちるのは時間の問題だった。残りのPMは数ヶ月もせずにぽんぽん抜けていった。
結果的にはPMの仲間の8割があっさりチームを去った。アメリカ人の「見切り」の速さは凄まじいなと思った。
ぼくはどうしたかというと、ある事情があってチームに留まっていた。そして何よりも「周りが抜けていくから自分も抜ける」というのは違うんじゃないか?という思いもあったこともここに告白したい。
残りの2割はというと「自分も動きたいけれど事情があって動けない」という輩だけだったということがすぐに判明した。「もうすぐこどもが生まれるから仕事を今変えることはできない」といった理由だった。
だから実質的には「もうダメだな」と判断し、かつすぐに動くことが可能だったPMの仲間は一人残らずチームを去ったのだった。
早く逃げろ
アメリカ人は根底に「仕事はお金を稼ぐ手段である」という割り切った考えを持っているように思う。以下の記事でも書いたけれど、彼らは「たかが仕事」とみなしている節がある。
だから「たかが仕事」によって身を滅ぼすということは極力避けるようにしているように見える。そんなカラクリもあってか、取り返しのつかない状況になる前にすっぱり仕事を変えてしまう。「自分の身は自分で守る」ということだ。
面倒見のいいパプリカさんはぼくのことを「モタモタしている」と思ったのだろう。ミーティング中に真っ直ぐぼくの目を見てこう忠告した。
早く逃げた方がいいよ。
アメリカではマネージャーや組織の上の人の人事権が強い。だからそういう人に睨まれてしまうと簡単にレイオフ(一時解雇、というかクビ)になったり、低い評価をつけられたりしてしまうリスクがある。
だから少しでも身の危険を感じたら「早く逃げろ」と彼らは言うのだ。ぼくは日本で10年ほど働いてから渡米したわけだけど、こんなアドバイスをされたことはこれまで一度もなかった。ただただ衝撃だった。
「なにをやるか」よりも「だれと働くか」
中国系アメリカ人のブロッコリーさん(こちらも仮名)はぼくの大事なPM仲間であり友人だ。敬虔なキリスト教徒であり、毎朝5時に出社して2時間聖書を読んだ後に仕事を始めるのが彼のルーティーンだ。
ぼくがオフィスに着く頃にはブロッコリーさんはとっくに仕事を始めている。「おはよ!元気か?」と挨拶してくれる。仕事のこともプライベートのこともなんでも話す仲だった。年齢も近いし、何よりアホなことを話せるのが最高だった。ブロッコリーさんに「アメリカン・ジョークとはこういうものさ」というものを教えてもらったことには今でも感謝をしている。
ちなみに関係ないけれど、ブロッコリーさんはパートタイムのような形でアメリカ軍の元で働いている。それもあってか銃の扱いに慣れている。一度彼がシアトルの射撃場に連れてってくれたことがあったけれど半端ないシューティング能力だった。仲はいいのだけれど「絶対にコイツだけは怒らせちゃいけない」とも強く思った(笑)。
そんなブロッコリーさんもチームを旅立ってしまう日が来た。ぼくらは最後にデスクの近くで言葉を交わした。ひとしきり冗談を言い合った後、彼はシリアスな表情でこう言うのだった。
結局「なにをやるのか」よりも「だれと働く」かが大事なんだよね。
「職場で尊敬できる人と働いているか」、または「職場で自分が尊敬されているか」ということを見極めるのはすごく大事だと思う。そうすれば自ずとどこで働くべきかは答えが出てくると思うよ。
なんとなくブロッコリーさんをはじめとしたアメリカ人の同僚がなにを考えているのか分かった気がした。
アメリカでは人脈の価値はとてつもなく高い。以下の記事でも触れたけれど「人脈がすべてなんじゃないか?」と思ってしまうほどなのだ。困ったときには「拾ってくれる人」がいるように手はずを整えてあるし、そのために日頃からネットワークを緻密に構築しているように見受けられる。
そんなこんなでPMの仲間の多くもやはり「尊敬する人」の元へと旅立った。トウモロコシさんはサトイモさんの新チームへと早々に移ったし、ブロッコリーさんはパプリカさんが別の組織で発足したチームに異動した。なお、ぼくが働いている会社は自ら手を挙げれば異動できる仕組みと文化があるのでこういう形になっているが、もしなければ普通に「尊敬する人」がいる職場へと転職していくだろう。
そして追い討ちをかけるように「まさかの展開」が待っていた。ピーマンさんも他のチームに突然異動してしまったのだ。事情はよく知らないがピーマンさんも「なんか違うな」と思ったのだろう。アガサ・クリスティーじゃないけど「そして誰もいなくなった」というやつだ(笑)。ここまで来ると笑ってしまう。
早く逃げて、(一度)組織をぶっ壊せ
これまで築き上げられた素晴らしいチームの文化が崩壊したことは残念だ。でも、まあそれはそれだ。ピーマンさんに恨みはないし、抜けていったPMたちについてもただただ健闘を祈るばかりだ。
アメリカはタフな競争社会だ。自分の身は自分で守る。そのためには「早く逃げる」ことも実力のうちだし、それができるように普段から人脈を築いていることも欠かせない。ぼくはこの激しい痛みを伴うプロセスを通してまた一つ強くなれた気がするし、なにより「アメリカでサバイブしていく術」を学んだように思う。
この記事はバッドエンドでは終わらない。
風の噂で聞いたところによると、抜けていったメンバーは皆それぞれ新天地で楽しく活躍しているみたいだ。そう考えると「早く逃げる」という選択は正しかったのだ。合わないチームメンバー同士がストレスを抱えて我慢をしながら働くよりもよっぽど健康的なんじゃないか。今ならそう思う。
ちなみにぼくはぼくで今を楽しんでいる。新しいマネージャー陣とPMの仲間を一から採用して新たにチームを作っている最中だ。このプロセスは結構おもしろい。今後どうなるかは未知数だけれども、ちゃんと前に進んでいることを感じる。
早く逃げて、組織をぶっ壊して、また一からやり直せばいいんじゃないだろうか?たとえこれからAIが急速な進化を続けても、火星に移住するようなことになったとしても、人間は結局これからも「人間関係」というものにずっと悩まされていくに違いない。なにかの拍子に人間関係が破綻を迎えてしまったのなら(もしくはその予兆が既に見えているのなら)早く逃げてしまえばいいのだ。そこには「解決せずに解決する」というカタルシスがきっとある。
ここにあるのは「健全な新陳代謝」だ。ぼくはそう思うのだけどいかがだろう?

今日はそんなところですね。ここまで読んでくださりありがとうございました。
出張先のバンクーバーで。イングリッシュ・ベイを散歩しながら。
それではどうも。お疲れたまねぎでした!
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きっとおもしろいこと書きますので!