育児の落とし穴 〜「何かする」ではなく「そばにいる」〜
自己紹介
私は、働く人の健康をサポートする「産業医」をしています。普段は、産業医活動の「落とし穴」や日々の実践・考えを、noteやX(Twitter)で発信しています。
育休・育児シリーズを始めます
2025年に第一子を授かり、合計4ヵ月ほど育休を取得しています。この経験を通して得た学びを、『落とし穴シリーズ』として発信していきます。特に、これから育休を取ろうと考えている男性に参考になればと考えています。諸先輩方からすれば鼻で笑われるような内容もあろうかと思いますが、こんな人間もいるんだと温かい気持ちでご笑覧いただければ幸いです。
「何かする」ではなく「そばにいる」
何をすればいいのか思いつかないから別のことをする
出産・育児が始まる前は、「自分に何ができるのだろう」「やることはあるのだろうか」と思っていました。妊娠・出産・新生児育児のフェーズでは、男性側の自分にできることなんてほとんどないように感じてしまい、つい仕事や趣味に逃げたくなっていました。やることがないから別のことをしてもいいだろうと、仕事や飲み会や趣味のゴルフをしていました。
タスクベースで考えてしまう
やること=タスクベースで考えるのが悪い癖であり、大きな反省点です。そもそも当事者意識が薄い段階では、やることが思いついていないだけなのですが、その状況では、ほとんどタスクがないと思っちゃっていたんですよね。
受動的に考えてしまう
具体的に言われないことは、タスクがないからなのだという勘違いも発生していました。極めて受動的ですよね。当たり前なのですが、育児とは受動的なものではなく、能動的であるべきなのですが、その切り替えがいまいち弱かったんですよね(未だに受動的な面があるのは否めない)。
妊娠後期になってきて気づき始める
「何もすることがないから別にいなくてもいい」という考えは大きな間違いだということに、徐々に気がついてきました。パートナーの妊娠後期なので、かなり遅めですが・・・。
「いいじゃん、ひとりで買い物でも行っておいでよ〜」なんて軽はずみな発言が、そのきっかけでした。「なにかあったときに助け呼んだり、移動できないじゃん」と言われてハッとしました。
そうか、そもそも「なにかする」とかじゃなくて、「そばにいる」ことがまずもって大事なんだ・・・。
考えてみれば当たり前なんですよね。妊娠・出産は命がかかったイベントなわけであり、常に緊急事態は発生しうるわけですからね。
そのときあたりから、晩酌をせずにいつでも車を運転できるように準備をするようになりました。
…といっても、なかなか分かっているようで分かっていない自分もまだいました。
出産に「立ち会う」
出産の立ち会いについても、正直なところ「立ち会って自分にできることなんてあるのだろうか」「何時間も暇を持て余すんじゃないか」と思っていて、パソコンを持ち込もうとすら考えていました。「立ち会い」って「立ち会う」ってことなんだから別にすることないじゃん、って感じで、合間合間にけっこう仕事をする気満々でした(いや、本当にすいません)。
ところが、いざ陣痛が始まると、そんな想定は一瞬で吹き飛びました。17時間にわたる出産の間はやることが山ほどありました。パートナーの隣で食べた院内食の味がまったくしなかったことも、強烈に覚えています。
出産は、最終的になんとか無事に我が子が産まれましたが、そばにいて介抱したりあれやこれやをしたため、疲労困憊でした。立ち会いって疲れるんですね。ただ「立ち会う」だけでは全然なかったです。。。
育児が始まっても、やはり大事なのはそこにいること
無事に子どもが生まれてから、育児がはじまっても、まだ私の頭の中には、「なにかできることはあるのだろうか」「パートナーだけでもなんとかなるのではないか」「世の多くの家族は父親がいなくてもまわっているしな」という思いが少なからずありました。おっぱいも出ないし、男性にできることなんてほとんどないのでは、という発想自体が「できること」「やること」があるかどうか、という発想なんですよね(つまり、やることがなければいなくてもいい、という発想)。
しかし、ここでもやはり大事なことは、まずそこにいることでしたね。詳細はまた別の記事に譲りますが、もうとにかく、そこにいないと始まらない、ということでした。
おわりに
この記事では、なにも「片時も離れずにそばにいるべきだ」と言いたいわけではありません。そうではなく、「することが思いつかないからそばにいても意味がない」とは考えない方がいい、ということに尽きます。
これからパートナーの妊娠・出産が控えている方や、育児をする方には、私と同じ失敗をしないようにしていただければ幸いです。
コラム 〜not doing, but being〜
この言葉は、緩和ケアの考え方で「何かをすることではなく、ただそこにいること」という意味です。この言葉は、「医療者が積極的に「〇〇をする(doing)」のではなく、患者さんの主体性を尊重し、ただ存在することで寄り添うという受動的な姿勢(being)が、重要であることを意味しています。
この言葉を知ったときに、これだな、と思いました。 育児とは、なにかをする=doingなのではなく、まずbeingなのだと思います。また、受動的な姿勢ではなく、能動的であるべきなのですが、自分含めて世の男性の多くは、育児に受動的なのだと思います(勝手に自分がそう思ってるだけなのかもしれないが)。しかし、だからこそ、まずは受動的でもいいから、何かする(doing)とかじゃなくていいから、まずはそばにいろ(being)、ってことなんだと思います。
妻から読者へのメッセージ
初めての妊娠出産、初めての育児となると、いくら下調べをして想定していても、いざその瞬間が訪れた時に自分がどんな「感情」になるかまでは想像しきれないものですよね。
それは夫婦どちらの側にも、言えることなのかなと思います。
お互い初めてだからこそ、「一緒にそこにいた」からこそ味わえる感情、分かり合えることが本当に多い気がします。
そして、「やること(to do)」を書き出してみれば一人でも二人でも変わらないような気がしてきますが、「できること」は実はいくらでもあります。
ただ、やることは想定できてもできることって案外、その時にならないと思いつかないもので(笑)
ぜひ、その境地も楽しんでみてはいかがでしょうか?
・・・
ここまで読んでくださってありがとうございます!!
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男性の育児が当たり前に!男性が休める社会に一緒にしていきましょう!
よろしくお願いします。
なお、Instagramやってます。こちらも覗きにきてみてください。
ちょっと癖のある投稿多めですが笑
また、夫婦でラジオも始めました。
育児トークは少な目ですが、よかったら聴いてください!
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