空から届くコーヒー:美団(Meituan)のドローン配送が深圳の公園に“住所”を作る
先日、中国・深圳にある人才公園で美団のドローン配送ステーションを見てきた。

ブーンという虫の羽のような音が聞こえると思ったらドローンが頭上を飛んでいった。
追いかけていくと、公園の中に巨大な宅配ボックスのような設備がある。
そのボックスにドローンは吸い込まれるように着地した。
周囲には次の着陸を待ちホバリングしているドローンや、配送を終えて帰投していくドローンが複数飛んでいた。
ボックスの横にあるQRコードを読み取ると専用の注文画面が開く。
そこで商品を選ぶと、ドローンが飛んできてそのボックスに商品が届く。

自分でもやってみた。
注文寸前までスマホ画面を操作することはできたが、残念ながら中国の電話番号がなかったので実際に注文完了まではできなかった。
ただ、他の人が注文した商品が現地のボックスに届き、受け取る導線は確認できた。







周囲には注文する中国人や、それを見物する外国人観光客が集まっていて、深圳でもまだ珍しいものという扱いなのだと感じ、その場では「深圳っぽいな」「未来っぽいガジェットだな」と思った。

でも調べていくと、これは単なる未来ガジェットではなかった。
美団がやろうとしているのはドローンを飛ばすことそのものではなく、飲食店の受け取り場所を店の外へ広げることなのだと思う。
人才公園のドローン配送ステーションは、住所のない広大な公園の中に“受け取り住所”を作る仕組みだった。
美団という怪物
まず前提として、美団(Meituan)が何者かを押さえておく必要がある。
日本では「中国版Uber Eats」と紹介されることが多いが、実態はそれをはるかに超える。
フードデリバリー、ホテル予約、映画チケット、旅行、レストラン予約、即時小売など「地元生活サービスのすべて」を一つのアプリに収めることを目指すローカルスーパーアプリだ。
中国のフードデリバリー市場では60-70%のシェアを握る巨大プレイヤーでもある。

その美団がドローン配達に本気で投資している。
2017年にドローン配送サービスの探索を始め、2021年には深圳で初の実ユーザー向け配送を行い、現在では深圳から中国各都市、ドバイにまで実運用が広がりつつある。
これは「面白い実験」ではなく、コアビジネスの延長線上に位置づけられた戦略投資だ。
なぜドローンか:配達員コストという時限爆弾
美団の狙いを理解するにはフードデリバリーのコスト構造を知る必要がある。
フードデリバリーにおいて大きなコストになるのが「最後の1km」だ。
レストランから消費者の手元まで届ける人手、待機時間、移動時間、ピーク時の需給調整が、プラットフォームの収益性を大きく左右する。
中国では配達員(外卖小哥)が数百万人規模で働いているが、人件費は年々上昇し、交通渋滞による遅延も深刻化している。
ドローンはこの構造を変える可能性を持つ。
渋滞がない、ピーク時に比例して稼働できる、1フライトあたりのコストが技術進化で逓減する。
現時点でドローン配達のコストが人間の配達員より安いわけではないが、美団が見ているのはおそらく「将来的なコスト逆転」だ。
美団の副社長は「将来的に全世界の即時配送の10〜15%をドローンが担う」と語っている。
人件費が上がり続け、ドローンの製造コストが下がり続ければ、どこかで交差する。その日のために、インフラを今から作っておく。
なお美団は「ドローンか人か」という二択ではなく、「ドローン+無人カート+人の配達員」を組み合わせる戦略を採っている。
ドローンが担うのは人の配達員が探しにくい場所や、地上ルートでは時間がかかる場所だ。
人の配達員を置き換えるというより、ネットワーク全体を最適化する部品として位置づけている。
なぜ深圳か:ドローンを推進する都市
美団のドローン事業の中心が深圳であることは偶然ではない。
まず中国政府の明確な政策意志がある。国が本気でこの産業を育てようとしている。
「低空経済」—地上から1,000メートル以下の空域を活用した経済活動を指す言葉で、2024年に李強首相が「新たな成長エンジン」として位置づけた国家戦略だ。
中国民用航空局によれば、中国の低空経済の市場規模は2023年時点の約5,060億元(約12兆円)から2025年には1兆5000億元(約35兆円)、2035年には3兆5,000億元(約82兆円)に達するとも予測されている。
深圳はこの低空経済を都市として強く推進している。
美団も深圳を低空経済の発展高地として位置づけている。
世界最大級のドローンメーカーであるDJIの本社も深圳にある。
深圳では公園向けの常態化航路も広がっている。
2024年9月時点で深圳の8つの公園に10本の公園常態化配送航路が開通していると深圳市の公式情報が伝えている。
つまり人才公園のドローン配送は単独の珍しい実験ではない。
深圳という都市全体が低空経済を実装しようとしている。
その一部として、公園、観光地、商圏をつなぐ配送導線が作られている。
だから公園の中にドローン配送ステーションが普通に置かれている。
深圳に行くとこういう「未来っぽいものが急に日常の中に置かれている」感覚がある。自動運転タクシーが普通に走っているのもそのひとつだ。
受取ステーションという発明
人才公園で目撃したボックス構造物こそが、このビジネスモデルの核心だ。

美団のドローン配達は、玄関先への直接配達ではない。
公共の受取ステーションへのデリバリーだ。
注文者はアプリで最寄りのステーションを指定し、ドローンがそこへ届け、通知を受けて取りに行く。
一見「遠回り」に見えるが、これには合理性がある。
マンションの高層階への着陸は技術的・法的に困難なため、ステーションに集約することで、配送先を固定でき、着陸・受け渡し・保管の管理がしやすい。
さらに盗難・荒天などのリスクをステーション側で管理できる、という理由に加えて、「公園や広場という人が元々集まる場所にステーションを置くことで、ついでに取りに行く行動を自然に引き出す」という設計の巧みさがある。
「最後の100メートルを消費者に歩かせる」というある種の割り切りでもあり、「散歩ついでに注文する」という新しい消費行動を生む設計でもある。
美団無人機の商業戦略責任者は言う。
以前は深圳人才公園でデリバリーを頼むと、受け取り場所の指定が難しく、「第4の街灯」「第6の大木」のような曖昧な指定がよくあり、配達員が公園内で正確な場所を探すのに時間がかかっていたと。
ドローン配送では、ユーザーは公園内のボックスへ行けばよく、コミュニケーション時間を省き、配送時間も従来より約50%圧縮できるとされている。
つまりこれは住所のない場所に受取住所を作り、物を届ける仕組みだ。
何が届くのか:コーヒーとミルクティーの空輸
現在、美団のドローン配達で多いのは飲料だ。
ラッキンコーヒー(瑞幸珈琲)、喜茶(HEYTEA)、ミルクティーチェーン各種。
美団の第4世代ドローンは最大載重2.5kgとされ、軽量なドリンクの配送と相性がいい。
最大半径3km内に15分で配達できるということなので、店側の状況次第で地上配送より時間が早い場合は多くありそうだ。

2025年9月には深圳の一部航路で夜間配送も始まった。
夜間の建物照明や路灯、自研のナビゲーション定位能力を使い、暗い環境でも避障や精密着陸を行うという。
ドリンクや食べ物だけではない広がる可能性
2024年12月に美団ドローンが開通した深圳・香蜜公園では、アイス飲料、果物カット、ファストフード、アウトドア用品など、屋外利用シーンに合わせた商品を導入しているとされている。
発想を広げるとこれは色々とバリエーションが考えられる。
キャンプ場や山の上、ビーチ、イベント会場など店を作りづらい、デリバリーを届けづらい場所へも物が届く。
キャンプ中に肉が足りなくなる心配はもうしなくてもいいのかもしれない。
店舗の商圏が、地上の道ではなく、空中の直線ルートで拡張されている。
「人が届けられない場所への配送」というユースケースで言えば、山間部や離島、交通の不便なエリアに住む人々も対象になるかもしれない。
緊急物資、医療物資も届けられるだろう。
深圳の次へ:香港、ドバイ、そして世界
美団のドローン事業は深圳の外へ出始めている。
2025年11月時点で美団は深圳、上海、北京、広州などに65航路を展開し、商業化注文は74万件超に達している。
面白い場所ということでは万里の長城の観光客向けへの配達もやっている。
さらに香港やドバイでも商業運用を始めており、フードデリバリーのノウハウをそのまま空に持ち込む形で、美団は「ドローン配送の輸出」という新たな事業軸を作りつつある。
カフェの工程を分解して考えてみる
深圳・人才公園で見た美団のドローン配送ステーションは最初はただ未来っぽいものに見えた。
でも調べてみるとそこにはかなり合理的な背景があった。
規制の強い日本でドローン配送が実現するのはかなり先の未来だろう。
ただ、中国で成功が確認されれば数年遅れで導入される可能性はある。
いつか訪れる未来として、カフェは店内だけで完結しなくてもいい、そう考えるとカフェの可能性は広がるかもしれない。
飲み物の体験は、どこで作るか、どこで注文するか、どこで受け取るか、どこで飲むかに分解できる。
それぞれの工程において技術革新がありうる。
CHAGEEの戦略記事でも書いたように、中国のカフェチェーンはアプリ完結前提で設計されたところも多い。
これは「どこで注文するか」と「どこで受け取るか」の工程で、店に行く前に注文して、完成したら店に行くという流れだ。
ドローンとステーションボックスは「どこで注文するか」「どこで受け取るか」「どこで飲むか」の工程に対応し、商圏の考え方がさらに拡がる。
都市部ではUberEatsなどで店の中から家や職場へ店の商圏は拡大した。
ドローンはさらに公園やビーチ、イベント会場等へと拡げていく。
各工程ごとにどういうカフェの体験の可能性がありえて、それに対してどう対応/設計していくのか、そう考えていくのは自分のカフェの可能性を広げる試みになるかもしれない。
最後に余談として、現地で少し気になったことも書いておきたい。
このあたりは夜景がきれいだと聞いていたので、日没を待つために2時間半ほど人才公園に滞在した。
この間、ひっきりなしにドローンが飛び交い、空には常時4台ぐらいのドローンが飛んでいる状態だった。
気になったのは虫の羽音のようなブーンという音だ。
ものすごく大きな音というわけではないのだが、2時間半もその音を聴き続けていると結構ストレスになった。
窓を閉めていればたいしたことはないのかもしれないが、住居の近くにボックスを設置すると新たな騒音公害が生まれるのかもしれないなんてことを思った。
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