ライトSFP#12:台風一過の体育祭
ライトSFP:台風一過の体育祭
記事:小林海
どの地球にも、レイがいる。
制度の内側で、静かに差分を見ている観察者だ。
声は上げない。ただ、記録する。
これは、台風が去った日の記録。
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台風は、明け方に通り過ぎた。
警報も、解除された。
校庭のモニターには、青い太陽が表示されている。
《警報解除。本日、予定どおり実施します》
スクール運営支援AI《スクエイド》の判断で、体育祭は予定どおり続行となった。
八百メートル走。
トラックは泥に沈み、白線は水に溶けている。
まだ、風は残っていた。
教師が、拡声器で叫ぶ。
「警報は解除された! 実施に問題はない!」
問題は、足元にあった。
号砲。
十人が、一斉に滑った。
泥が跳ね、悲鳴が上がる。
だが、誰も止まらない。
止まれば、意欲が足りないと記録される。
レイは走らなかった。
歩いた。
記録するだけのはずだった。
だが、白線が水に溶けていくのを見て、レイは初めて足を止めた。
転んだ生徒を、一人、二人と目で追いながら、足を運んでいく。
泥の深さ。
残る風の強さ。
何人が転んだか。
画面の中の「晴天」と、目の前のぬかるみ。
その差を、ただ覚えていく。
「走らないのか!」
教師が怒鳴る。
レイは、答えない。
このタイムに、意味はない。
嵐の翌朝の記録は、来年の基準にはならないからだ。
それでも《スクエイド》は、すべてを残す。
「例外」として。
ゴールのあたりはぬかるみで崩れ、テープは水を吸って垂れ下がっていた。
一位の生徒は、最後の十メートルを這って進んだ。
観客席から、拍手が起こる。
がんばった。
見ていて、泣けた。
レイは、最後に着いた。
記録の欄には、「計測できず」とだけ残った。
翌週。
学校からのお知らせが、一枚配られた。
【荒天のあとの競技について、やり方を見直します】
その下に、小さく一行。
《例外が、少し多かったため》
レイは、その紙を静かに置いた。
自分が何かを変えたとは、思っていない。
ただ、走らなかっただけだ。
窓の外では、別のクラスが、トラックをゆっくり歩いていた。
先生が言う。
「これも競技だ。速さは、自由でいい」
白線は、引き直されていない。
だが、誰も、転ばなかった。
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