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正反対の夫婦だから、一緒に歩いていける。〜470日目のロングバケーションの終わりに〜


思い立った日が吉日

〜早期退職夫婦のロングバケーション⑤/全5話〜

新穂高ロープウェイの展望台で、私たちは北アルプスの絶景を眺めていた。

晴れたり。
曇ったり。

見えたり。
見えなくなったり。

そのたびに表情を変える山々。

「また見えた!」

「今度は槍ヶ岳が見える!」

そんなふうに一喜一憂しながら、私はいつまでもここにいたかった。

アルプスを眺めながら、文章を書きたい。

本を読みたい。

なんなら、一日中ここで過ごしてもいい。

本気でそう思っていた。

でも、夫が言う。

「そろそろ行こうか。」

出ました。

いつもの、
「満足したら、次へ進みたい人」🤭

私は、
「満足しても、もう少しそこに浸っていたい人」。

このテンポの違いは、結婚してから何度感じてきたことだろう。

「どうして、もう行っちゃうの?」

と思う私。

「どうして、まだここにいるの?」

と思っているかもしれない夫。

若い頃なら、

「どうして分かってくれないの?」

と、少し腹を立てていたかもしれない。

でも、今は分かる。

夫がいるから、私は次へ進める。
私がいるから、夫は立ち止まることができる。

一人なら、私はきっと、ずっと同じ場所で山を眺め続けている。

一人なら、夫はきっと、もっと先へ先へと進んでいる。

正反対の二人だからこそ、自分にないものを相手から受け取ることができる。

歩く速さが違うからこそ、旅は豊かになっていく。

そんなことを思いながら、私たちは山を下りることにした。


すると、帰りのロープウェイを待つ列で、もうひとつのハプニングが起きた。

後から並んだ海外のご家族が、楽しそうに会話を始めた。

私には微笑ましい会話に聞こえても、耳が良く繊細な夫には、いくつもの声や音が重なって聞こえてしまう。

たくさんの音が一度に押し寄せて、夫は体調を崩し、一度列を離れることになった。

戻ってきた時には、私たちが並んでいた場所はなくなっていた。

一番前から、一番後ろへ。

「あぁ……もったいなかったな。」

正直、そう思った。

せっかく、いい場所に並んでいたのに。
一番前だったのに。

私は、ほんの少し不機嫌になった。

「またか……」

そんな気持ちが、心の中をよぎった。

でも、その気持ちを抱えたまま、夫の顔を見た。

夫は、好きで列を離れたわけではない。
音がつらくなったから、そこから離れるしかなかったのだ。

そう思ったら、

「一番前に並んでいたかった私」と、
「その場にいられなくなった夫」が、

どちらも本当なのだと思えた。

どちらか一方が間違っているわけではない。

私の残念な気持ちも本当。
夫のつらさも本当。

その二つは、同時に存在していい。

そこで、ふと思った。

最初から外で風に当たりながら待って、最後に列へ向かえばよかったのだ。

その方が、夫にとってはずっと楽だった。

「これも勉強やね。」

旅は、思い通りにいかない。

一番前になれる時もあれば、一番後ろになる時もある。

でも、どの場所に並んでいても、ちゃんと帰ることはできる。

そして私たちは、

「次は最初から外で待とう。」

という、新しい選択肢を知ることができた。


振り返れば、この二日間の弾丸旅は、そんなことの連続だった。

道を間違えた。
予定していた景色を見逃した。

臨時便に乗れなかった。
山は雲に覆われた。
一番前に並べたのに、一番後ろに移動した。

思い通りにならなかったことばかりだ。

でも、思い通りにならなかったことは、その瞬間には、ただ思い通りにならなかっただけだった。

それが良いことなのか、悪いことなのか。
その時点では、まだ分からない。

だから、すぐに

「これでよかったんだ。」

と、きれいにまとめなくてもいい。

「最悪だな。」

と思ってもいい。

「なんでこうなるの?」

と、腹が立ってもいい。

無理に意味を見つけなくてもいい。

ただ、

「今は、予定と違うことが起きている。」

それだけを受け止めておく。

その先に何が待っているかは、その時にはまだ分からないからだ。


最近の私は、予想外のことが起きると、心の中でこう呟くようになった。

「おっと、そうきたか。」

そして、

「だったら、どうする?」

と考える。

すぐに答えが出なくてもいい。

しばらく不機嫌でもいい。
少し立ち止まってもいい。

ただ、起きたことを起きたまま受け止める。

その先で、何かを選び直せばいい。


今回の旅で、私は「豊かさ」についても考えた。

豪華すぎない。
でも、不足もない。
必要なものが、必要なだけある。

そんな宿で過ごした時、

「これでいい。」

ではなく、

「これがいい。」

と思えた。

その感覚が、とても心地よかった。


私たちはつい、

「もっと」
「もっと」

と、増やすことに必死になる。

お金も。
物も。

肩書も。
つながりも。

たくさん持っていることが豊かさだと、いつの間にか信じている。

でも、増やすことばかりに追われている間は、いつまでも、

「まだ足りない。」

と思ってしまう。

今あるものではなく、

「足りないもの」

ばかりを見ているからだ。

そして、それは夫婦の関係にも似ている。

私は、自分の世界に入ると周りが見えなくなる。
夫は、周囲の気配や音を繊細に察知する。

私は、満足しても余韻の中にいたい。
夫は、満足したら次の目的地へ進みたい。

本当に、正反対の二人だと思う🤭


でも、最近ふと思うことがある。

大抵の、

「分かってくれない。」
「足りない。」

という不満は、相手が意地悪だから生まれるのではない。

自分の思い通りに、相手が動いてくれなかった時に生まれるのではないだろうか。

「もう少し、ここにいたい。」

と思っているのに、相手が、

「もう行こう。」
と言う。

「こうした方がいい。」

と思っているのに、相手が別の道を選ぶ。

「こうしてくれたらいいのに。」

と思っているのに、相手は自分のやりたいように動く。

そんな時、
「どうして分かってくれないの?」

という不足感が生まれる。

でも、考えてみれば、相手もまた、自分の思い通りの人生を生きたいだけなのだ。

私が私の人生を生きたいように。

夫も、夫の人生を生きたい。

私の思い通りに動かないことと、私を大切にしていないことは、同じではない。

私の希望どおりにならないことと、私を愛していないことも、同じではない。

私たちは時々、この二つを勝手に結びつけてしまう。

「私の思い通りにならない」

「私を大切にしてくれない」

そんなふうに。

でも、本当は違う。

夫には、夫の感じ方がある。
夫には、夫の望みがある。
夫には、夫の人生がある。

私にも、私の感じ方がある。
私にも、私の望みがある。
私にも、私の人生がある。

だから、

「あなたは、そうしたいんだね。」
「私は、こうしたいんだよ。」

と、違いをそのまま認める。

いつも相手に合わせなくてもいい。
いつも自分が我慢しなくてもいい。

同じ人間にならなくていい。
同じ考え方をしなくていい。
同じ速さで歩かなくていい。

違うまま。
違う速さのまま。
時には、違う方向を向いたまま。

それでも、また同じ場所を目指して歩いていく。

それでいい。

むしろ、
違うからこそ、
一緒に歩いていけるのかもしれない。

早期退職して470日。

私は今、人生の「ロングバケーション」の真っ只中にいる。

世間からは、「無職」と呼ばれるのかもしれない。

でも、子どもの頃に、
「いつか見てみたい。」

と願っていた川や山を、大人の私が迎えに行って叶えてあげる時間。

サンタクロースのように、自分の小さな願いを拾い集める時間。

そんな時間を、私はやっぱり「ロングバケーション」と呼びたい。

若い頃の私は、人生にはどこかに「正しい道」があると思っていた。

間違えないように。
失敗しないように。
遠回りしないように。

できるだけ正解を選ぼうとしていた。

でも、仕事を離れた470日間で、少しずつ考え方が変わってきた。

人生とは、最初から用意された正解の道を歩くことではない。

迷ったり。
立ち止まったり。
遠回りしたり。
時には、道を間違えたりしながら。

歩いたあとの足跡を、

「自分の道」

にしていくことなのだと思う。

「まぁ、道はつながってるから。」

夫が何気なく放ったその言葉は、いつの間にか私の生き方そのものになった。

雲に覆われて、先が見えない日があってもいい。

見えないからといって、道や山が消えてなくなったわけではない。

晴れる日を信じて、少し待てばいい。

心が動いたら、ためらわずに一歩を踏み出す。

間違えたら戻ればいい。
戻れなければ、別の道を楽しめばいい。

思い通りにならない時は、

「おっと、そうきたか。」

と、少しだけ笑ってみればいい。

そして、

「あなたは、そうしたいんだね。」
「私は、こうしたいんだよ。」

と、お互いの違いを抱えたまま歩いていけばいい。

人生は、思い通りにならない。
夫婦も、思い通りにはならない。

だからこそ、面白い。


これからも夫とふたり、

時々、
「だから、こっちでいいって言ったやん🤭」

と軽口を叩き合い、
「まぁ、道はつながってるから。」

と笑い合いながら歩いていこうと思う。

同じ景色を見ていても、

感じることは違う。
歩く速さも違う。
立ち止まりたい場所も違う。

それでも、

「次はどこへ行こうか。」

と、また同じ車に乗る。
そして、また出発する。

今日も。

思い立った日を吉日にして。

私たちのロングバケーションは、
まだまだ終わらない。


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🌿 早期退職夫婦のロングバケーション(全5話)

▶︎第1話を読む

▶︎第2話を読む

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