早期退職して470日。「無職」を「ロングバケーション」と呼ぶことにした
思い立った日が吉日
〜早期退職夫婦のロングバケーション①/全5話〜
「行こうか。」
夫の一言で、一泊二日の弾丸旅が始まった。
きっかけは、岐阜県の高速道路を周遊できる、お得なプランを見つけたこと。
ちょうど今月、ぽっかりと二日間だけ予定が空いていた。
天気予報は、晴れ。
山が好きな夫が楽しめて、体力にあまり自信のない私も楽しめる場所。
「新穂高ロープウェイ、行ってみる?」
その提案に、私の心も動いた。
思い立った日が吉日。
こうして、旅が始まった。
夫がETCの手続きをしている間に、私は宿を探す。
翌日のロープウェイは、朝8時30分。
できるだけ現地に近くて、
温泉があって、
夕食がおいしそうなところ。
夫からのリクエストは、
「部屋の中にトイレがあるところ。」
そして、
「温泉がゆったりしているところ。」
だった。
条件に合う中で、私はその日、その場所の最安値のコテージを見つけた。
「ここなら、お値打ち!」
そう思って見せたのだけれど、
夫は、
「うーん……。」
と、あっさり却下。
よくよく見ると、夫がリクエストしていた部屋のトイレがなかった。
そして、
「ここが良さそう。」
と選んだのが、中尾平さんだった。
見ると、私が見つけた宿の倍のお値段。
「本当にいいの?」
思わず値段を気にする私に、夫は言った。
「部屋にトイレがあるし、このくらいのポテンシャルだったら、お値打ちなんじゃないかな?」
出ました。
我が家の大蔵大臣の一声🤭
こうして、私の「なるべく安く」は吹き飛び、
ウキウキ、ワクワクの旅が始まった。
早期退職して470日。
年金受給までは、まだしばらくある。
仕事をしていない私たちを、世間では「無職」と呼ぶのかもしれない。
でも、私はこの期間を、ずっと別の名前で呼んできた。
ロングバケーション。
若い頃、大好きだったドラマのタイトルだ。
木村拓哉さんと山口智子さん。
私の大好きな、憧れのお二人が織りなす世界。
仕事をしていない期間を、
「ロングバケーション」
と呼ぶセンスに、私はすっかり心を持っていかれてしまった。
「私も、絶対にそう呼ぼう!」
そう決めた。
「無職」と言うと、なんだか少し肩身が狭い。
でも、
「ロングバケーションです」
と言うと、急に人生が楽しそうになる🤭
だから、
赤信号で停車中に、後ろから追突された時も。
心が闇に飲み込まれた時も。
コロナ禍で自宅待機になった時も。
私の中では、全部ロングバケーションだった。
人生が止まったのではない。
次の旅に出るまでの、長いお休み。
そう名前をつけることで、私は何度も次の一歩を踏み出してきた。
もちろん、仕事をしないことに不安がないわけではない。
お金のことを考えれば、
「このままで大丈夫なのかな?」
と思うこともある。
でも、もし最後に何も持っていけないのだとしたら。
残すためだけに生きるより、
今を味わうために生きてもいいのではないか。
お金を増やすためだけではなく、
心が動く瞬間を増やすために、
私たちは生きているのではないか。
そんなふうに思うようになった。
誰かのために頑張る人生も、もちろん素晴らしい。
でも、自分のために生きる時間があってもいい。
誰に遠慮することもなく、
「今日はここへ行きたい。」
「これを見てみたい。」
「今、これをやりたい。」
そう思った自分の声を聴いてあげてもいい。
ロングバケーションとは、
人生から与えられた「何もしない時間」ではなく、
自分の人生を、自分のために使い直す時間なのかもしれない。
そんなことを考えながら、私たちは車を走らせた。
車を運転するのは夫。
助手席で景色に感動し、写真を撮るのが私。
いつの間にか、そんな役割分担ができていた。
たまに私が運転すると、
「和子さんの運転は、ヒヤヒヤする。」
と夫は言う。
そして、私は、
「あ〜!今の景色、撮ってほしかった〜!」
と思うこともある。
夫と私では、心が動くタイミングが違うのだ。
でも、それも含めて、私たち夫婦の旅だった。
車窓から、長良川や木曽川が見えてきた。
小学校の社会で習った、日本の川。
地図帳で見ていた川。
子どもの頃、
「こんなに大きな川って、どんな川なんだろう?」
と思っていた。
その川を、今、私は実際に見ている。
「ああ、本当にこんなに大きな川だったんだ。」
そんなことを思いながら、窓の外を眺めた。
子どもの頃の私が、
「いつか見てみたい。」
と思っていた景色を、
今の私が見せてあげている。
その瞬間、ふと思った。
大人になるということは、
子どもの頃の自分が思い描いていた小さな願いを、
一つずつ叶えていくことなのかもしれない。
「あの景色を見てみたい。」
「ここへ行ってみたい。」
「こんなことをしてみたい。」
そんな小さな願いを、
大人になった自分が迎えに行く。
子どもの願いを、
大人の自分が聴いて、叶えてあげる。
それって、なんだか少し、
サンタクロースに似ている。
子どもが願い、
大人が叶える。
そう思えたら、
今日もご飯が食べられること。
雨の当たらない屋根の下で眠れること。
朝、目を覚ますこと。
そんな当たり前に思える一日も、
クリスマスみたいな奇跡に思えてくる。
そんなことを考えながら、
私たちは北アルプスへ向かって車を走らせた。
まだ、旅は始まったばかり。
この先、
「だから、こっちでいいって言ったやん。」
という小さな火種が生まれることを、
この時の私はまだ知らなかった。
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