スイスが悩む「AIスクレイピング窃盗」――オプトインの誘惑とライセンスの現実 / AIと著作権雑感
はじめに
以下を読んだ上で今回の雑感に入っていただけるとより分かりやすくなると考える。興味を引いたものを読んでいただければ幸いである。いずれも一分で読める内容である。
生成AIの学習データをめぐる議論は、ときどき「無断学習=窃盗」という強い比喩に吸い寄せられる。比喩自体は直感的で、政治的にも分かりやすい。しかし、制度設計の観点からは、比喩が分かりやすいほど、論点が混線しやすい。スイスで進む著作権法改正の議論は、その混線のしかたが非常に教材的である(注1)。
ここでの焦点は、単に「AIは悪い/権利者は正しい」といった二項対立ではない。むしろ、(i) 著作権の保護範囲の不確実性、(ii) 許諾の取引費用(交渉コスト)の急増、(iii) 国内の研究開発と国際競争のねじれ、が同時に露出している点に面白みがある。
1 何が起きているのか(事実関係の整理)
スイス連邦議会ではこの1年ほど、AI企業が報道機関等のコンテンツを学習目的で収集・利用する行為をどう位置付けるかが議論されてきた。争点は、権利者の「明示的な許諾」を事前に義務付ける(オプトイン)方向に振り切るか、それとも別の枠組みでバランスを取るか、である(注1)。
象徴的な契機として、連邦上院議員による動議(2024年12月)が紹介されている。そこでは、大規模言語モデルが報道機関のコンテンツを訓練データに利用する場合、メディア各社の明示的許諾を求める、という構想が前面に出る(注1)。これが通れば、AI側から見れば「許諾が取れないと学習できない」世界になる。
他方、この方向性に対して、研究者側からは早い段階で反発が出ていた。スイスの大学等が関与するオープンソース系の大規模言語モデル「Apertus」のように、大量データが前提となる研究開発では、厳格なオプトインが現実的に成立しにくい、という指摘がなされる(注1)。要するに、スイス国内のイノベーション政策と著作権政策が正面衝突しうるという構図である。
(参考)スイスのAI動向
議会内の手続としては、2025年9月に連邦下院(国民議会)が厳格化案の一部を取り下げ、EUの枠組みに近い方向へ調整したとされる。さらに、同年12月11日に連邦上院(全州議会)がこれに同調し、具体的な改正作業は連邦評議会と知的財産庁(IPI)に委ねられる形で前進した、というのが大枠である(注1)。
2 オプトインは「正しそう」に見える――しかし高コストである
オプトイン案は、道徳的にはきわめて筋が良いといえる。権利者の許諾なく他人の作品を取り込むのは問題だ、という直感に沿うからである。加えて、政治的にも説明が容易である。「同意がなければ使うな」で済むことになろう。
しかし、ここでの対抗馬は倫理ではなく、取引費用である。大規模言語モデルの学習は、個別作品の「少量利用」ではなく、膨大なデータの統計的処理として行われる。このとき、権利者ごとに個別許諾を取りにいく設計は、交渉コストと事務コストだけで破綻しやすい。しかも、破綻の仕方が不公平になりがちである。巨大プラットフォーマーは交渉窓口を整えられるが、スタートアップ等は窓口整備以前に息切れするかもしれない。結果として、オプトインは「権利者保護」を掲げつつ、実務的には参入障壁として作用しうる。
スイス側でも、厳格なルールはAI企業の国外移転を招きかねない、という懸念が示されている(注1)。小国が単独で「世界標準と異なる学習規制」を立てた場合、法の実効性以前に、当事者が国境の外へ逃げる。これは、租税回避やデータローカライゼーションでも何度も見てきた、いわゆる法域間競争の典型であるといえそうである。
3 「オプトアウト+ルール化」という折衷が持つ意味
スイスの議論がEUに近づいたという点は、単なる政治的妥協ではなく、設計思想としても理解できる。
EUでは、少なくともテキスト・データマイニング(TDM)について、権利者が「明示的に権利留保」をしない限り例外が適用される、という形で、いわばオプトアウト的な仕組みが採られている(注2)。より正確にいえば、TDMの例外が設けられる一方、オンライン公開コンテンツについては機械可読な手段等で権利留保を表明でき、その場合は例外の適用から外れる(注2)。この設計は、権利者保護と技術実装を接続している点がミソである。つまり、「権利者の意思表示」を制度の入口に置きながら、その意思表示の形式を機械可読に寄せている。
さらにEUのAI法(AI Act)は、汎用目的AIモデル(general-purpose AI model)の提供者に対し、EU著作権法に適合するための方針整備や、学習に用いたコンテンツの要約公開等を求めている。
(参考)
特に、TDMの権利留保(Directive (EU) 2019/790の枠組み)を識別し尊重するための方針を「導入すること」が条文上の義務として位置付けられる(注3)。ここには、二段構えの発想がある。
第一段で「権利留保(オプトアウト)」を制度化し、第二段で「それをAI提供者が実装・運用できるように」コンプライアンス義務を課す、という流れである。
この二段構えは、オプトインのような「理屈は分かるが実装不能」になりにくい。反面、権利者側から見れば「意思表示しないと取り込まれる」構図にもなるため、政治的には受け入れがたい局面もある。だからこそ、スイスで浮上している「ライセンス制度」の話が重要になるのだろう。
4 ライセンスという現実解――ただし設計を誤るとただの徴税になる
スイスの報道では、集団管理団体(SUISA)や研究者(チューリヒ大学のThouvenin教授)らが、包括的なライセンスや法定ライセンスにより対価回収を図る構想に言及している(注1)。ここでの発想は、個々の権利者と個々のAI事業者を無限にマッチングさせるのではなく、「一旦まとめて徴収・分配する」ことで取引費用を下げる、というものである。音楽配信の世界を想起すれば直感的であろう(注1)。
ただし、ライセンスは万能ではない。設計を誤ると、(i) 何に対する対価かが曖昧なまま「とりあえず徴収」する制度になり、(ii) 分配の正当性を巡って別の紛争を量産し、(iii) しかも実質的なイノベーション阻害だけは確実に残る、という悲劇が待っている。ここで必要なのは、「何を規制し、何を規制しないか」の切り分けである。
少なくとも、次の二点は分けて考えるべきであるように思う。
第一に、学習(トレーニング)行為が著作権侵害なのか、どこまで例外で救済されるのか、という法的評価の明確化である。スイスでも、著作権法がAIスクレイピングを明示していないこと、科学研究目的の例外との関係が争点になりうることが紹介されている(注1)。この不確実性が放置されると、権利者側もAI側も、最終的には「訴訟コスト」を上乗せした行動をとるしかなくなる。
第二に、仮に侵害でない(又は一部適法)としても、権利者に一定の対価還元をどう設計するか、という分配問題である。これは「権利の存否」と独立しうる政策領域であり、ここで初めて法定ライセンスや拡大集中許諾(いわゆる拡張的効果を伴うライセンス)といった技法が射程に入る。
この二点を混同すると、制度が「法解釈の決着」も「対価分配の納得」も同時に失いうる。逆に言えば、スイスの議論がオプトインの硬直性からいったん距離を置き、連邦評議会とIPIに具体化を委ねる流れにしたこと自体は、設計の余地を確保するという意味で合理的であるように思える(注1)。
おわりに
「無断学習は窃盗か」という問いは強い。しかし、ガバナンスの実務では、強い問いほど制度を壊しかねない。スイスの動きが示すのは、権利者保護とイノベーション促進を両立させるには、道徳的直感に乗るだけでは足りず、取引費用を下げる回路(オプトアウトの形式知化、ライセンスによる集約)を同時に組み込む必要がある、ということである(注1)。
強い比喩を弱めるのは、権利者を軽視するためではない。むしろ、権利者が現実に救済されるために、制度を現実に動く形へ落とし込むためである。スイスの「一歩引いて具体化へ」という姿勢は、その意味で、かなり現代的な立法技術に見える。
参考資料
注1 Allen Matthew「AIが脅かす著作権 スイスは保護・イノベーションの両立目指し法改正へ」SWI swissinfo.ch(2025年12月19日)(https://www.swissinfo.ch/jpn/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%81%AEai/switzerland-considers-ai-data-theft-defence/90652982, 2025年12月21日最終閲覧)。
注2 European Parliament and Council「Directive (EU) 2019/790 of 17 April 2019 on copyright and related rights in the Digital Single Market and amending Directives 96/9/EC and 2001/29/EC」art. 4(3)(2019年4月17日)(https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX%3A32019L0790, 2025年12月21日最終閲覧)。
注3 European Parliament and Council「Regulation (EU) 2024/1689 of 13 June 2024 laying down harmonised rules on artificial intelligence and amending Regulations (EC) No 300/2008, (EU) No 167/2013, (EU) No 168/2013, (EU) 2018/858, (EU) 2018/1139 and (EU) 2019/2144 and Directives 2014/90/EU, (EU) 2016/797 and (EU) 2020/1828 (Artificial Intelligence Act)」art. 53(1)(c)–(d)(2024年6月13日)(https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN-PL/TXT/?uri=CELEX%3A32024R1689, 2025年12月21日最終閲覧)。
(マガジン)「AIと法-雑感」
※目次は以下を参照
note総則規約3条2項前段
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