【長編小説】獣戦記(アポカリプス)第五十一話 狩人の心
吹雪が止んだ、絶対零度の氷原。 空気は凍りついた刃のように張り詰め、まるで世界そのものが息を潜めたかのように静まり返っていた。
その中心に立つのは、豹族の戦士、シャバル・ナイトパルマ。黄金の瞳が、ミラたち3人を射抜いていた。
「怪物……そうだ、俺は怪物……リィナもそう言って……あぁ、とにかく血を、命を早く……」
——グルルルルルゥ……グルルルルルゥ……
「あいつ、何か変じゃぁねぇか?何言ってるか全然分からねぇ……」
「自分でも、何を考えてるのか、何がしたいのか分からなくなってるんだわ……」
「人格が崩壊しかけてるのか……不憫な」
——ドサッ……ドサッ……
「さぁ……誰から狩られる?」
(目の焦点が合ってない……私達を見てるようで見ていない)
——スゥ……フゥ……カチャッ……
「飛龍、テトラ。下がってて……私がやるわ」
「ミラ!?1人で戦う気か?」
「シャバルは、誰かが止めてあげなきゃ。あのままじゃ……ずっと苦しんだまま……私が彼を救う。助けたいの……」
「ハッハッハッ!お前が俺を救う?何言ってやがる。ただの獲物になるお前が!」
「えぇ……私が終わらせるのよ。あなたの狩りも……あなたの苦しみも……全部……」
シャバルの瞳が細くなる。
「いいねぇ……一対一の狩りか。一瞬で終わらせてやるよ」
「出来るといいわね……」
氷原に、2人の影が向かい合う。
シャバルが身を低くかがめ、狩りの体勢を取る。
(右半身を後ろに、後傾してる。さっきと同じ体勢……)
「ミラ、気をつけろ。あの体勢になったという事は、さっきの技が来るぞ……」
「あの構えからの速度は、やべぇからな。危ねぇと思ったら、すぐに助けに入るからな、ミラ」
ミラは小さく頷いた。
——ヒュュュッ……ドォン!
次の瞬間、シャバルの姿が消えた。
(大丈夫、落ち着いて……シャバルは速い。姿は見えないけど、これまでの戦いから動きは直線的……吹雪も止んで鼻も利く……)
「死ねぇ!狼野郎がッ!黒豹の裂爪!」
「分かっていたわ、シャバル。あなたが、後ろから来ることはね……はぁぁぁぁ!」
——カキンッ!スパッ!!
「くはっ!」
シャバルの鉤爪を弾き、ミラの一太刀が胸を一閃する。
「ハッハッハッ!やるじゃねぇか、狼娘……」
「まだまだ、これからよ!」
——バァン!シュパシュ……パァン!
「ハッハッハッ!いいぞもっと、もっとだ!」
——ドォン!ザシュッ……ザザン!
「す、すげぇぜ、ミラ!シャバルの速度に全然負けてねぇ。互角に打ち合っているぜ!」
「あぁ……シャバルの速度を予測と反射で読み切り防御、すかさず反撃……見事な攻防戦だ」
ミラは息を整え、 双剣を構え直す。
「月牙双閃!!」
ミラが踏み込み、 双剣が十字型に弧を描く。
「……ッ!?はぁぁぁぁ!」
——カキンッ、サァ……グルルルルルゥ……グルルルルルゥ……
「さすがに、息が上がってきたようね。雪の上じゃ、いつものように動けないんじゃない?」
「はっ、関係ねぇなぁ~。それに動き辛いで言やぁ、お前も同じだろうが……その程度の力で、俺を止められると思うな!!」
(確かに、決定打をしっかりと躱してくる……このままじゃ、体力差で勝てない……でも……)
「あなたのことは、私が止める。そう言ったでしょ。それに、あなたの動きは、もう読める……」
「読めるだぁ? じゃあこれはどうだ!!」
シャバルは右手の鉤爪を胸元へ引き寄せ、身体を覆うように深く低く前傾した。
(あの構え、今までと違う……)
——ダダダダダァン!!!
「くらえっ!黒豹の牙穿爪ッ!」
(こ、これは……受けきれない!)
「氷蓮の双壁!!」
——バキッ……パリンッ!
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「ミラ!」
「来ないで、2人とも!大丈夫だから……」
(速い……同時に三方向から貫いてくるような一撃……右腿と左肩をやられた……)
「ハッハッハッ!マジかよ、これで死なねぇ奴は、初めてだぜ。咄嗟に頭と心臓を守ったな。でも、右腿と左肩抉ったぜ。この血だよ……この血ッ!最高だ!」
「……」
「何だよ、その眼は?」
「苦しそうね……」
シャバルの笑みが消えた。
「あぁ?何言って……」
「あなたは、誰かに止めてほしいんでしょう?血を見たい……殺したい……楽しい事のように言ってるけど、ずっと苦しそう……」
(何なんだ、さっきから……俺を止める?救う?何言ってやがる……)
「やめろ……そんな目で見るな!俺は……狩人……怪物……リィナが……血を……はぁ……はぁ……」
「大丈夫よ、私があなたを解放する……殺戮という名の枷から!」
「黙れぇぇぇぇ!イラつく……さっさと死にやがれっ!」
絶対零度の氷原の真ん中で、ミラの想いがシャバルの心を乱していく……
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