【長編小説】獣戦記(アポカリプス)第五十話 誕生、最速の狩人
リィナの身体が、 シャバルの腕の中で静かに崩れ落ちた。
「リィナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その叫びは、 黒に染まる森の奥にまで響き渡り、 夜の闇を震わせた。
シャバルの胸の奥で、何かがゆっくりと、しかし確実に壊れていく。
リィナの温もりが消えていく。彼女の声が遠ざかっていく。
「こやつ、ショックで気を失ったか……おい、動けるものは居るか?」
「は、はい……マヌエル様。我々3人だけですが……」
「シャバルを連れて帰るぞ。森奥の牢に鎖と重りで縛り付けておけ……」
「はっ……」
——カチッ、ジャラジャラ……ジャラジャラ……
(リィナ……リィナ……)
「んっ、ここは、洞窟の牢。それに、これは……」
目が覚めたシャバルは、手足を重りの付いた鎖で縛られていることに気づく。目の前に広がるのは、硬く冷たい岩肌。
「ようやく目が覚めたようだな、シャバル」
「戦士長……」
シャバルの脳裏にあの光景が蘇る。
「あぁ、そうだ……リィナを……リィナを返せよぉ!」
「何を言うかと思えば、返せ?リィナを殺したのは、お前自身だろう?リィナの心臓を抉り裂いた時も、実に楽しそうな表情だったじゃないか」
「頼む……頼むから……」
「フンッ、まぁいい。頭が冷えたら、手枷足枷を外してやる。それまでに、命を奪うあの快感を思い出しておくんだな……」
(リィナを殺して、楽しい?そんなはずがない……そんなの絶対にありえない……でも、それまでは、確かに楽しかった……くそっ、くそっ!)
——ゴンッ……ゴンッ……ゴンッ……
「おい、最近シャバルの牢から、ゴンゴン音がしないか?」
「あぁ、全く不気味だぜ……一体何をしてるんだか……」
——ゴンッ……ゴンッ……ゴンッ……
「マヌエル様。シャバルの奴、何を……」
「大丈夫だ。あそこからは逃げ出せん。しばらく放っておけ……」
——ゴンッ……ゴンッ……ゴンッ……
不気味な鈍い音が響きだして1年、突然その音がピタリと止んだ。
「こ、これは……マヌエル様、マヌエル様!」
「なんだ、騒々しい」
「はっ……牢からの音が止んだので、シャバルの様子を見に行ったところ、牢の中が血まみれで……」
「何ッ!?直ぐに行くぞ!」
(シャバル……何をした?)
——タッタッタッタッタッ……
「こ、これは……シャバル、貴様何をした!」
「ハッハッハッ、マヌエルか……久しぶりだな……」
「答えろ、シャバル!この血はなんだ!誰の血だ!」
——スゥ……ハァ……
「血……そうだ。血が、あの滾るような赤さが欲しい……命が終わる瞬間を、早く……早く……」
(頭からの流血。なるほど、自決する為に床や壁に頭突きをしていたのか。だが、それが逆にシャバルの血を刺激したか……)
「フハハハハハッ!シャバル、やっとなったか、狩人に!血を欲する獣に!おい、シャバルの拘束を解け……」
「はっ!」
——ガチャン、ジャラジャラジャラジャラ……
「ふぅ……あぁ……俺の武器は?」
「これを使え。今はまだ右手分だけしか、完成しておらんが、お前専用の武器だ……それで神を……」
——カチャッ……ザシュッ!
「な、何を!?」
「あぁ?切れ味の確認だろうが……あぁ、肉を裂くこの感覚……血を浴びる高揚感。最高だ……最高じゃねぇか!ハッハッハッ!」
(これは、まずい!?)
「もう一度、シャバルを拘……かはっ!シャ……バル……お前……」
シャバルが振りぬいた鉤爪が、マヌエルの喉を切り裂く。
「弱い奴は、狩られる獲物なんだろ?お前が教えたんじゃねぇか……クソジジイが、さっさと死ね!」
シャバルがもう一度鉤爪を振りぬき、マヌエルの首を飛ばす。吹き上がる血しぶきを全身に浴び、シャバルの胸は、高鳴る。
(これだ……これなんだよ!俺は、怪物……この快感なしでは、生きていけない!)
「まずいぞ!マヌエル様が殺された!今すぐ、シャバルを止めないと、俺たちまで……」
シャバルは静かに立ち上がり、戦士達を舐め回すように見る。その眼は、まさに獲物を狙う狩人そのもの。
「3秒やるよ……」
「……?」
「3秒後に、狩りに行くぜぇ……3……2……」
「まずい!全員一旦、引……」
——ザシュッ……シャシャシャ、バズンッ!
牢の中で、数十人の戦士たちが一斉に倒れる。
——グルルルルルゥ……グルルルルルゥ……
(もっと……もっとだ!)
シャバルは、そのまま集落へと走り出す。ただ命を奪うという快感の為に。
——カンカンカンカン!
「全員森から、逃げろ!牢から出て来たシャバルが、森中の奴を殺しに暴れまわってる!少しでも、遠くへ……早く、早く!」
——ザシュッ!シュパシュパッ!ストンッ……
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「シャ、シャバル!待て……待ってく……」
——ズドッ!
「ハッハッハッ!死ね!全員。お前らは、弱者。俺に狩られる獲物に過ぎねぇんだからな!」
その夜、シャバルは一族を一人残らず惨殺した。抵抗した戦士の心臓を抉り、逃げ惑う女子供を少しずつ追い詰め、逃げれないという絶望を与えた後、殺す。
たった一晩で、黒に染まる森は完全な沈黙に包まれた。
翌日、森に残っていたのは、黒い毛皮が赤く見えるほどの返り血を浴びた、シャバル・ナイトパルマただ一人。
「リィナ……怪物……俺は……血を……フッハッハッハ……ハッハッハッ!」
黒に染まる森に|シャバルの笑い声が虚しく響き渡る。
こうして最速の狩人、シャバル・ナイトパルマが誕生した。
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