【長編小説】獣戦記(アポカリプス)第五十二話 解放
「大丈夫よ、私があなたを解放する……殺戮という名の枷から!」
「黙れぇぇぇぇ!イラつく……さっさと死にやがれっ!」
シャバルの怒号が、氷原の空気を荒々しく揺らした。胸の奥に溜め込んだ激情が、白い大地へ向けて解き放たれる。
(何なんだ、この狼娘……癪に障る。さっさと殺す!)
——ビュォォォ……バァン!
(来る!)
シャバルの姿が消えた。
——カキンッ!バァン、ダァン!
「あなたの動きは、見切ってるって言ったでしょ!」
「うるせぇ!さっさと死ね!狼娘ッ!」
ミラは反射的に後ろへ跳びながら、すべての攻撃を捌く。
「ミラの奴、完璧にシャバルの動き、見切ってるぜ!」
「あぁ……だが……」
(今のミラの反応速度なら、反撃できたはず。なぜ、しなかったのか……)
ミラはシャバルと距離を取りながら、震える声で訴えかける。
「あなたは、本当は優しい人だった!命を奪うのは好きじゃない、そうでしょ!」
「やめろ!……その言葉……」
(頭の奥に響く、何なんだ……俺は怪物……リィナ……怪物……)
「大切な人を亡くして、心がグチャグチャになる気持ちは分かる!だからこそ、あなたを助けたい!」
「はんっ!俺の何を助けてぇのか知らねぇが、それなら俺を狩ってみろ!」
「自分に正直になって、シャバル!あなたは、狩りを楽しんでるんじゃない!あなたは……あなたは…… 」
「黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇ!!」
(そうか……ミラは、本気でシャバルの心を救おうと……)
「おらぁ!行くぞぉ!」
——スゥ……ドガッ!
シャバルが、前傾姿勢になり、より一層地面を踏み込んだ。
(シャバルを倒すしか、助ける方法は無いの……何か、別の方法は……)
「はぁぁぁぁ!月光冷華ァ!!」
この絶対零度の氷原の空気をも凍らせる、月光の加護による冷気。その冷気を纏わせた双剣の斬撃がシャバルを襲う。
「はんっ!さっきより遅ぇじゃねぇか!そんなんじゃあ、俺を狩るなんて不可能だぜ!」
「……っ!」
「ミラ!シャバルを助けたいのなら、ここで終わらせてやれ!苦しみから、解放してやるんだ!」
「飛龍……」
(くっ……シャバルを助ける為に、今よりも速く、正確な攻撃を……)
——スゥ……カチャッ……
(何だこいつ?剣を鞘に納めやがった……)
「ハッハッハッ!どうした、諦めたのか、狼娘!」
「ど、どうしたんだよミラ!なんで目瞑ってボーッと立ってんだ!速く構えろ!死んじまうぞ!」
「違う、テトラ。よく見ろ、この集中力。何かを狙ってるんだ……」
「何かって?」
ミラの周りを高速で移動し、隙を伺うシャバル。
(隙だらけだが、油断はしねぇ……最速で叩き込む!)
——バッバッバッバッバッバッバッ!
(シャバルの動きよりも速く、鋭く……集中して。本能のままに……)
「フンッ、これで終いだ!黒豹の牙穿爪ゥ!!」
——ドンッ!!
シャバルの爪がミラの首元に迫る。
「死ねぇぇぇ!!」
——スゥ……
ミラが振り向きざまに、剣を下から振り上げる。それは、シャバルの速度をも凌駕する神速のごとき居合い。
「月光冷華・氷月絶華!!」
——スパンッ……バシュン!
「くはっ……くそがっ……」
——バサンッ……
「はぁ……はぁ……やった。うまくできた……」
「やったぜ、ミラ!凄すぎるぜ、全く……」
「大丈夫か、ミラ?」
「えぇ……それより……」
ミラは膝をつきながらも、 シャバルへ歩み寄った。飛龍とテトラも後に続く。
シャバルは倒れたまま、 空を見上げていた。
「ゲホッ……あぁ、くそっ……まさか、俺が狩られるとはな……」
「シャバル……最後の一撃、今までより少しだけ遅かったのは、なぜ?」
「……さぁな。何となく、力が入らなかった……それだけだ」
「シャバル……」
「綺麗だな、空って……久々に見た気がする……」
シャバルは目を閉じる。
「狼娘、お前……名前は?」
「私は、ミラ。……ミラ・グレイよ……」
答えるミラはの目に、涙が溢れる。
「ミラ……お前強ぇな……リィナみてぇだ」
「さっきから、リィナって、だ……」
「テトラ……」
飛龍が、テトラの言葉を一瞥で制止する。その目を見て、テトラも言葉を飲み込む。
「 私は、そのリィナ程強くないわ……だって……だって、あなたを救えなかったから……」
「救われたよ……俺は、死に場所を探してた……狩りをしなくていい場所に……行くために……」
シャバルは、力の抜けた指先でミラの手をそっと包んだ。
「ミラ……お前に倒されて、やっと……終われる……俺を……狩ってくれて……ありが……」
シャバルの瞳が閉じられた。
ミラはシャバルの亡骸の前で、静かに祈りを捧げた。飛龍とテトラも同じく。
気づいたときには、3人の頬を静かな涙が伝っていた。その涙は、言葉よりも先に心の底を語っていた。
「あいつ、最後笑ってたな……」
「ミラ、お前が止めてやったんだ……あいつの狩りも、あいつの苦しみも……」
「今度は、自分らしく生きられるといいわね……その、リィナって娘と一緒に……」
ミラは涙を拭い、立ち上がる。
「……行きましょう」
「もういいのか、ミラ?」
「大丈夫……大丈夫……」
「そうか……それでは、先へ進もう……」
3人は氷原を歩き出した。
その背後で、雪に埋もれていくシャバルの身体は、まるで眠っているように静かだった。
最速の狩人、豹族の戦士、シャバル・ナイトパルマ。その生涯は、ここに幕を下ろした。
しかし彼の魂は、きっとリィナのもとへ帰ったのだろう。
もう永遠に、苦しまない場所へ……
👇目次・あらすじ
目次・あらすじ
