明るい日ほど、疲れを隠さなくていい
ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣です。
このnoteでは、心と体と思考のズレをやさしくととのえる話を、日々書いています。
昨日は、夏至でした。
一年の中で、
いちばん光が長い日。
明るい時間が長くなり、
季節は少しずつ夏へ向かっていきます。
夏至の記事では、
いちばん光が長い日に、内側の影を責めない、
という話を書きました。
光が長い日にも、影はある。
明るい季節だからといって、
自分まで無理に明るくならなくてもいい。
影がある自分を責めなくてもいい。
そんな話でした。
今日は、その流れで、
もう少し日常の方へ戻して書いてみたいと思います。
明るい日ほど、
疲れを隠さなくていい。
今日は、そんな話です。
明るい日は、元気でいなければいけない気がする
晴れている日。
光が入る日。
外が明るい日。
夏が近づいている日。
そういう日は、
なんとなく元気でいなければいけない気がすることがあります。
せっかく、晴れているのだから。
せっかく、明るいのだから。
せっかく、夏が近いのだから。
もっと、動いた方がいい。
もっと、外に出た方がいい。
もっと、前向きに過ごした方がいい。
そんなふうに、
外側の明るさに、
自分の内側を合わせようとしてしまう。
でも、
外が明るいことと、
自分の体が軽いことは、
同じではありません。
日が長いことと、
心が晴れていることも、
同じではありません。
光が入る日にも、
体が重いことがあります。
明るい日にも、
気持ちが沈むことがあります。
人と会う予定がある日にも、
本当は少し休みたいことがあります。
それは、
おかしなことではありません。
明るい日だからといって、
疲れてはいけないわけではありません。
疲れは、天気に合わせて消えるものではない
天気が良くなると、
疲れも一緒になくなるような気がすることがあります。
でも、
疲れは、
天気に合わせてすぐ消えるものではありません。
梅雨の湿度。
気圧の変化。
移動の疲れ。
人と会う緊張。
考えることの多さ。
続けようとしていたこと。
休もうとして休まらなかった時間。
人に合わせすぎた日々。
そういうものが、
少しずつ体に残っていることがあります。
明るい日になったからといって、
それらが急に消えるわけではありません。
むしろ、
外が明るい分、
自分の中の疲れが目立つこともあります。
周りは動いている。
季節は進んでいる。
光は長くなっている。
でも自分は、
まだ少し重い。
そのズレを感じる時があります。
でも、それは、
怠けているからではありません。
季節に乗れていないからでもありません。
体が、
これまでの疲れをまだ抱えているだけかもしれません。
疲れを隠そうとすると、さらに疲れる
疲れている時、
私たちはつい、それを隠そうとします。
大丈夫そうにする。
元気そうに振る舞う。
いつも通りに動く。
明るく話す。
疲れていないふりをする。
それが必要な場面もあります。
仕事の場。
人と会う場。
誰かを支える場。
役割がある場。
すべての疲れを、
いつも表に出せるわけではありません。
でも、
疲れを隠し続けると、
さらに疲れていきます。
体は疲れているのに、
思考が「大丈夫なふり」を続ける。
心は少し休みたいのに、
表情だけ明るくする。
本当はゆっくりしたいのに、
予定を減らせない。
そうすると、
心と体と思考のズレが大きくなります。
疲れていることよりも、
疲れていないふりをすることに疲れてしまう。
そういうことがある。
だから、
明るい日ほど、
疲れを隠さなくていい。
少なくとも、
自分には隠さなくていい。
「今日は少し疲れている」
そう認めるだけでも、
体は少し安心することができます。
元気に見える人も、疲れていることがある
明るい季節になると、
周りの人が元気そうに見えることがあります。
動いている人。
楽しそうな人。
予定がある人。
発信している人。
仕事を進めている人。
人と会っている人。
外から見ると、
みんなちゃんと進んでいるように見える。
自分だけが疲れているように感じる。
でも、
元気に見える人も、
疲れていることがあります。
笑っていても、
体は重いかもしれない。
予定をこなしていても、
内側では休みたいと思っているかもしれない。
前向きに話していても、
本当は少し不安があるかもしれない。
人は、
見えている部分だけではわかりません。
だから、
誰かの明るさを見て、
自分の疲れを責めなくていい。
あの人はできているのに。
あの人は元気なのに。
自分だけが重い。
そう思わなくていい。
自分には自分の、体があります。
自分には自分の、疲れがあります。
自分には自分の、速度があります。
他人ではなく、自分の感覚に戻ることが、
ととのえるということです。
疲れは、弱さではなく知らせかもしれない
疲れを感じると、
弱さのように見えてしまうことがあります。
体力がない。
気力がない。
メンタルが弱い。
頑張りが足りない。
もっとできるはずなのに。
でも、
疲れは弱さではなく、
お知らせかもしれません。
少し休んでほしい。
予定を詰めすぎている。
人に合わせすぎている。
考えすぎている。
体が追いついていない。
光の方へ向かう前に、
少し影を置いておきたい。
そんなお知らせかもしれません。
疲れは、
自分を止めるためだけにあるのではなく、
自分に戻るためのサインでもあります。
そのサインを無視して、
明るい日だからと無理に動き続けると、
あとで大きな負担がやってきます。
だから、
疲れを感じた時には、
責めるのではなく、聴いてみる。
この疲れは、
何を知らせているのか。
体は、
何を調整したがっているのか。
心は、
どこで無理をしていたのか。
思考は、
何を急がせていたのか。
そこを見るだけでも、
疲れとの関係は少し変わります。
明るい日にできる、小さな休み方
明るい日だからこそ、
できる小さな休み方があります。
カーテンを少し開けて、
光を入れながら休む。
外に出られなくても、
窓の近くで深呼吸する。
予定を全部こなそうとせず、
ひとつ減らす。
歩くなら、
急がずに歩く。
人と会うなら、
帰ったあとに一人の時間を残す。
元気なふりをしすぎず、
「今日は少し疲れている」と自分に言う。
明るい場所にいながら、
無理に明るい自分になろうとしない。
それでいい。
休むことは、
暗い場所に閉じこもることだけではありません。
光の中で、
少し力を抜くことも休むことです。
明るい日にも、
静かに休んでいい。
光のある場所で、
疲れを隠さずにいていい。
その感覚を持てると、
夏の入り口は少しやさしくなります。
明るさを、元気の義務にしない
明るさは、
ありがたいものです。
朝の光。
窓から入る光。
雨上がりの光。
夕方まで残る光。
そういう光に、
救われる日があります。
でも、
その明るさを、
元気の義務にしてしまうと苦しくなります。
明るいから、元気でいなきゃ。
夏だから、楽しまなきゃ。
光が長いから、動かなきゃ。
周りが明るいから、暗い自分ではいけない。
そうなると、
光は自分を照らすものではなく、
自分を急がせるものになります。
光は、
疲れを隠すためにあるのではありません。
疲れている自分も、
そのまま見えるようにしてくれるもの。
今の状態に気づかせてくれるもの。
休む場所を見つけやすくしてくれるもの。
そんなふうに受け取ってもいい。
明るさを、
元気の義務にしない。
明るい日にも、
疲れている自分を責めない。
これは、
夏に向かう時期に大切なととのえ方です。
今日の小さな問い
最後に、
今日の小さな問いを置いておきます。
今日、疲れを隠そうとしていませんか。
明るい日だから、
元気でいなければいけないと思っていませんか。
本当は少し休みたいのに、
予定を詰めようとしていませんか。
誰かの明るさと、
自分の重さを比べていませんか。
今の疲れは、
何を知らせてくれているのでしょうか。
今日、疲れを隠さずに済む場所はありますか。
明るい日にも、
少し力を抜くとしたら、
何をひとつ減らせそうですか。
全部に答えなくていいです。
ひとつだけでもいいです。
明るい日ほど、
自分の疲れをなかったことにしないでください。
明るい日ほど、疲れを隠さなくていい
明るい日ほど、
疲れを隠さなくていい。
晴れていても、
光が入っていても、
夏が近づいていても、
体が重い日があります。
心が追いつかない日があります。
思考だけが先に進んで、
体と心が置いていかれる日があります。
それを、
なかったことにしなくていい。
明るい日だからこそ、
疲れが見えることもあります。
光があるからこそ、
影に気づくこともあります。
その影を責めずに、
その疲れを隠さずに、
今の自分に戻っていく。
元気になりきれないまま、
少し光に触れてもいい。
疲れているまま、
少し休んでもいい。
明るい日にも、
自分の速度で過ごしていい。
今日の光が、
疲れを隠すためのものではなく、
疲れている自分にもやさしく届くものでありますように。
ととのえ職人
五木田穣
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