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レコード・コレクターズのジャズ/フュージョン・ギター名演に、物申す。 「あの名演を忘れるな!!」という喝シリーズです。

音楽雑誌「レコードコレクターズ2025年7月号」での特集「ジャズ/フュージョン・ギターの名演 洋楽編」に、「なぜあの名演が入ってないの?」「あの名演を忘れちゃダメでしょ」という強い想いから、今回は、ジャズ/フュージョン史において、絶対に入れるべき名演、絶対に聴くべき名演を、アップしていきたいと思います。


その前に…


今回、記事を読み進んでいく中で、少し気になった点があったので、先にそのことを書きたいと思います。

78ページの「ジャズ史のなかでギターが辿った道すじ」というタイトルの文章を書かれてる方がいたのですが、その中で、いくつか間違いというか、明らかに誤りがあったので、少し記事を引用させていただき、間違いを指摘したいと思います。

一つ目はこちら

「アメリカ合衆国南部に発生した大衆音楽のうち、ギターやバンジョー、フィドルといった弦楽器が、そのジャンルでの中心的な楽器になっていないジャンルはジャズだけ」

レコードコレクターズ 2025年7月号から引用

という文章があったのですが、これ、つまり「その当時から現在に至るまで、ギターがジャズの中心になったことがない」という意味ですよね?それならこの記事は間違いですね。この記事に異議を唱えたい!!

これジャズをある程度 知ってる人なら、ほとんどの人が理解してるし把握してるし、もはや常識的なことだとは思いますが、ジャズ史において一番盛り上がった時代、一番勢いがあった時期は、まぎれもなく70~80年代です。

日本でもジャズのアルバムが100万枚売れた時代です。

世界各地でジャズが売れまくった時代。

そう、この時期が、まさに「ジャズ黄金時代」であり、

すなわち「ギターがジャズの主役になった時代」です。


以前「ジャズ黄金時代」でも書きましたが、再度おさらいします。

かいつまんで書くと、

60年代後半マイルスがジミヘンに対して「俺がやりたかった音楽はこれだ」と言わせたのは有名ですが、それを軽々とやってのけたのが、ジャズギタリストたち、ラリーコリエルであり、ジョンマクラフリンでした。そのマクラフリン率いるマハビシュヌオーケストラが1971年に鮮烈デビューで世界のギター小僧を驚かせた。ジェフベックもその一人で、マハビシュから強い影響を受けたジェフベックは、「Blow by Blow」と「Wired」という2枚の金字塔を制作し、ギターインストとしては異例の大ヒットを記録する。これに続けとばかりに(Wiredと同年の)1976年にはジャズギタリストたち、パットメセニー、リーリトナー、アルディメオラ、アランホールズワース、アールクルー、ロベンフォード等、そうそうたる面子が一斉にソロデビューを果たした(日本のCharや高中正義も同年ソロデビュー)。ジャズ史上最も売れたジョージベンソンの「Breezin'」も同年発表。まさに、これがギターがジャズの主役になった時代、これがクロスオーバー全盛期で、後のフュージョンである。

ジャズ黄金時代」を参照

このようにジャズギタリストのアルバムが飛ぶ鳥を落とす勢いで売れた時代なのです。ジャズギタリストがグラミー賞を総ナメにした時代ですよ。

なぜ、これほど売れまくったのか?

答えは簡単です。過去最大にファン層の幅が広がったからです。

子供から若い女性、ロックファンもジャズギターを聴くようになったのです。

小学生や中学生のギター小僧が、ジャズを聴いてるんですよ。今じゃ考えられないですよね?信じられますか?いや、これが本当の話なんですよ。

OL女性がフュージョンバンドのコンサート会場を埋め尽くしたんです。今じゃ考えられませんよね?

ある意味、「お茶の間にジャズが進出した時代」と言っても決して大袈裟ではありません。これほどジャズが盛り上がった時代は、後にも先にもこの時代だけです。

じゃあ、なぜレココレさんは、このような誤った記事を書いたのでしょう?実はその答えも知ってます。答えは次の記事にそのヒントが隠されてます。


そして、もう一つ誤った記事が、こちら。

「60年代初めに、同時期のジョンコルトレーンやオーネットコールマンなどに匹敵する新しいサウンドのギタリストは存在しなかった」

レコードコレクターズ 2025年7月号から引用

という文章がありますが、これも間違いです。誤りですね。

実は、1961年9月22日ジョンコルトレーンは自身のグループに、ウェスモンゴメリーを誘い、モンタレージャズフェスティヴァルで世紀の共演を果たしてます。しかも2人とも同年のダウンビート誌人気投票1位を獲得してる絶頂期。音楽写真家のジムマーシャルが撮影した2人が並んで演奏する写真も残されている。しかし、これだけの大物2人による夢の共演にも関わらず、未だ音源は公に発表されていない。この時期2人とも録音には積極的だった、にもかかわらず、だ。

不思議ですよね?

理由の一つとして言われてることは、ウェスがコルトレーンを完全に食ってしまったから、という逸話がある。実はその幻の音源テープはコルトレーンの妻アリスが所持していると後に公言していた。

確かにウェスがレパートリーにしていた、コルトレーンの名曲「Impressions」や「My Favorite Things」など、コルトレーン本人の演奏と聴き比べてみると、やはりウェスの演奏の方が圧倒的なインパクトを感じる。ましてや初見の人なら間違いなく、ウェスに注目が集まるだろう。プライドの高いコルトレーンは、かつて同グループのエリックドルフィーの演奏が目立ちすぎる余り、正規盤ではドルフィーが目立たないテイクを使用した、という話は有名だ。そのコルトレーンなら、ウェスとの共演テープをお蔵入りにしても何ら不思議ではない。


この話は、ある程度のジャズに詳しい人にとっては、そこそこ有名な話なんです。きっと今回のレココレさんの記事を書いた人も恐らくは知ってたのではないだろうか。

じゃあ、なぜ、このような記事を書いたのか?

それは日本特有のジャズ史の片寄った偏見に原因があります。

  • ジャズの王様は管楽器やピアノである。

  • マイルスやコルトレーンは神である。

という偏見です(笑)

つい笑っちゃいますけど、でも、これマジなんです。

昔からジャズにはそういう変な風潮があるのです。(今でも?)

「フュージョンはジャズとは認めない」とか
「16や8ビートはジャズと認めない」とか
「エレキやエレベは認めない」とか
「編集した音楽はジャズと認めない」とか
「女性や子供が喜ぶようなジャズを低く見る」とか
「テクニシャンはかえって正統に評価されない」とか…

これってよくある「ジャズあるある偏見」ですよね。

当時のパットメセニーもアランホールズワースも、ジャズギタリストとして認められてなかったのです。フュージョン系ギタリストもジャズ枠としてカウントされなかった時代もありました。(アメリカではフュージョンも全部ひっくるめてコンテンポラリージャズと呼ぶそうですが…)
堅物のジャズ評論家たちは、どうしても、「ギターがジャズの主役」なんて受け入れたくないわけです。だから、街のレコード屋さんでは、ジャズのコーナーの脇にフュージョンのコーナーを作った。いつからかジャズとフュージョンを区別して語るようになった。

堅物の評論家や保守的ジャズファンは、「フュージョンは70~80年代のメインストリームのジャズである」という事実を、認めようとしないのです。

でもこれが全ての間違いだった。これがジャズ低迷の道を加速させた一つの原因だったのはないでしょうか。

信者たちは、コルトレーンやマイルスが、ギタリストたちに主役の座を奪われるなんて、信じたくないわけです。


※ここで、ちょっと脇道にそれます。

60年代後半マイルスデイビスが自身のグループで、ジョンマクラフリンに「ジミヘンのように弾け」と指示したのは有名な話です。そのくらいマイルスはジミヘンの虜になっていた。そのジミヘンは、当時ラリーコリエルやジョンマクラフリンとセッションをしている。その2人の音楽への変化が、ジミヘンとのセッション後と前では、2人のギタースタイルにも大きな変化が見られるのと同時に、この辺りからジャズの世界にも変化が起きはじめた。=つまりマイルスの変化でもある。
そこで▼ちょっとした時系列で追ってみた。
●コリエル参加「Gary Burton/Duster」1967年4月録音←(まだロックっぽくない)
●ラリーコリエルとジミヘンのセッション 1968年6月22日
●ラリーコリエル1stソロ「Lady Coryell」1969年発表←(かなりロックっぽい)
●ジョンマクラフリン1stソロ「Extrapolation」1969年1月18日録音←(まだロックっぽくない)
●マクラフリン参加のマイルス「In A Silent Way」1969年2月18日録音←(まだロックっぽくない)
●ジョンマクラフリンとジミヘンのセッション 1969年3月25日
●マクラフリン参加のトニーウィリアムス「Emergency!」1969年5月26,28日録音←(かなりロックっぽい)
●マクラフリン参加のマイルス「Bitches Brew」1969年8月19日~21日録音
特にマイルスの「In A Silent Way」と「Bitches Brew」では、とても同じ年の録音とは思えないほどサウンド的にガラッと変化している。いつの時代もマイルスがジャズの歴史を更新してきたと言われることもあるが、実はそうではなく、「ジミヘンやジャズギタリストたち」がマイルスを導いていたのだ。

話に戻ります。


1975年、マイルスデイビスは体調不良やスランプを理由に、活動を休止する。ちょうど、この時期と「黄金時代」が重なるのです。1975年「Blow by Blow」の大ヒットに続けとばかりに、ジャズギターアルバムが飛ぶように売れまくった時代と重なるのです。それまで常にジャズを独占してきたマイルス、常に一番であり続けたマイルス、いつの時代もジャズをコントロールしてきた王様マイルスが、ついに自分の手に負えなくなった、収拾がつかなくなった。

ついにマイルスが絶不調に陥る。

この時期と入れ替わるようにして、ギターがジャズの主役になったのです。

「ジャズの主役になったギター」と「マイルスの活動休止」は、決して無関係ではないのです。

この状況を、それまでのマイルス信者は絶対に受け入れたくない。

しかし、1981年にカムバックを果たしたマイルスは、奇しくもギタリストのマイクスターンやジョンスコフィールドを起用したのは、偶然ではないはず…




はい、大変長らくお待たせいたしました!


…と言いたいところですが、あまりにも前置きが長くなりすぎたため(汗)、大変恐縮ではありますが、本題は次回に持ち越しです。🙇🏻
「絶対に入れるべき名演」、「絶対に聴くべき名演」は、次回にアップして参ります。申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください。

乞うご期待!



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