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50代の挑戦|「先生」につく事の重要性|生まれて初めてピアノを始める|新しい事を始める場合に「先生」につく事のメリット



1. はじめに:独学ではなく「教室」の門を叩いた理由


こんにちは、はぎおです。

50代中盤に差し掛かった地方在住のサラリーマンです。

人生再起動を目的として色々な挑戦を始めています。
挑戦へのマインドセットはこちらです。↓↓↓


前回の記事では、55歳にして全くの未経験からピアノを始めたこと、そして「JAZZセッションに参加する」という目標についてお話ししました。


今の時代、何か新しいことを始めようと思えば、スマートフォンの画面一つで何でも学べます。

YouTubeを開けば、プロのピアニストによる「初心者向け講座」が無料で溢れています。わざわざ月謝を払い、決まった時間に教室へ通う必要なんてない……そう考えるのが普通かもしれません。

しかし、私が最終的に選んだのは、YouTubeの再生ボタンを押すことではなく、

「先生につく」=「ピアノ教室の門を叩くこと」

ことでした。



「いつでもできる」は「いつまでもやらない」


実は、私がピアノに憧れを抱いてから実際に教室へ通い出すまでには、2年もの空白期間があります。

その間、何をしていたかといえば、たまにYouTubeでピアノ動画を見ては「いつか自分も……」と想像するだけの日々でした。

また、やっても「出来るはずないよな。50代にもなって」という、年齢を理由にした言い訳でした。

しかし「50代」は、20代のそれとは重みが違います。

さらには残り人生を考えたときに、折り返し地点に立っており、何しろ

「今日という日が人生で一番若い日」

つまり待つ時間は残されていないと気づいたのです。



50代の武器は「時間」を「投資」に変える力


20代の頃の自分なら、お金を節約するために独学で何年も試行錯誤したかもしれません。

しかし、50代の今の僕にとって、最も貴重なリソースはお金ではなく「時間」です。

  • 独学: 正解がわからず、迷いながら遠回りする時間

  • 習う: プロに軌道修正してもらいながら、最短距離で進む時間

この二つの差を考えたとき、月謝を払って「先生」につくことは、単なる出費ではなく、「上達までの時間を買う」という生存戦略であると確信しました。



覚悟を決めるための「環境」づくり


また、あえて教室に通うことで「自分はピアノを習っている人間だ」という環境を強制的に作りました

「独学で挫折する自分」を何度も経験してきたからこそ、先生という伴走者をつけ、逃げ場をなくす。

これこそが、新しい挑戦を三日坊主で終わらせないための、大人なりの知恵だと考えています。



2. 「先生」という地図を持つ重要性


ピアノという広大な海に漕ぎ出したばかりの僕にとって、最も恐ろしいのは「努力が空回りすること」=時間の浪費 でした。

50代からの挑戦において、僕たちは情熱と同じくらい「効率」を重視しなければなりません。

ここで重要になるのが、プロという「地図」の存在です。



自己流という「終わりのない迷路」を回避する


独学の最大の落とし穴は、自分が間違った方向に進んでいても誰も指摘してくれないことです。

例えば、僕がひとさし指を硬直させて鍵盤を叩いていたとしても、一人で練習していればそれが「変な癖」だとは気づかなかったでしょう。

一度ついてしまった悪い癖を後から直すのは、新しいことを覚えるよりも何倍もの時間がかかります。

僕には、間違った努力で何ヶ月も浪費する余裕はありません。

先生という正確な地図があれば、最短距離で目標であるJAZZセッションへと向かうことができるのです。



「何がわからないか」を言語化してくれるプロの視点


初心者のうちは、自分がなぜ躓(つまず)いているのか、その理由すら言語化できません。

「なんとなく弾きにくい」「指が回らない」という漠然とした不安に対し、先生は瞬時に「それは〇〇が原因ですよ」と、具体的な解を提示してくれます。

この「客観的なフィードバック」こそが、大人の学びには不可欠です。

暗闇の中で手探りをするような独学の不安を、先生の視点が一点の曇りもない「進むべき道」へと変えてくれる。

これこそが、僕が対面レッスンに求めていた価値でした。



50代の「限られた時間」を最大化する戦略


人生の後半戦において、僕たちの残された時間は無限ではありません。

若い頃のように「がむしゃらにやっていれば、いつか報われる」という考え方は、時としてリスクになります。

先生につくということは、プロが何十年もかけて培ってきた知見を、エッセンスとして分けてもらう行為です。

自分一人で試行錯誤する数年間を、プロの指導によって数ヶ月に凝縮する。

この「時間のショートカット」こそが、50代が新しい趣味を最速かつハイクオリティ、で楽しむための、最も賢明な投資だと僕は確信しています。



3. 先生について実感した「5つの具体的メリット」


ピアノ教室に通い始めてまだ2か月ですが、独学では決して得られなかったであろう「確かな変化」を日々感じています。

50代という人生の折り返し地点を過ぎた僕が、あえて「教えを請う」ことで得られた具体的なメリットは、大きく分けて以下の5つです。

① 50代特有の「体の硬さ・癖」を客観的に矯正できる


一番の衝撃は、自分の体が思い通りに動かないことでした。

特に人差し指がピンと硬直し、鍵盤を突っつくような不自然な動きになっていたのですが、自分一人ではそれが「異常」だとは気づかなかったでしょう。

先生は僕の指先を見た瞬間に「力が入りすぎていますよ」と笑いながら、脱力のコツを教えてくれました。

こうした「加齢による体の硬さ」や「無意識の癖」は、プロの目によるリアルタイムの指摘があって初めて修正できるものです。


② 社会的立場を脱ぎ捨て、純粋な「生徒」に戻れるリフレッシュ効果


仕事や家庭において、50代は「教える側」や「責任を負う側」であることがほとんどです。

常に気を張り、正解を求められる日常から離れ、真っさらな状態で「はい、わかりました」と教えを請う。

この体験は、想像以上に精神的なリフレッシュになります。プライドを脇に置いて、できない自分を素直にさらけ出せる場所があることは、乾いた砂に水が染み込むような新鮮な感動を僕に与えてくれました。


③ 「正しい基礎」がジャズセッションという高い壁を壊す


僕の最終目標は、あくまで「JAZZセッション」です。
(60歳で達成しようと、真剣に考えてます。)

これは初心者にはかなり無謀な目標ですが、先生はそのゴールを知った上で、そこへ繋がるための「最短ルートの基礎」を組み立ててくれます。

「なぜ今、この地味な練習が必要なのか」という理由を、目標から逆算して説明してもらえるため、退屈になりがちな基礎練習にも納得感を持って取り組めるようになりました。

毎日最低でも30分、ピアノに向き合っています。


④ モチベーションに左右されない「継続の仕組み」が手に入る


独学なら「今日は疲れたから明日でいいか」と自分を甘やかしてしまいがちですが、レッスンという「約束」があることで、日々の練習に心地よい強制力が生まれます。

「次のレッスンまでにこの1枚を仕上げよう」という具体的な期限が、三日坊主を防ぐ最強のストッパーになります。

やる気に頼らず、物理的に「続けざるを得ない環境」に自分を置くことは、大人の習い事において最も効率的な戦略だと言えるでしょう。


⑤ 孤独な練習に「承認」と「笑い」という彩りが加わる


家で一人、たどたどしく鍵盤を叩いているだけでは、孤独に押しつぶされてしまうかもしれません。

しかし教室へ行けば、少しの進歩でも一緒に喜んでくれる先生がいます。

「左手がまるで他人の手みたいなんです」という僕の愚痴を笑い飛ばし、小さな上達を「承認」してもらえる。

この温かなコミュニケーションがあるからこそ、不器用な自分を楽しみながら、次の一歩を踏み出す勇気が湧いてくるのです。


4. おわりに:50代の自己投資は「時間を買う」こと


ピアノを始めて1か月。不器用な指先と格闘しながら僕が確信しているのは、この挑戦において「先生」という存在を選んだことは、最高の「投資」だったということです。

独学の数年を、プロの指導で数ヶ月に凝縮する


50代という世代にとって、最も価値がある資産はお金ではありません。それは、自由に行動し、新しいことを吸収できる「時間」そのものです。

もし僕が独学の道を選んでいたら、今ごろはまだ「どの教本がいいのか」をネットで検索し、自己流の癖に悩み、数ヶ月後には挫折していたかもしれません。

しかし、プロの指導を仰ぐことで、その試行錯誤の数年間をわずか数ヶ月に凝縮することができます。

「月謝を払う」という行為は、単にピアノの技術を教わる対価ではなく、

ゴールへ向かうための「時間を買っている」

のだと僕は考えています。

効率的に、そして確実に、このスピード感こそが、人生の後半戦を楽しむための賢明な戦略なのです。


「イケオジ」への道は、良き師との出会いから始まる


僕が目指しているのは、ただピアノが弾けるようになることだけではありません。

数年後、親しい仲間たちJAZZセッションを楽しむ、そんな「カッコいい60代(イケオジ)」になることです。

その理想の姿へ辿り着くためには、自分の限界やプライドを一度脇に置き、信頼できる師から謙虚に学ぶ姿勢が欠かせません。

良き師との出会いは、新しい世界の解像度を一気に高めてくれます。

「もう55歳だから」と諦めるのではなく、「まだ55歳だから」と新しい門を叩く事、その一歩が、数年後の自分を大きく変えると信じています。

やらない事、できない事を年齢のせいにはしたくありません。

JAZZセッションへの道のりは、まだ始まったばかりですし、まだまだこれからです。

指はまだ思うように動きませんが、導いてくれる先生がいる。その安心感を武器に、僕はこれからもこの不自由で自由なピアノという旅を楽しんでいこうと思います。

また定期的に、この挑戦の続きを報告させていただきますね。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。




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