医学部医学科合格につながった我が家の中学受験 絶望的な小6夏休みの入塾「今からでは難しいですね」
子どもの中学受験は、小学校低学年や3年生の冬から塾に通い、多額の費用を投じて準備を進めるのが一般的とされています。
気がつくと中学受験までに1000万円を投じてしまうご家庭も多いのではないでしょうか。実際に知り合いにもいます。
世間の「先取り教育」の波に焦りを感じている保護者の方も多いでしょう。
私は育児ノイローゼで「先取り教育」をする余裕さえありませんでした。
私が子どもに教えたのは「時計の読み方」だけでした。
オムツさえ保育園でとってもらいました。
「あいうえお」を言えない大人はいない。
オムツをしている大人はいない。
当時の私はそう思っていました。
我が家では、子ども自身が「中学受験をする」と決めたのは、小学5年生の夏という非常に遅いタイミングでした。
そこから始まった受験生活は、一般的なスタイルとは大きく異なるものでした。
結果として、我が家は小学6年生の夏までの1年間を「完全塾なし」で乗り切り、最終的な塾代を30万円台に抑えて合格を勝ち取ることができました。
この一見すると無謀とも言える挑戦を支えたのは、父親である夫太楼の覚悟の指導でした。
遅いスタートから合格を掴み取るまでの我が家の歩みと親が果たすべき役割についてお話します。
子どもの決断と私が「勉強を見るのをやめた」こと
小学5年生の夏、子どもが自らの意志で「中学受験をしたい」と言い出した時、私は子どもの勉強を見るのをやめました。
もし、あのまま私が我が子の勉強を見続けていたとしたら、きっと毎日のように
「もっと勉強しなさい」
「もっとノートを綺麗に書きなさい」
と口うるさく言っていたに違いありません。
親子の関係が険悪になり、子どものやる気を削いでしまう未来が容易に想像できます。
私は子どもの勉強から完全に身を引き、進路に関する一切の口出しをやめることにしました。
その為、私立中学校で教育熱心な他のお母さんが話す子どもの宿題の話題には全くついて行くことが出来ず、黙って聞いていたほどです。
それからの私は、夫と子どもが話し合って決めたことには口を挟まず、ただ従う立場に徹しました。
学校で行われる三者面談には、私が行きますが、家庭での決定事項を確認して、基本的にはただ先生の話を聞いているだけの人になりました。
本当は、夫太楼が行ったほうがいいと何度も思いました。
後に子どもが高校1年生の時に「私大専願にする」と決めた時も、学費や受験費用がかさむことについて不満や口出しは一切しませんでした。
自称進学校とはいえ、国公立大学を目指せる学校にいるのに何故、国公立大学を目指さないのだろう。私はそう思っていました。
けれど、我が子は意志が固いので言っても仕方ない。
「子どもの心境や状況は、いつか変わるかもしれない」とただ黙っていました。
「いつか変わる」「いつか変わる」と…
その結果、子どもが「医学部志望」「国公立大学」を目指すことになった時はホッとしたものの、まさか国公立大学でもこんなにお金がかかるとは思っても見ませんでした。「授業料が安くすむ」と喜んだのは合格した時だけでした。
大学生の教育費は本当にかかります。中学受験までの費用が安く済んだことは本当にありがたかった。そう想います。
学校の三者面談では、よくこのようなやり取りが繰り返されました。
私:「夫が教育パパなんです」
子ども:「そう、うちはお父さんが教育パパです」
先生:「てっきり、お母様が教育熱心なご家庭なのだと思っていました」
周囲からは母親が主導しているように見られがちですが、我が家の受験の舵を握っていたのは、間違いなく夫です。
絶望からのスタート。父親による壮絶なマンツーマン指導
子どもが受験をすると決めたその日から、夫太楼の孤軍奮闘の日々が始まりました。
それまで中学受験の準備をしていなかった我が家にとって、5年生の夏からのスタートは、まさに絶望感に近いものがありました。
すぐに塾に入れることも頭をよぎりましたが、夫は冷静に状況を分析しました。すでに何年も前から通塾している既塾生との間には、埋めがたいレベルの差が存在します。今のまま飛び込んでも、授業についていけず、消化不良を起こして挫折する可能性が極めて高いと判断したのです。
「将来的に塾へ行くにしても、まずは早急に中学受験に対応できる基礎固めをすること。そして、長時間の勉強に耐えられる体力をつけることが先決だ」
そう確信した夫は、私立中学受験の傾向や出題内容をネットで猛烈に調べる日々を送り、自ら過去問を解いて分析を重ねました。
そして始まったのが、夫太楼のマンツーマンでの個別指導です。
特に毎週土曜日と日曜日は、自宅に用意したホワイトボードを使い、塾のように授業形式の指導を行いました。
その時間は、土日それぞれ6時間以上。夫は一切の手を抜かず、子どももその熱量に必死についていきました。子どもも泣きながら夫太桜との勉強についていきました。
この父子の濃密な1年間があったからこそ、子どもには中学受験に必要な強固な土台となり、何時間でも机に向かい続けるタフさが養われました。
その後も我が子の仕(まなぶ)は、私立中学校3年間と高校1年生まで完全塾無しで過ごし、高校2年生から3年生の夏までは、自習室のみの利用で、高校3年生の夏以降の国公立大学医学部医学科受験に向けての通塾も子どもが必要だと言った科目のみの通塾で済んだのは、小学生の時の夫太桜の指導があったからだと思います。
太桜のnoteでは、【「塾なし中学受験」を成し遂げる親のバックグラウンドと合格する家庭】について書いています。無料部分だけでも読んでみてください。
小学6の8月 ~ 塾から「絶望的」と言われた遅すぎる入塾
夫との二人三脚で基礎を叩き込んだ後、いよいよ実践力を磨くため、小学6年生の8月に隣の市にある中学受験専門塾へ入塾しました。
夏期講習の途中、あるいは秋の手前というこの時期からの入塾は、塾の常識からすれば「絶望的」とも言える遅さです。
入塾の手続きの際にも、塾側からははっきりと「今からの時期では、合格は難しいですね」と告げられました。
しかし、そこからの子どもの伸びは周囲の予想を裏切るものでした。
夫との猛特訓によって「基礎の定着」と「長時間勉強する耐性」がすでに出来上がっていたため、塾のハイレベルな演習にも即座に適応することができたのです。
模試を受け、課題を見つけ、それを克服して合格を勝ち取るまでの通塾期間は、わずか4か月。一般的な中学受験では数百万円規模になることも珍しくない塾代ですが、我が家が最終的に支払った金額は、30万円台におさまりました。
塾なしの期間がもたらした価値
見渡せば、幼児期や小学校低学年の頃から莫大な費用をかけて先取り教育をさせるご家庭が数多くあります。
そんな中、我が家がこれほど遅いスタートでありながら、最小限の費用で合格を掴み取ることができた背景には、間違いなく夫太楼の献身的な指導がありました。
夫太楼の指導がなければ、我が子の「仕(まなぶ)」を合格へと導くことは絶対に不可能だったと断言できます。
また、国公立大学医学部医学科への合格までに4000時間以上の勉強時間は、この中学受験なくしては身につかないものです。
この受験生活を通じて、夫は単に勉強を教えるだけの存在ではなく、仕にとって「人生の良き相談相手」というかけがえのない関係性を築き上げました。親が覚悟を決めて我が子と向き合い、適切な距離感で見守ることの重要性を、私は身をもって知ることができました。
受験の形は家庭の数だけあります。周囲の意見や一般的なスケジュールに惑わされず、我が家の軸を信じて突き進むことが、何よりも大切なのだと感じています。
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