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一緒にお茶を飲んでみたい〈6〉

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 朝起きたら冬晴れだったが、あいにく、風が強かった。
「日差しはあるけど、今日は寒そうねぇ」
 時折、外からひゅうと、風切り音が聞こえてくる。
「カイロいるかな?」
 しのぶが言うと、
「一応、貼っておこうか」
 あやめは買い置きしてあるカイロを、引き出しから取り出した。
 腰に貼るのがいいのか、おなかに貼るのがいいのか、それとも背中に貼るのがいいのか。そんなことを親子で言い合いながら、結局二人とも腰に貼ることにした。

 マンションのエントランスを通って外に出ると、しのぶのショートヘアーが揉みくちゃになった。体ごと、風にあおられそうだ。
「イタッ!」
 しのぶの目に砂埃が入る。立ち止まってまぶたしばたかせていると、駆け寄ってくる男の影が差し込んでくるのを感じた。

「あれ? ヒロ君、どうしたの?」
 あやめの声に驚き、しのぶが涙交じりの目を向ける。
 正面には、思い詰めた表情の紘人が立っていた。
「あやめさん、ぶーを借りるね」
「へ?」
 紘人はしのぶの手首を掴むと唐突に走り出した。振りほどく余裕もなく、しのぶは引きずられるようにして走る。

「えぇー! ちょっと待って、ヒロ君!」
 後方であやめの大きな声が聞こえる。紘人の速度についていけず、しのぶの足ももつれそうになる。
「お母さんごめーん。お父さんに謝っといてぇー!」
 しのぶが言うと、
「ふたりで変なことしないでよぉー」
 呑気な声が返ってきた。

 変なことってなんだよっ、と思いながらしのぶは走った。
 大通りに出て信号を渡ったところで、紘人はようやく足を止める。風に煽られながら走ったせいで、頭がつーんとした。

「いだい、でぐびが、いだいっ!」
 喉がカラカラで、《痛い》が言えない。それでも意味は通じたのだろう。紘人は掴んでいた手首を離した。
「まったく、何してんのよっ!」
 中腰で膝に両手を置き、乱れた呼吸を整える。

「今日は綿引さんと朋絵ちゃんと三人で《旅行》に行く予定だったんでしょう?」
「ふざけんなっ! あいつとなんて、行くわけねぇだろ!」
 紘人は目を剥いた。
「オレ、朝、あいつが来るまで、いつもの《旅行》だと思ってたんだぞ。あの野郎、昨日、話すつもりだったとか、適当な言い訳しやがって! むかついたから一発殴ってきた」
「またぁ?」
 しのぶの声も大きくなる。綿引本人は、何度殴られても平気だと言っていたが、二日連続ではさすがに顔の形が心配だ。

「暴力とか最低!」
「嘘つくんだって最低だろうがっ」
「嘘っていうか、ヒロが聞く耳持たなかったからでしょう?」
「なんだよっ! オレが悪いのかよ」
「悪くないよ。ヒロは悪くない! あたしはヒロを悪者になんかしないよ」
 紘人はしのぶの言葉に気圧けおされるように黙り込む。
「でもね、それでも、手を出したら駄目だよ。打ち所が悪かったら、死ぬかもしれないんだから」
 死ぬ、という言葉に、紘人の肩がピクリと動いた。今日という日はどうしても、《死》という言葉に敏感になる。

「なぁ、ぶー」
 紘人が疲れたような声を出す。
 信号が変わって、人が行き交い始めた。
「ぶー、って呼ぶなっ」  
 しのぶが、いつもの調子で返した次の瞬間、
  オレと一緒に死んでくれよ」
「はぁ?」
 突然、心中を持ちかけられた。

 おそらく紘人は止めてくれると思って、そんなことを言っているのだ。馬鹿なこと言わないで、とか、そんなことをしたら、死んだお父さんたちが悲しむよ、とか、そんな安易な台詞で自分の傷を舐めてくれると思っている。
   甘えるなよ。
 しのぶは思う。そうはさせるか、とも思った。
「いいよ。死のう」
 紘人は目を丸くする。

「学校に忍び込んで、屋上から飛び降りてもいいし、薬買って、飲んでもいいね。まぁ、死ねる薬が店で買えるかどうかは知らないけどさ。でも、電車に飛び込むのは止めようね。遺体がバラバラになるし、迷惑になる。まぁ、できるだけ迷惑にならないようにするには、樹海かな」

 頭で考えずとも、すらすら言葉が口からこぼれる。自分から言い出したくせに、紘人はそんなしのぶを、少し仰け反るような格好で眺めていた。

「ねぇ、どれがいい?」
 唐突に問われ、紘人の目は泳いだ。うろたえながらも、紘人は《樹海》を選ぶ。しのぶはスマホを取り出し、最寄り駅からの乗り継ぎを検索した。
「じゃあ、行こう」
 信号が変わったので歩き出す。今度は紘人が、しのぶを追いかける形になった。

「どこ行くんだよ」
「駅だよ。電車を乗り継いで、樹海に行く」
 ずんずん歩くしのぶの横で、紘人の背中がうなだれはじめた。そんなつもりなどないのに、とでも言いたげな横顔が腹立たしい。

 これ以上、甘ったれで弱い紘人を見たくなかった。
 しのぶはこれまで感じたことのない幻滅にうろたえ、その感情に抗おうとした。暴走する紘人と距離を置こうと決めたとき、しのぶが《いったん》という言葉に頼ったのは、紘人なら、きっと乗り越えてくれると思ったからだ。今は葛藤の渦に沈んでいても、また浮上してくれる  、そう信じたかった。

 それなのに紘人は、《一緒に死んでくれ》と言う。浮上どころかぐるぐる落下し、心にもないことを言ってくる。
 死ぬ気なんてないくせに  
 しのぶは奥歯を噛み締めながら、歩く速度を更に上げた。

第7話につづく

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