「叱る」?「褒める」?どっちでもないのかもと気付いた瞬間
今までずっとうっすら感じていた疑問や違和感が、すっと晴れた瞬間がありました。
子どもがみていたのは、
表面的な言葉よりも、『関心の度合い』だったんだと。
🌼子どもに深く伝わる関心
これから言うことは、あくまでも
【子どもがまなざしをどう受け取るか】ということであって、
【愛情の深さや量】の話ではないことを先にお伝えしておきます。
叱る、注意する、褒める、認める、色々と関わり方がありますが、私はこの中で「認める」を1番多用するようにしています。
「折り紙落ちちゃったの拾ってくれたんだね、ありがとう」
「靴揃えようとしたんだね」など、行動をそのまま文章にしたような言葉掛け。

叱る、注意する、否定的な言葉は、その子に興味関心があまりなくてもできる。
褒める、のは少しは関心がないと結果ばかりに目がいき、きっと具体的には言えない。
認めるのは日々を知って、今の姿をよくみているからできること
「今タオル、かごにいれてくれたね、ありがとう」って言えるのは、いつもみていて、関心を持って注目しているから。
だからその人がいつも忘れがちだけど今日は気をつけたことに気がついて、感謝している。
🌼子どもが見ている大人
幼児は生まれてからずっと、非言語の世界で、表情や状況、声色などで大人の気持ちや意図を汲み取ってきている。
少し言葉が話せるようになっても非言語の伝達度は高い。
だから、言葉に直接表れない関心の度合いにもしっかり気づく。
子どもが求めている『関心度』『注目度』は
否定的な言葉 < 褒め言葉 < 認める言葉
と感じているのだと。
「絵本を読んでください」と言われたら、大人は多分ほぼ字を追って絵をちらっとみて読むでしょう。
子どもはほぼ絵を見る、字が読めるようになってくると字もみる。でも絵を流さない。
コミュニケーションもそれと同じで、子どもは言葉だけでなく、大人の微妙な関心をよくみているんです。
だから認められると心から嬉しい。
褒められても嬉しい。
けど、どちらもない、見てくれない、
話しかけられない、
そんな関心がゼロだと感じるよりは、
関心が1でも、否定の言葉でもいいからかけてほしくて、わざと何かすることがある。よくある。
それで否定の言葉をかけられると、「やっぱりこれなら確実に注目してくれるんだ」と、繰り返すようになり悪循環が生まれる。そんなリスクがある。
関心の度合い+リスクのある言葉か、
関心の度合い+メリットのある言葉か
どちらがいいでしょうか?
過程を褒めろともよく聞くけれど、それよりもさらに、
🌼豊かな心に寄り添う言葉
🟠「その子の〝心持ち″を見ていたことを言葉にする」
🟠「できて嬉しい本人の気持ちを共有する」
🟠「注目していたということを、事実を言葉にすることで伝える」
🟠叱る、褒めるのようなコントロールする目的ではなく、その子を無条件に応援する、育む姿勢でいる
のが1番、子どもの心を育てます。
十分に認められた子は、甘やかされではなく、自律し、自分で成長していきます。
3歳になって間もない子から「そうしようと思ったんだよね。」「〇〇くん、ドキドキしちゃったのかもしれないよね」「やなきもちだけど、おちつこうとしてるんだよ」と自分の気持ちや人の行動や思いを受け止める言葉を聞いた日にはとても感動しました。

それが続くと、きっと
「あ、いつもこうなっちゃうことがあるけど今日は違う」に気がついて、できた時にしっかり注目できる心とスキルが、大人にも育つのだと、体感しています🌱

そしてそんなまなざしや言葉を受け取った子どもたちは必ずすることがあります。
それは、『友達や家族にそう言葉掛けするようになる』
友達の失敗や間違いに寛容になり、
意欲や過程に目を向ける姿勢を、
私たちは手渡している関わりでもあるのです。
外発的動機づけ、内発的動機づけ、
主体性を育むには?という視点でも、
結論は同じですが、今後その観点での記事も書いていきたいと思います。

そんな関わりが一つでも多く子どもの周りにも、子どもの周りの大人に対しても生まれることを願っています。
まずは私から、
子どもを想い、この文章を読んでくださって、ありがとうございます。
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