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後編「なんで保育士になったんだっけ…」意欲と理不尽の荒波にいる保育士の力になりたい

前編はこちら↓

残念ながら、話はハッピーエンドではない。

出産を機に、法人内で異動した私は驚いた。
前園でようやく実現した前述の保育を、世の中みんなやってると思っていた。でも違った。
10年前に私が苦しんだ保育、子どもたちが苦しんだ保育がそこに当たり前のようにあった。

大人主体の保育の場でフリーとしてクラスの補助をまわっていく立場であると、補助の仕事は「急かすこと」になりやすい。環境から、発達に合った保育がしたかった。

私は心が削られた。子どもに適切ではない関わりをすることを強いられるのが保育なら、私は保育士を辞めるしかないと思った。

不適切保育がニュースになり始めたころだった。
私はその事件自体は悲しみながらも、それが問題視される世の中になったことに対してはとても前向きな気持ちになった。

子どもの心を、人権を大切にしようという時代の流れに励まされながら、なんとかその園生活を乗り切った。

少し視野を広げてみると、
「指示語、命令語、禁止語を使わない、肯定で長期的な成長を見守る保育」「子どもの人権を尊重する保育」がこんなにも難しい現状やその背景を知った。

見たくない保育を見てしまった。もちろん、一部かもしれない。たまたまかもしれない。
でも、悲しい保育の現場が、たくさんあった。

それぞれみんないい人たちだったりもした。

なのになんで?

良い人かどうかと保育の専門性は比例しないんだと学んだ。

仕組みに問題がある。
業界に課題がある。

それでもみんな頑張っている。もがいている。悩んでいる。
インスタなどを見てとにかく目の前の活動を考えている。書類や業務をこなしている。
どうしてうまくいかないか現場にいながら気づいている人もいる。訴えている人もいる。
怪我のないようにとにかく見張っている。
研修もたくさん受けている。
でも現実はそれどころではなくて。

例えるなら、
研修では「主体的保育の山の登り方」
療育の先生は「多様な山の姿とその対応」
を教えてくれていて、
その山がある島に辿りつけている人は、地道に研修から得たことで登る試行錯誤をする。登る中で、ありとあらゆる課題への対応を療育の先生から学ぶ。

でも、今の保育現場では、
『大海原で必死に泳いでいる』人たちもたくさんいる。その人たちが登り方を知っても、登りたいけど登れない。まず手も足も止められない。
山を登りたいと思っても、まず山に辿り着かない。方向を確かめる術もない。
ごくごくたまに、山が見えていても浮き輪に浮かびながら山登りの本を読んでもぽいっと海に捨てて寝るような保育者もいるけど、それは少ないと思ってるしそう信じている。
海にいる保育者は前者がほとんどであると信じている。

今の保育業界は、管理職やリーダー層が確実に足りていない。
『島がどこにあるか』
『島までどうやっていくか』
を示したり体現するリーダーがいない。

それがあって初めて島にたどり着くことができて、
『島での過ごし方』
『山の方向』
『山の登り方』
『多様な山の姿の理解』がどれも生きてくる。

大海原では、
「島はあっちです!」「山を目指しましょう!」
と言ったらやったりする志の高い職員は、
いつまで経っても泳ぎ続けなければいけない上に、
「島なんて理想」「山とか言って良い加減にしなよ」と、圧力を受けたり限界を迎えたり、幻滅したりして退職する保育士さんが、たくさんいる。

素敵な先生が悲しい気持ちで保育士を辞める。
そんな循環があれば断ち切りたい。力になりたい。

だから、私は外部の力が必要だと感じています。
リーダー層の人が足りなくても、地図を一緒に見て一緒に考える人がいるだけで、きっと島に辿り着ける。辿り着くことができれば、山への登り方はいくらでも知ることができるから。
それを実践する余裕も生まれてくる。

力があっても、主任や園長は孤独な立場。
自信を持って園を、率いていても、たまに不安になったり、これでいいのか?と迷ったりもする。当たり前のことだ。
クローズドな保育業界の当たり前は、どんどん崩れていった方がいい。

子ども主体、人手不足、発達支援、保育への思い。さまざまな思いも経験して、私は私にできることをしたいと思っています。
教授のような研修や、療育の先生のような発達サポートはできない。
でも、現場で保育の荒波に揉まれ、運良く島にたどり着き、山を目指す私だからこそ、一緒に考えられることがある、船を出すこともできるかもしれない。そう信じています。

主体的な保育を目指す中での、人手不足、多様な子どもたちへの対応、職員間の価値観の差、大人のトラブル、マネジメントの難しさ、保護者との信頼関係、など。
現場のリアルに寄り添いながら、荒波をしのぎ島に辿り着き山に登るお手伝いをしていきます。

子どもを支えるあなたを支える人が必要なのかもしれません。

もし、一人で頑張ることに限界を感じているなら、メッセージなどでお話だけでも聞かせてください。

心が通う人がいないと、どんなに素敵な人でも折れてしまう。
心通う人が園にいなくても、きっと手を伸ばして足を伸ばしてみれば、思いが伝わるはずです。
それが、私かもしれない。はなうたばたけに共感する、悩んでいる、心が折れそう、元気だけどなんか話してみたい、そう思ってくださる方がどこかにいるかもしれない。

今回はすこしネガティヴな内容にはなりましたが、
保育が好きな人が保育をやめざるを得ないということは悲しいので、こんな内容を書かせていただきました。
コメントでも、メッセージでもお待ちしています。

明日も保育園が少しでもはなうたと笑顔で溢れますように。

いつか保育業界の課題や葛藤が、「前はそうだったよね」となるように。

主体的保育の保育実践の記事はこちら↓

マネジメントについてはこちら↓


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