宇宙民話 : ワラキアの子犬たち⓺ Cuentos del Universo : Los perritos de Valaquia ⓺ by ルア・ノアール
宇宙民話 もくじ
自己紹介/わたしについて(ルア・ノアール)
大好きな日本のみなさまへ(ルア・ノアール)
*メキシコの新米作家によるスペキュレイティブな民話集。
ワラキアの子犬たちと目に見えない娘たち | Los perritos de Valaquia y las mujeres invisibles
「もっとお話をして」
「今日はお休み、あごが痛いの」
「でも子犬たちのことがもっと知りたい」
「また明日、今日は気分がよくないから」
わたしは涙を、あごの痛みを、娘たちから隠さねばならなかった。今日、わたしはひどく打たれた。わたしは常に男たちに服従し、監禁規則に従っている。でも昨日は、怒りのあまり男たちと言い争った。娘の一人が帰ってこなかったのだ。娘は売り飛ばされたのか、何かひどいことをされたのか、わたしにはわからなかった。
わたしは12歳のときに、誘拐された。わたしには歴史学者になって、ルーマニアの文化や歴史を伝えたいという夢があった。わたしはルーマニアに生まれた。夢は自分の国のことを伝えること。よその国の人々はわたしの国のことをあまり知らず、吸血鬼の国だと思っている。でもルーマニアはドラキュラだけじゃない、それ以上のものがある。でも、一人の年配の男が学校にわたしを探しにやって来たことで、わたしの夢は消え去った。当時わたしはまだ幼かった。その人は感じよく優しく話しかけてきたので、わたしはとても驚いた。名前はアンゲルという。わたしは彼の言ったことを何もかも信じた。その人は42歳、と言っていた。いつも放課後の学校にやって来て、わたしを探した。わたしの両親はわたしのことに無関心だったから、優しくしてくれる人が現れて驚いた。欠けていた愛情をその男の中に見つけた。
5年間、わたしはルーマニアの外で暮らした。知らない場所へ連れていかれたのだ。そこが自分の生まれた国ではないと知っていた。話をした男たちはみんな英語をしゃべっていたから。わたしと同じように、拉致された娘たちの世話をさせられた。みんなルーマニア人だった。
わたしは娘たちにルーマニアの文化を教えた。それは男たちがわたしたちから奪うことのできない唯一のものだったから。わたしたちの心を、わたしたちの考えを、彼らは盗むことはできない。
わたしは娘たちを楽しませようと、お話をつくる。ルーマニアの歴史や民話からお話をつくるという夢を、こんな風に果たしている。わたしたちの国、故郷はわたしたちのことを忘れた。忘却はわたしたちを目に見えない存在にしている。わたしたち娘は世界の目から消えている、無垢なわたしたちの暮らしを盗んだ男たちだけが、その存在を知っている。この人たちがわたしたちの存在を消した。わたしたちがこの世界にまだ存在しているのか、わたしにはわからない。誰もわたしたちを探しにこないから。忘れ去られた娘たち。忘却によってわたしたちの存在は消えてしまった。自分たちが誰なのかわからなくなっている。
わたしは今、17歳。男たちはわたしたちを年齢で分類する、だから自分の年はわかる。彼らは言う、わたしはもう十分な年齢だと。そしてわたしの腕には傷が刻まれている。残忍なやつがタバコの火を押しつけたから。わたしが素直な振る舞いをしなかったからだろう。
自分の国が恋しい、もてるものすべてを奪われたいま、残されたのは、わたしの内にあるルーマニアだけ。わたしはそれでお話をつくる、そうすれば娘たちは無垢な心を持ちつづけられる。わたしが娘たちに手渡せる唯一のもの、わたしたちを楽しませ、気をそらせてくれるただ一つの宝もの。わたしの国で、女性の価値がもっと認められたなら。そうすれば誰もわたしたちのことを忘れないだろうし、わたしたちから何も盗むことはできない。
12歳のときから、わたしは働かせられ、というより奴隷にされてきた。わたしの仕事は男たちの世話をすること、見知らぬ男のところに送り込まれ、常軌を逸することをさせられる。その男たちが金を払っているのは知っている。でもお金を見たことがないし、わたしには何もない、お金ももっていないし、家族もない、男たちがわたしからすべてを奪った。頭の中で想像することしか残されていない。物語を頭の中で想像できることに感謝している。自分は監禁されているんじゃない、と感じることができる。
子犬たちの物語が思い浮かんだのは、わたしが飼っていた犬に会いたいと思っていたから。ミオリティック・シェパード・ドッグだった。この子がまだ小さい頃からずっと見守ってきた。名前をマル(りんご)という。わたしと一緒にりんごを食べるのが好きで、わたしを守ってくれた。でも何年もたつから、もう生きていないことは確か。死ぬときに一緒にいれなかったことに、心が痛む。
あらゆることが懐かしく恋しい。料理をするなど家にいるときはうんざりしていたことでさえもが懐かしい。家の暖かさ、春の朝のみずみずしい空気。犬というのは愛情深いものだ。すべてが懐かしい、家の外にもう何年も出ていない。ここを出られるなら、何であれ捧げたい。ここは娘たちが捉えられ、男たちがそれを監視する家。ときにわたしたちは放っておかれ、1日に1度食べものが与えられるだけのこともある。わたしたち一人一人に、男たちが管理するSNSがあり、インターネットでわたしたちを公開し、写真を撮ってそこに載せている。
ザワザワと男たちが出ていく音がして、わたしたちは家に取り残された。すると耳が別の音をとらえた。人のいなくなった部屋から聞こえてくるメロディー、それが何なのか見にいこう。ドアを開けると、脱ぎ捨てられたジーンズのポケットから携帯電話の呼び出し音のようなものが聞こえてきた。時間を無駄にするわけにはいかない。この電話で助けを呼ぼう! 携帯はロックされていたので、緊急ボタンを押した。
「緊急通報を!」とわたし。
「ここがどこか、わからないんです、でも誘拐されたんです。他の女の子たちと一緒に、監禁されてます」
「あなたは何歳?」
「17歳です、もう何年も監禁されてます。ルーマニア人です」
「お名前は?」
「エリサベタといいます」
「虐待を受けてるの?」
「はい、ここの人が男たちの元にわたしを送り込みます。1日に10人もです」
「いま、この電話を追跡しています」
「あ、この電話には返さないで。男たちが忘れていった電話だから。わたしが電話したことを知られたくない。危険な目にあう」
「我々は救出に向かいます。そこには何人女の子がいるの?」
「いま5人います。みんな未成年です」
「あなたは勇気があるのね、電話してきたんだから。助けにいきますよ」
「もう電話を切ります。男たちが戻って来て見つけられないか心配」
「わかりました。もうそちらの位置情報は手にしました」
わたしは電話したことでビクビクしていた。次に何が起こるのか、でもこうするしかなかった。今はただ待つだけ。わたしが電話したことが知れたらと思うと怖かった。何をされるかわからない。でもみんなのために、自分のために、強くあらねば。家族をなくしたわたしは、仲間を失うのが怖い。
救助がやって来るまでの間、娘たちを呼び集めて、新しいお話をしてあげよう。
だいこくかずえ訳・フェルナンダ・カルバハル [ スペイン語→日本語訳 ] 校閲
つづく(8月)
第7話:<クッキー惑星と救出劇> Planeta Galleta y el rescate
<宇宙民話> Cuentos del Universo もくじ
ルア・ノアール(Lua Noire)
メキシコ生まれ。書くことは自分の世界を捉えること。統合失調症である。そこで見る幻覚と現実の世界をリンクさせて作品を書いている。(自己紹介を読む)
フェルナンダ・カルバハル(Fernanda Carvajal)
チリ在住のジャーナリスト。スペイン語話者として翻訳をサポート。2020年以来の葉っぱの坑夫の友人。
だいこくかずえ(Kazue Daikoku)
日本在住の翻訳者・編集者。ルア&フェルナンダの支援とChatGPTをフル稼働させスペイン語→日本語訳を敢行。
