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『美山考』第12章 遺跡

南丹市美山町の地域史についての考察
改訂履歴


第12章 遺跡


「京都府北桑田郡誌」や「美山町誌」「京都府遺跡地図 第3分冊」などを見ても、美山地域の古墳や古代遺跡の存在について積極的な記事は見当たらない。
あくまで推測だが、美山地域特有の山あいの小さな平野部が点在する地形をうまく利用した小規模な集団が、先史代より当地に分散して暮らし続け、それが現在の美山町の原形になっているのかもしれない。そして、当地での暮らしが連綿と続くことにより、廃絶した住居跡や水田跡、墳墓が遺跡として発見される必然性がないのかもしれない。

図12-1 に美山町域に存在する遺跡を表記した。

上平屋地区に、縄文~弥生期にかけての石器等が発見されたとする上平屋遺跡が位置する。内久保の小字神ケ迫に神ケ迫遺跡を表記した。吹山古墳、嶋古墳については場所の特定ができていない。

鶴ケ岡から棚野川沿いに、殿城跡(殿)、乾城跡(棚)、今宮城跡(今宮)、中村城跡(静原)が位置する。
棚野川が由良川に合流するあたりの城山には、島城跡(島)があり、由良川沿いに、西には松山城跡(大野)、東には紫摩城跡(内久保)がある。知見谷川が由良川に合流するあたりに下村城跡(下)が位置する。

石器等の遺物と古墳については、美山町出身の畠中徳三氏の著書「伝承野々村誌」を参考にして紹介する。同氏の地元ならではの独自取材と郷土愛に満ちた考察に興味惹かれるものがある。
石器等の遺物は、「美山町誌」で「京都府史蹟勝地調査報告書 第六冊」(大正14年刊)の「上平屋発見の磨石斧」として紹介されているものと同じものと思われる。

中世城跡の位置については、京都府の「統合地図情報システム 遺跡マップ」を参考にした。「美山町誌(以下町誌)」と「京都府北桑田郡誌(以下郡誌)」の城跡に関する記述を比較参照して下記する。両誌で城名が異なるものがあり、記載の有無や内容の差異も認められる。
また、町誌には、殿城、中村(中山)城、今宮城、島城、下砦の図面とともに各城跡の縄張りについて述べられているがここでは割愛する。

図12-1 美山町域の遺跡


1. 石器等の遺物

① 石棒・凹み石(縄文期):大正年間、下平屋の大才野で発見。平屋小学校に保存されていたが、改築 ・移転の際に散逸した。
② 磨製石斧(弥生期):大正年間、上平屋の教誓寺境内で発見。他の地点で発見されたものを寺に持ち込んだとされる。輝緑粉岩。平屋小学校所蔵。
③ 凹み石(弥生期):昭和42年11月17日、内久保の光瑞寺境内で発見。内久保の他の地点 (狐塚?)で発見されたものらしい。輝緑粉岩。平屋小学校所蔵。
④ 穴明き石(弥生期):昭和56年9月、内久保の狐塚で発見。輝緑粉岩。個人所蔵。
⑤ 石斧(弥生期):昭和59年、内久保の横道で発見。輝緑粉岩。個人所蔵。
⑥ 黒曜石:当地で産せず、長野県和田峠辺りのもの。平屋小学校所蔵。


2. 吹山古墳

地域に伝わる話として次の 2つが紹介されており、畠中氏は木梨軽皇子の墓と推測している。
・荒倉の吹山(ふきざん)に立派な墓らしきものがあり、昭和5年頃、上部から掘り始めたが、巨大な笠石に当たり発掘を断念した。
その後、東側から掘削しかけたが中止。西側から掘り進み羨道の口を開いて内部に入り、石槨に手をつけると急に腹が痛みだして中止。それ以来開口したままだった。
昭和15~16年頃、ボーイスカウトの野外活動で現地に行くと、口は開いたままで中央部に石を積んだ四角の台状のものが見え、朱がつまっていて、石槨の上に刀(剣)が置いてあった。
昭和45年頃、マンガン鉱の試掘と称して吹山で3ヶ月作業して盗掘した者がいた。
・野添と荒倉の吹山の尾根に古墳があり、石の扉に朱の跡があった。
昭和39年、京都大学から教育委員会に平屋に古墳らしきものがあると連絡があり、荒倉から上ったが見つからず。
昭和48年、野添から上がると古い炭焼窯跡のような状態で盗掘、破壊されていた。
南向きの入口には内部の大きな石(川石)が全て運び出されていた。
荒倉側にも掘りかけた跡があった。
府の関係機関に相談したが、標高 500~600mの山の上に古墳はありえない、とされた。


3. 嶋古墳

土製勾玉、小玉、管玉の出土ありと伝えられるが所在は不明。古墳は町民センター後方の山腹にあったといわれているが消滅して今はない。


4. 神ヶ迫古墳

別処に直径20m程の植林された土盛がある。近くには狐塚の地名もあり、古墳であることも考えられる。
更に同地にもうひとつ別の古墳があるとしている。


5. 殿城

鶴ケ岡の法明寺背後の山に位置する。郡誌では、川勝光照の子、川勝丹波守光綱が天正末頃、氏を小山に改め当城に居し、大阪の陣では、子光忠が豊臣氏に属し敗れた後、帰村し農民となったとする。光忠の後裔忠次は、盛郷の山中にいた大蛇を退治したという伝説が残るが、江戸時代の正式な史籍には見えないとしている。
町誌では、天文年間(1532~1555年)、もしくは天正年間(1573~1592年)に構築され、川勝氏が下田氏と称した時期からの本拠地の可能性があるとする。


6. 乾城

鶴ケ岡の棚に位置する。郡誌では、川勝光照の後裔、乾清輝がこの地に方一町余りの邸宅を構え、柏原野に 大きな馬場を造り棚野十八村を領し、のちに氏名を山崎教庵と改め外科医になったとする。
町誌には乾城についての記述は見えない。
柏原の山麓に石碑(墓石?)がある。詳しくは読み取れなかったが表面には「清照院」や「天正」、裏面には「俗名」などの刻字が見える。文字は「照」と「輝」で異なるが「キヨテル」とも読むことができ、乾清輝となんらかの関係があるのだろうか。


7. 今宮城

高野の今宮、津向山に位置する。郡誌では、城主は川勝豊前守光照、神楽坂以北の野々村庄を領し、元亀3(1573)、織田信長が明智光秀に命じて何鹿郡上林村君王山光明寺を攻めた時、住僧満山の要請に応じて光秀と戦ったが敗れ、この城に入り防戦したが、光照は自殺、その子らは若狭に逃れたとする。この伝説は疑問ありとしている。


8. 中村(中山)城

郡誌では、中山城跡とし、川勝氏の史蹟として記されているが、それ以上の記述は見えない。
町誌では、永禄年間(1558~1570)から天正初期の縄張りで、元亀元年(1570)に川勝光照が光照寺を建立した時期に重なるとする。


9. 島城

郡誌では、「島集落の後方にあり、高さ403m、頂上に城跡を存す」ものを「城山」として記し、和泉の「木村氏系図」では、天文18(1549)年川勝越後守政行の居城、「郷土資料」(資料名不詳)では、天正年間(1573~  1592)川勝備後守守継築城とするなど、築城については諸説あるとしている。
町誌で「島城」として記すものと、同じものと思われる。


10. 松山城

岩江戸風呂ヶ谷に遺跡が残る。郡誌では「杉山城」としている。当城の伝承については、「第11章 伝承と人物」「濱源吾」を参照のこと。
尚、当城跡の遺跡調査結果については、南丹市美山町岩江戸区編纂「松山城址特集」誌で詳しく報告されている。


11. 紫摩城

内久保の大内に位置する。木梨軽皇子が当城を造り住んだとされる。木梨軽皇子と皇子五世の孫とされる野々 村左近、菅原道真の弟とされる慶能法師の伝承については、「第11章 伝承と人物」を参照のこと。
大内の地名は大内裏に由来する、とする説もあるらしいが信用し難いようである。
尚、木梨軽皇子は古代の伝承人物であることから、当城を中世の遺跡として分類することに若干の疑問はある が、「遺跡マップ」で「中世、平山城」の属性をもつことから本項に含めて記載する。


12. 下村城

町誌では「下砦」と表記している。永禄3(1560)年に若狭の逸見氏が「中の河内」に三ヶ所陣取りをした記録が残るが、当城跡との関係は不明とする。
郡誌に当城の記載は見えない。
2025.04.29 r38 から r369 に分岐し知見方面に向かってすぐの所に「下村城(砦)跡の由緒」と題した案内板があった。以下にその全文を転載する。

戦国時代、全国で合戦が続いていた永禄三(1560)年、若狭守護武田信豊と嫡男義統の対立が激化し、支配力が低下。これを機に、反守護勢力の若狭国衆と丹波牢人衆が知坂を越えて、野々村に侵入し、下村に城(砦)を築いたと伝わる。
永禄四年、丹波守護内藤宗勝は、叛乱を討伐するため高浜逸見経貴等に加勢を求め、野々村に出陣した。(宗勝尊行状・和知片山家文書)
「野々村内の河内と申す在所に二箇所陣取り、何れも勝利を得」(逸見経貴書状・若狭大成寺文書)の文章が残されている。
また、下村・不動尊の滝は越前一乗谷合戦(天正元(1578)年)を逃れた武士の隠里・救いの場であったと伝えられている。
下村城(砦)は、尾根南北三十m、東西二十mの主郭を造成して、周りを掘切、切岸して敵の侵入を防いだものとうかがえる。
戦国時代、若狭・丹波国衆蜂起の歴史ロマンを感じてください。
参考:美山の文化財を守る会
内藤宗勝書状「福知山市史 資料編1」、逸見経貴書状大成寺文書「福井県史 資料編9」

下村城(砦)跡の由緒

美山町域の中世史については、丹波地域内だけではなく、若狭地域も含めた勢力関係、或いは、三好氏、細川氏といった中央政権の勢力争いが背景にあることを視野に持ちつつ見る必要がありそうである。
今後、丹波の内藤氏、若狭の逸見氏、美山町域の土豪川勝氏を軸にして、美山町域が中世の丹波・若狭地域でどのような関わりを持っていたかについて考察を進め適宜まとめていくことにしたい。


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