サイゼリヤでPayPayが使えない本当の理由——現金主義という誤解の正体
先日また、仕事帰りの妻と「サイゼ待ち合わせ」をしました。ミラノ風ドリアとハンバーグを食べて、二人で1,500円くらい。会計はレジ横の端末にPixel 10aをかざして、タッチ決済で1秒です。
その帰り道に、ふと気づきました。僕はこの店で、一度もバーコード決済の画面を開いたことがありません。コンビニでもドラッグストアでも、スマホの画面にバーコードを表示して「ペイペイ」と鳴らしている人を毎日見かけるのに、サイゼリヤのレジでだけ、あの光景を見ないのです。
調べてみると、サイゼリヤではPayPayも楽天ペイもd払いも使えませんでした。それなのに、クレジットカードのタッチ決済とSuicaは使える。キャッシュレスの時代に、なぜバーコード決済だけを外しているのか。 調べていくと、そこには「現金主義の頑固な会社」というイメージとは正反対の、冷徹なくらい合理的な算数がありました。
生命保険会社で総務をやっている僕の目線で、今日はサイゼリヤの「レジ」だけを解剖してみます。
「サイゼリヤは現金の店」という通説
2019年の秋、消費増税とキャッシュレス還元キャンペーンで日本中が「〇〇ペイ」に沸いていたころ、サイゼリヤは「現金決済にこだわる会社」として経済メディアに取り上げられていました(※1)。
当時のネットの空気を覚えている方も多いと思います。「サイゼは現金しか使えない」「この時代に逆行している」。キャッシュレスの波に乗り遅れた、昭和的な頑固さの象徴のように語られることさえありました。実際、あのころのサイゼリヤのレジは現金が基本で、財布を持たずに入店すると困る店だったのは事実です。
僕もなんとなく、そういう会社なのだと思っていました。徹底的なコスト削減で300円のドリアを守る会社だから、決済手数料なんて1円も払いたくないのだろう、と。ケチの美学みたいなものだと。
でも、この通説は半分しか合っていませんでした。
2021年4月9日、サイゼリヤは「全店」でキャッシュレスに対応した
2021年4月9日。サイゼリヤは全店へのキャッシュレス決済端末の配置を完了しています(※2)。
導入したのは三井住友カードの「stera terminal」というオールインワン端末で、VisaやMastercardのクレジットカード、タッチ決済、Suicaをはじめとする交通系ICカードにこの1台で対応します(※2)。つまり、「サイゼリヤ=現金オンリー」はもう5年も前に終わった話なのです。僕が妻とタッチ決済で払えているのが、その証拠です。
ところが、です。2026年5月時点でも、PayPay・楽天ペイ・d払い・au PAYといったバーコード決済(QRコード決済)は、サイゼリヤでは使えません(※3)。
ここで面白い事実がひとつあります。サイゼリヤが導入したstera terminalは、実はバーコード決済にも対応できる端末なのです。三井住友カードの製品情報を見ると、PayPayや楽天ペイを含む各種コード決済の取り扱いが可能と明記されています(※4)。
つまり、こういうことになります。ハードはとっくに準備できている。ボタンを押せば使えるようになる。それなのに、サイゼリヤはあえてオンにしていない。「できない」のではなく「しない」。 サイゼリヤはキャッシュレスを拒否したのではなく、決済手段を「選別」しているのです。
拒否と選別はまったく違います。拒否は思想ですが、選別は計算です。では、何を計算しているのか。
営業利益率4.3%の会社にとって、手数料3%は「利益の3割」の話
4.3%。これは2019年当時の、サイゼリヤ国内店舗の営業利益率です(※5)。
キャッシュレス決済の手数料は、一般に売上の3%程度と言われます。外食コンサルタントの三ツ井創太郎さんがITmediaの連載で行った試算(2019年当時の数字)が、この構造を見事に数字にしています(※5)。仮に来店客の4割がキャッシュレスで払うと、手数料の負担は売上の1.2%。サイゼリヤの売上規模ではおよそ14億円に相当し、営業利益率は4.3%から3.1%まで落ちる。この14億円を客1人あたりの粗利469円で割り戻すと、手数料の元を取るには年間およそ300万人、客を増やす必要があるという計算です。
総務の仕事をしていると、この痛みは肌で分かります。会社の経費削減で「コストを1%削れ」と言われたら、備品の型番統一から会議費の見直しまで、何ヶ月もかけて絞り出す世界です。その感覚からすると、決済手段をひとつ増やすだけで売上の1%以上が自動的に消えていくのは、恐怖でしかありません。しかもサイゼリヤは300円のドリアの会社です。値上げで吸収するという逃げ道を、自分で封じています。
ただし、ここで誤解してはいけないのは、サイゼリヤが手数料そのものを憎んでいるわけではないことです。当時の堀埜一成社長は、こう語っています。
「(キャッシュレス比率が)100%にはならないんでペイはするんですよ。(決済額の)3%を(手数料として)払って、5%収入が増えればそれでいいですから」(※1)
払った手数料より増える収入が大きいなら、喜んで払う。つまりこれは「ケチの美学」ではなく、費用対効果が見えるまで動かないという、ただの算数なのです。
「究極の後出しジャンケン」——サイゼリヤはハードに金を使わない
「最終的には乗るんですよ。キャッシュレスはやるんです。でも究極の後出しじゃんけんをするつもり」(※1)
2019年、世間から「乗り遅れ」と言われていた渦中に、堀埜社長が日経ビジネスのインタビューで語った言葉です。続けてこうも言っています。「1100店もあると、ハード代がばかにならない」「この分野って開発速度がすごい速いんです。今後どう変わっていくか分かんないんで、そのハード側に金を使いたくない」(※1)。
この発言の答え合わせが、さっきの2021年4月9日です。決済端末の規格争いが落ち着き、1台であらゆる決済に対応できるstera terminalが登場した瞬間に、全店へ一斉導入した(※2)。様子見でも意地でもなく、「規格の勝者が決まってから、成熟した端末を一番安く買う」という宣言を、宣言どおりに実行したわけです。後出しジャンケンに、きれいに勝っています。
これも総務の実務に翻訳すると、しみじみ分かる話です。社内システムや備品の規格選定で一番怖いのは、規格争いの最中に「負ける側」を大量購入してしまうことです。全社に配ってしまった機材は、規格が廃れても簡単には捨てられません。だから選定の仕事は、実は「待てるかどうか」の仕事です。1,000店舗規模で待ち切ったサイゼリヤの胆力は、発注業務の端くれにいる身として、ちょっと震えるものがあります。
前に僕は、サイゼリヤが厨房の動作を1秒単位で設計し尽くす会社だという記事を書きました。今回調べて分かったのは、この会社は「動く」だけでなく「動かない」ことまで設計しているということです。
では、なぜバーコード決済「だけ」が今も残っているのか
それなら、なぜタッチ決済は入れて、バーコード決済だけを5年も入れないままなのでしょうか。
この部分についてサイゼリヤの公式な説明は見当たらないので、ここからは筆者個人の考察です。ただ、ここまでの「算数」と「後出しジャンケン」を当てはめると、辻褄の合う仮説が2つあります。
仮説1:レジの「秒数」が合わない。 タッチ決済は、カードやスマホをかざして1秒で終わります。一方バーコード決済は、客がスマホを取り出し、アプリを起動し、バーコードを表示し、店員が読み取る——早くても十数秒、アプリの起動にもたつけば30秒かかります。従業員の動作をビデオで分析して1秒単位で無駄を削る会社にとって、レジで発生する数十秒は「たかが」では済まない設計変数のはずです。ピーク時のレジ待ちが伸びれば、席の回転が落ち、あの安さの土台が削れます。
仮説2:ジャンケンがまだ終わっていない。 バーコード決済は今も事業者が乱立し、手数料率も条件も各社バラバラです。キャンペーンで無料になったり、有料に戻ったり、還元率が変わったり。つまりタッチ決済と違って、この市場はまだ「勝者が確定していない」。だとすればサイゼリヤの構えは2019年と同じです。最終的には乗る。でも、条件が成熟して「3%払って5%増える」算数が成立するまでは、動かない。
金融業界の端っこで働いている僕から見ると、この構えには妙な説得力があります。キャッシュレスは「便利」の顔をしていますが、その裏側は手数料のビジネスです。誰かがスマホを1回ピッと鳴らすたびに、店側は必ず誰かに手数料を払っています。多くの店はそれを価格に薄く溶かしますが、サイゼリヤはそれを値札に載せないという選択をしている。300円のドリアには、決済コストの設計まで含まれているのです。
「PayPayが使えない店」は、遅れている店ではなかった
300円のドリアと、レジで使えないPayPay。この2つは、同じ設計図の表と裏です。
僕はこれまで、バーコード決済が使えない店を見ると、うっすら「対応が遅れているな」と感じていました。でもサイゼリヤの場合、それは真逆でした。端末は対応済みで、経営者は手数料の損益分岐を数字で語り、規格争いの決着を待つと宣言し、そのとおりに実行している。「使えない」は怠慢の結果ではなく、意思決定の結果だったのです。
読者のみなさんの生活で言えば、こういうことです。サイゼリヤでPayPayが開けない小さな不便は、消えてなくなったわけではなく、ミラノ風ドリアの値札の上で「上がらない値段」に化けています。不便を客に少しだけ分担してもらい、その分を価格で返す。どちらが客のためかは、あの店の混み具合が答えを出している気がします。
おわりに——レジの1秒に、設計は宿る
次にサイゼリヤに行ったら、会計のときにレジの端末を少しだけ観察してみてください。タッチ決済が1秒で終わる、その素っ気なさの裏に、「何を入れて、何を待つか」を数字で決め切った会社の背骨が見えてきます。
僕はまた近いうちに、妻と「サイゼ待ち合わせ」をすると思います。そしてPixel 10aをかざして1秒で払い、300円のドリアを食べながら、この会社の「動かない設計」のことを、少しだけ思い出すはずです。
サイゼリヤという会社の全体像——なぜあの値段で潰れないのか——は、前回の記事で厨房から解剖しています。この記事の「レジ編」とあわせて読むと、同じ背骨でつながっているのが分かるはずです。
創業者・正垣泰彦さんの「安さは設計するもの」という思想の原典は、ご本人の著書『おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』(日経BP)で読めます。決済の話の根っこも、結局この本の思想につながっています。
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出典
※1 「現金決済にこだわる『サイゼリヤ』、社長が真意を明かす」日経ビジネス(2019年11月19日)https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00067/111500052/
※2 「サイゼリヤ、全店舗で『キャッシュレス決済』に対応 利便性向上と感染症対策」ITmedia ビジネスオンライン(2021年5月1日)https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2105/01/news025.html
※3 「サイゼリヤで使えるQRコード決済まとめ【2026年5月版】」マネープレス https://www.money-press.info/qrcode-saizeriya/
※4 「stera terminal」製品情報・三井住友カード(コード決済各種への対応を記載)https://www.smbc-card.com/kamei/stera/index.jsp
※5 三ツ井創太郎「お客が300万人増えないと割にあわない!? サイゼリヤがキャッシュレス決済導入に慎重になる理由を考察」ITmedia ビジネスオンライン(2019年12月9日)https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1912/09/news007.html
注記:営業利益率・試算の数字は2019年当時のもので、300万人の試算は外食コンサルタントによるシミュレーションです(サイゼリヤ公式の発表ではありません)。決済手段の対応状況は店舗・時期により異なる可能性があります。本稿の「仮説」と明記した部分は筆者個人の考察です。
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