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"お、ねだん以上"の「ニトリ」の真の正体は「家具屋」ではない

休日の昼下がり、僕は車のハンドルを握って、妻と二人で郊外のニトリへ向かっていました。

11月に第一子が生まれます。今のうちに、赤ちゃんを迎える部屋を少しずつ整えておきたい。そう思って、ベビー用品の収納や寝具まわりを見に行ったのです。千葉に住んでいて車があると、こういう大物の買い出しは本当に助かります。帰りのトランクに収納ケースを積み込むところまでが、休日のひと仕事になります。

店内をぐるぐる回りながら、僕はある収納ボックスの値札を二度見しました。「えっ、この質感でこの値段でいいの?」と。隣でカーテンを眺めていた妻に、「これ、安くない?」と話しかけたほどです。

総務職という仕事柄、僕は会社で備品の見積もりや発注を日常的に扱っています。机も、椅子も、棚も、何かを一つ買うたびに「この値段の内訳はどうなっているんだろう」と考える癖がついてしまいました。だからこそ、ニトリの値札を見ると、つい裏側を疑ってしまうのです。

安かろう悪かろうではありません。かといって、利益を削って消耗しているようにも見えません。なのに、なぜこの値段で成立するのか。

家電まで安いのは狂気の沙汰

その日の夜、ダイニングテーブルでノートPCを開いて、僕はニトリという会社の正体を調べ始めました。

この記事は、そのときに見えてきた「お、ねだん以上。」の裏側——SPAという垂直統合の仕組みを、家具を揃える一人の総務職の目線で解剖した記録です。


「お、ねだん以上。」という、よく考えると挑発的なコピー

家に帰ってから、僕は改めて「お、ねだん以上。ニトリ」というあの有名なキャッチコピーを口の中で転がしてみました。

子どもの頃から耳に馴染みすぎて、何も考えずに聞き流していました。でも総務の目で見直すと、これはかなり挑発的な宣言です。「払った値段より、価値のほうが大きいですよ」と、会社が自分から言い切っているわけですから。

このコピーは、価格を主語にしていません。「安い」とは一言も言っていない。「、(読点)」をひとつ挟むことで、企業目線の「お値段以上」から、思わず「お、」と漏れる消費者目線の驚きへと、視点をくるりと反転させている——そう解説されているのを読んで、僕はうなりました(※1)。

ただ、コピーがうまいだけなら、ただのキャッチフレーズで終わります。本当にすごいのは、この「お、ねだん以上」を、雰囲気ではなく仕組みで実現してしまっているところです。

会社で備品を発注していると分かるのですが、「安くて良いもの」というのは、普通は両立しません。安くすれば質が落ちる。質を上げれば値が張る。このシーソーを、ニトリはどうやって両側とも持ち上げているのか。答えは、ニトリが「家具屋」ではないところにありました。


ニトリは「家具屋」ではない——製造物流小売業という正体

最初に結論を書いてしまいます。ニトリは、自分たちのことを家具の小売店だとは考えていません。公式には「製造物流小売業」と名乗っています(※2)。

聞き慣れない言葉ですが、分解すると分かりやすいです。

ファッション業界には「SPA」という言葉があります。Speciality store retailer of Private label Apparel——商品の企画から製造、販売までを一社で垂直に統合するビジネスモデルで、ユニクロが代表例です(※3)。普通の小売店は、メーカーが作ったものを問屋から仕入れて売るだけですが、SPAは「企画して、作って、売る」までを自分でやってしまう。間に入る業者の取り分が消えるので、その分を価格に還元できる、という理屈です。

ニトリがすごいのは、このSPAに、さらに「物流」を組み込んだことです。企画も、製造も、運ぶことも、店で売ることも、お客さんの家まで届けることも、全部自社でやる。だから「製造物流小売業」。商品企画から原材料の調達、海外の自社工場での製造、そして物流網と店舗運営までを一気通貫で握っているわけです(※2)。

総務の感覚で言い換えると、これは「中間マージンの皆殺し」です。

商品が工場の門を出て、僕がレジで支払うまでには、本来いくつもの会社の手を経由します。製造元、商社、卸問屋、配送業者、小売店。それぞれが利益を乗せ、それぞれが在庫リスクを抱える。その積み重ねが、最終的な値札になります。ニトリはこの中継地点をほとんど自社で抱え込んでしまったので、各段階で発生していた「乗せ代」が、まるごと消えるのです。

特に物流まで自前で持っている家具チェーンは珍しい、と複数の取材記事が指摘しています。製造から店舗、さらには顧客の自宅までの配送を自社の仕組みで動かすことで、他社よりも効率の高い物流体制を築いている、と(※4)。あの軽くて運びやすい組み立て家具も、「自分たちで運ぶこと」を前提に設計されているからこそ、輸送コストを抑えられる。値段の安さは、配送トラックの積載効率のところまでつながっているのです。


30坪の家具店から始まった「ロマン」

ここまでは仕組みの話です。でも僕がいちばん心を掴まれたのは、この巨大な垂直統合が、たった一人の青年の悔しさから始まっていたことでした。

ニトリの創業は1967年12月。似鳥昭雄さんが23歳のとき、札幌に30坪の「似鳥家具店」を開いたのが出発点です(※5)。今や日本中、いや世界に店を構えるあの会社が、わずか30坪から始まっている。総務として小さなオフィスの備品管理から仕事を覚えた僕には、この「30坪」という数字が妙に刺さりました。

転機は、創業から数年後のアメリカ視察でした。経営が苦しい時期に参加した渡米研修で、似鳥さんはアメリカの家具が日本のおよそ3分の1の価格でありながら、部屋全体がトータルでコーディネートされている光景に衝撃を受けたと言います(※5)。

同じ家具なのに、こんなに安くて、こんなに豊かに暮らせるのか。この差は何なのか。

その衝撃から生まれたのが、ニトリが今も掲げる「ロマン」です。公式サイトには、企業の志(ロマン)として「住まいの豊かさを世界の人々に提供する。」と明記されています(※6)。単に家具を安く売りたいのではなく、「日本の暮らしを、アメリカ並みに豊かにしたい」という個人的な悔しさが、企業の背骨になっている。

そして、その志を実現するための「ビジョン」として、ニトリは長期の数値計画を掲げています。2003年から2032年までの「第2期30年計画」で、2032年に3,000店舗、売上高3兆円をめざす——という、気の遠くなるようなスケールの目標です(※6)。

ここで、さっきの「製造物流小売業」という仕組みの話に戻ります。なぜニトリは、わざわざ自社工場を持ち、物流まで抱えるという、面倒で重たい道を選んだのか。 その答えが、このロマンとビジョンにあります。

「安くて豊かな暮らしを、世界中に届ける」。これを本気で実現しようとすると、メーカーや問屋に値段の主導権を握られたままでは不可能です。豊かさを安く届けるには、価格を決める権利を、自分たちの手に取り戻すしかない。垂直統合は、コスト削減のテクニックである以前に、ロマンを実現するための手段だったわけです。

僕はこの構造に、以前考察したAppleを思い出しました。Appleもまた、チップからOSまでを自社で垂直統合することで、「引っかかりがゼロ」と言えるほどの体験の主導権を握っています。ニトリとAppleは、扱う商品も価格帯もまるで違う。けれど「最高の価値を届けるために、工程の主導権を手放さない」という思想は、驚くほど似ているのです。


総務目線で分解する「安さ」の正体

では、もう少し具体的に、垂直統合がどこで値段を削っているのかを、僕の備品発注の感覚で分解してみます。安さの正体は、大きく三つの工程に分かれていました。

要約するとこのようなモデルになっています

① 製造——自社工場だから「ニトリ専用」に最適化できる

ニトリはベトナムなど東南アジアに自社の工場を持っています。委託先のメーカーに作ってもらうのではなく、自分たちの工場だからこそ、ニトリの商品を作ることだけに特化してラインを組める。他社向けの仕事との兼ね合いを考えなくていいぶん、無駄が削れ、外部メーカーに支払う利益分も発生しません(※3、※4)。会社の備品でも、特注より「型番をまとめて大量発注」したほうが安くなります。あれを国家規模でやっている、と考えると分かりやすいです。

② 物流——運ぶことまで設計の一部にしている

前述のとおり、ニトリは物流網を自前で持っています(※4)。ここが本当に効いていて、家具という「大きくて重くて壊れやすい」商品にとって、輸送コストは死活問題です。組み立て式にして平たく梱包すれば、一台のトラックに積める数が跳ね上がる。運ぶ前提で商品を設計できるのは、企画と物流が同じ会社の中にあるからこそです。僕が車で収納ケースを持ち帰れたのも、元をたどればこの「運びやすさの設計」の恩恵でした。

③ 販売——在庫情報がそのまま企画に戻る

そして小売の現場です。何が売れて何が売れ残っているかという情報が、問屋を介さず、ダイレクトに企画部門へ返ってくる。すると「来季はこの色を増やそう」「この型は減らそう」という判断が速くなり、売れ残りという最大の無駄が減ります。在庫を抱えるリスクが減れば、その分の保険料のような上乗せも要らなくなる。総務的に言えば、これは「デッドストックの撲滅」です。

製造で削り、物流で削り、販売で削る。一つひとつは数%の差かもしれません。けれど、それを企画から配送まで全工程で積み重ねると、最終的な値札では「お、」と声が漏れるほどの差になる。これが、雰囲気ではなく仕組みで実現された「お、ねだん以上」の正体でした。


それでも、垂直統合は無敵ではない

ここまで書くと、ニトリの仕組みが完璧無欠に見えてしまいますが、正直に弱点も書いておきます。レビューでも考察でも、欠点に触れないと信用してもらえないと思っているからです。

一つは、為替と海外依存のリスクです。製造を海外の自社工場に集約している以上、円安が進むと仕入れコストはじわじわ上がります。自社で握っているからこそ、その変動をまともに受け止めなければならない。「お、ねだん以上」を維持し続けるのは、実は年々ハードルが上がっている挑戦でもあります。

もう一つは、画一性です。企画から販売までを一社で握るということは、裏を返せば、店に並ぶものがどうしてもニトリの設計思想で揃ってしまうということ。「ニトリで揃えると部屋が一気にニトリっぽくなる」という声があるのは、垂直統合の強さの裏返しでもあります。唯一無二の一点物を探す楽しみとは、方向性が違うのです。

これは、以前考察した千葉発の格安モニターメーカーJAPANNEXTが、自社工場を持たない「ファブレス」で安さを実現していたのとは対照的でした。あちらは身軽さで勝負し、ニトリは重さを抱え込むことで勝負している。同じ「安さ」でも、たどり着き方はまるで違うのです。

それでも僕は、ニトリの選んだ「重たい道」に好感を持っています。安さの理由が、消費者から見えにくい下請けへのしわ寄せではなく、自分たちで工程を抱え込む覚悟から来ているのが分かるからです。


出産前の僕が、ニトリで何を買ったか

最後に、生活者としての話に戻します。

我が家にはソファがありません。くつろぐときは、いつもダイニングテーブルです。だから僕にとって家を整えるというのは、立派な応接セットを揃えることではなく、これから増えていく赤ちゃんの「モノ」を、どう収め、どう動線を作るかという、もっと地味で切実な作業です。

その日ニトリで僕たちが選んだのは、ベビー用品をまとめておける収納ケースと、寝室まわりの細々したものでした。出産にかかるお金をどう積み立てるか、という現実的な相談を妻と重ねてきた身としては、一つひとつの値段が抑えられていることのありがたさが、身に染みます。浮いたお金は、もっと別の——たとえば子どものための——何かに回せるのですから。

値札の数字だけを見れば、それはただの「安い買い物」です。でも仕組みを知ってしまった今は、その数字の向こうに、海外の自社工場や、効率を突き詰めたトラックや、売れ筋を企画に戻すデータの流れや、そして30坪の家具店から始まった一人の青年のロマンが透けて見えます。

道具やモノの値段の裏側にある「人の生き方」を読むこと。それは、ガジェットを選ぶときも、家具を選ぶときも、たぶん同じなのだと思います。安さの理由を知ったうえで選ぶと、同じ収納ケース一つでも、暮らしへの納得感が変わる。これから親になる僕にとって、その納得感こそが「お、ねだん以上」の本当の価値なのかもしれません。

赤ちゃんを迎える部屋は、まだ半分も整っていません。

それでも、トランクに積んだ収納ケースを家に運び込みながら、僕は少しだけ「親になる準備」が進んだ気がして、嬉しくなりました。





ビジネスモデルを解剖する視点で書いた記事は、ほかにもあります。よければあわせてどうぞ。




今回の下調べに使ったもの




出典

本文中の企業情報については、以下を参照しました。数値や理念は各社・各媒体の記載時点のものです。最新の情報は各公式サイトでご確認ください。

補足:本文中の「ロマン=住まいの豊かさを世界の人々に提供する」「ビジョン=2003〜2032年の第2期30年計画で3,000店舗・売上高3兆円」はニトリ公式サイト(※6)の記載に基づきます。「お、ねだん以上。」の読点に込められた意図についての解釈は※1のコラムを参照しました。創業年・創業時の規模・アメリカ視察の経緯は※5に基づきます。


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