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【ビジネスモデル】SteamDeckに感じるPSPの面影"Valveの歴史と企業戦略"

はじめに:SteamDeckにPSPの面影を感じるのは僕だけでしょうか

中学生のころ、PSPにカスタムファームウェアを入れた夜のことを今でも覚えています。

インターネット上の手順を何度も読み返して、ドキドキしながらボタンを押した瞬間、画面にエミュレーターが起動しました。市販のソフトではなく、自分の手でカスタムしたハードウェアでレトロゲームが動いている——その感覚は、中学生の僕には正直、衝撃でした。

当時、携帯型ゲーム機でエミュレーターを動かすのは一般的ではありませんでした。PSPにカスタムファームウェアを入れることは、ハードとソフトの限界を自分で押し広げる行為でした。メーカーが想定していない使い方を、ユーザーが自分の手で引き出せる。それが「ハードウェアをハックする喜び」との最初の出会いです。

PSPは今でも大切に保管しています

思えば、あの体験が今のLinux環境への興味につながっています。NixOSの設定ファイルを書き、ROG AllyにSteamOSを入れる。根っこにあるのは、あのPSPの夜と同じ感覚です。

そのROG Allyを、ある夜ダイニングテーブルでSteamOSを起動していると、妻が「また何か調べてるの?」と声をかけてきました。「ゲームだよ」と答えながら、画面に並ぶSteamのゲームライブラリを眺めていると、ふと一つの疑問が浮かびました。


なぜSteamは、これほど強いのか。


ROG AllyはASUS製のゲーム機です。でもそこで動いているOSはValveが作ったSteamOSで、ゲームの購入先もValveが運営するSteamです。ASUSのハードを使いながら、Valveのエコシステムの中にいる。この状況を誰も不思議に思っていない——というのが、ある意味でValveの「強さの証明」だと気づきました。

実はSteamDeckが好きすぎて2台持ってたこともありました

Valve Corporationが設立されたのは1996年。以来30年近く、一度も株式上場せず、一度も大企業への身売りもせず、PCゲーム流通の70〜80%を握り続けています。Apple、Google、Amazonのような上場テック企業とも、ソニーや任天堂のようなゲームハードメーカーとも異なる独自の立ち位置で、ゲーム産業の中心に居続けています。


結論から先に言うと、Valveの強さの正体は「長期設計を守るための非上場」と「Linuxへの戦略的投資」の組み合わせです。


この記事では、ROG AllyにSteamOSをインストールして毎晩ダイニングテーブルで起動している僕が、Valveのビジネスモデルの構造を考察します。



この記事が刺さる人・刺さらない人


こんな方に刺さります

  • ROG AllyやSteam DeckなどのハンドヘルドPCを持っている、または検討中の方

  • AppleのエコシステムやNintendoのビジネスモデルといった、プラットフォーム戦略の考察が好きな方

  • LinuxユーザーでValveのProton/SteamOS動向に関心がある方

  • PCゲームプラットフォームの今後が気になる方

あまり刺さらないかもしれない方

  • コンソール(PS5・Switch 2)専門で、PCゲームはほとんどしない方

  • ビジネス構造より純粋なゲームレビューや攻略情報を求めている方



Valveとはどんな会社か

Valve Corporationは1996年、ゲイブ・ニューウェルとマイク・ハリントンという2人のMicrosoft出身者がシアトル近郊のカークランドで創業した会社です。

最初のヒット作は1998年のFPS「Half-Life」。その後Counter-Strike、Team Fortress 2、Portal、DOTA 2とヒットタイトルを重ねながら、2003年に自社のゲーム配信プラットフォーム「Steam」を立ち上げます。

Steamのビジネスモデルは、構造としてはシンプルです。ゲーム会社がSteamでゲームを販売すると、売上の20〜30%がValveに入ります(年間売上に応じて段階的に変動。1000万ドルまでは30%、5000万ドルまでは25%、それ以上は20%)。Valveはゲームを一本も作らなくても、世界中のゲームが売れるたびに収益が積み上がります。

非公開企業のため正確な数値は公表されていませんが、業界推計によるValveの年間収益は数千億円規模と言われています。PCゲームというニッチに見えるジャンルで、なぜここまでの収益が生まれるのか。その答えは「ほぼ唯一の選択肢に近い地位」にあります。


「30%税」とロックインの仕組み

SteamがPCゲーム流通でこれほどのシェアを持つ理由を理解するために、競合サービスと並べてみます。

プラットフォーム 手数料率 特徴 Steam 20〜30% 最大のユーザー基盤・信頼の蓄積 Epic Games Store 12% 低手数料・無料ゲーム配布で成長中 GOG(CD Projekt RED) 30% DRMフリーを強みとするニッチ路線 itch.io 0〜100%(開発者設定) インディーゲーム向け

2018年、Epic Gamesは「手数料12%」という破格の条件でゲーム会社の取り込みを始めました。比べればSteamの30%は明らかに高く、開発者側からすれば選ぶ理由が見当たりません。

それでもユーザー側は、なかなかSteamから離れませんでした。

なぜかというと、Steamが「道具」ではなく「場所」として機能しているからです。

フレンドリストがある、実績・トロフィーがある、ゲームレビューが蓄積されている、Workshopでモッドが使える、ウィッシュリストがある——Steamは単なるゲームショップを超えて、PCゲーマーの「デジタルホーム」になっています。乗り換えには、これらのすべてを手放す心理的コストが発生します。

これを「ロックイン」と呼びます。競合サービスが多少有利でも、ユーザーが移行にかかるコストが競合の優位性を上回っている状態です。Appleのエコシステムが「Apple から他社に移りにくい」構造を作るのと、本質的には同じ仕組みです。


なぜValveは上場しないのか

ゲイブ・ニューウェルは上場について複数回質問されています。彼の答えは一貫しています。要約すると「株主に短期的な利益を求められれば、長期的に必要な意思決定ができなくなる。Valveはプライベートであり続けることで、正しいと思うことに投資できる」というものです。

そして実際、Valveは「正しいと思うこと」に投資し続けています。その象徴がProtonとSteamOSです。

Protonは、LinuxでWindowsゲームを動かすための互換レイヤーです。Valveが2018年から大規模に開発をサポートし始め、現在では膨大なWindowsゲームがLinux上でほぼ問題なく動作します。

Steamの全ユーザーのうち、Linuxユーザーは数%にすぎません。大部分はWindowsユーザーです。短期的な収益だけで判断すれば、Linuxへの投資は費用対効果が低い意思決定です。

しかしValveの視点では、これは生存戦略です。

WindowsはMicrosoftが管理するOSです。もしMicrosoftが将来的に「SteamではなくXbox Game Passを使え」という方向に舵を切り、Windowsに何らかの制限を加えてきたとき、Valveは「Linux上でSteamが動く」という逃げ場を持っています。Protonへの投資は、Windowsへの依存をなくすための長期的な保険として機能します。

上場企業であれば、こういった「今は収益に結びつかないが10年後に必要になる」投資に対して、株主から批判を受けます。Valveが非上場を貫く理由の一つは、この種の長期投資を外部に邪魔されずに続けるためだと解釈できます。


SteamOSとROG Ally——プラットフォームの野望が手の中にある

少し個人の話をさせてください。

僕のROG Ally(2023年モデル)は、ASUS製のハードウェアにValve製のSteamOSが動いています。これは本来、Steam Deck向けに開発されたOSです。にもかかわらずValveは、他社ハードウェアがSteamOSを使うことを事実上禁止していません。ROG AllyでもLenovo Legion Goでも、SteamOSはインストールして使えます。

なぜValveは、せっかく開発したOSを「自社ハードウェア専用」にしないのでしょうか。

答えは「ハードウェアではなくエコシステムで稼ぐ」という設計思想にあります。

ROG AllyがSteamOSで動くということは、そのユーザーはSteamを使い続けます。Steamでゲームを購入するたびに、Valveに20〜30%が入ります。ValveはROG Allyが1台売れても直接の収益はありませんが、そのユーザーがSteamで過ごす時間が長くなるほど、間接的な収益が積み上がります。

これは任天堂やソニーが「ハードを売り、ソフトで稼ぐ」モデルとも違います。ValveはOSをオープンにすることで、他社のハードウェアを自社プラットフォームの「端末」として機能させる——かつてMicrosoftがWindowsを多数のPCメーカーに展開したモデルを、ゲームの世界で再現しようとしているように見えます。

ダイニングテーブルでROG AllyのSteamOSを起動するとき、僕は任天堂でもソニーでもASUSでもなく、Valveのエコシステムの中にいます。これがValveの野望の正体だと思います。


EpicとAppleの挑戦——それでも揺らがない理由

2020年、Epic GamesはAppleとGoogleを相手取り「プラットフォームの30%手数料は独占的だ」と訴訟を起こしました。ゲーム業界では「Steamの30%も問題では?」という声も上がりました。

しかしSteamは揺らぎませんでした。

理由はシンプルです。PCはスマートフォンと違い、もともとオープンなプラットフォームだからです。

スマートフォンのアプリはiOSならApp Store、AndroidならGoogle Playからしか入手できません(公式の方法では)。これは構造的な強制です。

一方PCでは、Steamをインストールしていなくても、EpicのストアからもGOGからもゲームを買えますし、ゲームの実行ファイルを直接購入することも可能です。Steamに強制力はありません。

それでもSteamが70〜80%のシェアを持つのは、ユーザーが「Steamで買いたい」と自発的に選んでいるからです。これはブランドの信頼と、20年以上かけて積み上げたサービス品質の結果であり、プラットフォームによる強制とは本質的に異なります。

Appleが垂直統合で「Appleでなければ選べない状況」を作るのに対し、ValveはWindowsでも、MacでもLinuxからでもアクセスできるプラットフォームとして、選ばれ続けることに賭けています。


Valveの次の一手——ゲームの民主化

Steam Deckが2022年に登場し、ROG AllyやLenovo Legion Goなど他社のハンドヘルドPCも続々と市場に参入しました。2026年現在、「手のひらサイズのSteamゲーム機」は一大カテゴリーになっています。

ここにValveの「次の一手」が見えます。

PCゲームを「PCデスクに縛られないもの」にすること。

任天堂がSwitch 2でポータブルゲームの覇権を持つように、ValveはSteamエコシステムをポータブル化することで、据え置きPCに縛られていないユーザー層を取り込もうとしています。SteamOSのオープン化は、ROG AllyやLenovo Goといった他社デバイスを「Steamの端末」に変えることで、Valveがハードウェアを一台も作らなくてもエコシステムを広げる戦略です。

加えてLinuxとProtonへの継続投資は、「Steamは特定のOSに依存しない」という状態を強固にしています。Windows、Linux、SteamOS——どのOSでもSteamが動き、どのデバイスでもゲームライブラリにアクセスできる。「場所」としてのSteamを、あらゆるデバイスとOSに対応させていくことがValveの長期戦略だと読めます。


Steam Machine——2026年夏、リビングルームへの参戦

2026年6月現在、ゲームファンの間でもっとも注目されている発表があります。Valveが「Steam MachineとSteam Frameを2026年夏に出荷する」と公式に認めたのです。

Steam MachineはSteamOSを搭載した据え置き型ゲーミングPCです。Steam Deckの約6倍のパフォーマンスを持つとされており、立方体型の筐体で512GBと2TBの2モデルが用意される予定です。同時発売のSteam FrameはVRヘッドセットで、Steam Machineとセットで体験するVR環境として設計されています。

これはPS5・Xbox Series X・Switch 2が支配するリビングルームへの、Valveの明確な参戦宣言です。

コンソールとの決定的な違い

PS5はPlayStationストア、Switch 2はニンテンドーeショップのゲームしか遊べません。Steam Machineには、すでに所有している何千本ものSteamゲームがそのまま動きます。

Protonによって対応タイトルは年々拡大しており、「Steamで買ったゲームが動く」という価値提案は、PCゲーマーにとって圧倒的な説得力を持ちます。PC環境で積み上げてきたゲームライブラリを、今度はテレビの前で遊べる——Steam Machineはその橋渡しです。

価格と課題——AIが引き起こしたジレンマ

懸念材料もあります。当初Valveは600〜800ドル(約9〜12万円)を目標価格として設定していましたが、AIデータセンター向け需要の急増によるRAM価格の高騰で、1000ドル(約15万円)超えの可能性が報じられています。

PS5の定価が799ドルである点を考えると、価格競争力の面では不利です。Valveはこれについて「パーツから自分でPCを組んで同等のパフォーマンスを出す場合の相場と概ね同じになる」とコメントしています。自作PC感覚では妥当な価格でも、コンソールと比べられれば割高に映る——難しい立ち位置であることは否めません。

Steamの「3つの戦場」が揃う

Steam Machine登場後のSteamエコシステムは、ゲームのあらゆる場面を同時にカバーします。

戦場 デバイス ターゲット層 デスク・作業机 Windows PC / Linux PC 従来のPCゲーマー 外出・移動 Steam Deck / ROG Ally(SteamOS) ハンドヘルドゲーマー リビングルーム Steam Machine コンソールゲーマーへの攻勢

これはAppleが「Mac・iPhone・iPad」で生活のあらゆる場面をカバーする発想と同じです。ValveはOSとプラットフォームをオープンにすることで、どのデバイスでも・どの場所でもSteamが動く状態を作り、ゲームというライフスタイルのすべての場面に入り込もうとしています。

Steam Machineが成功すれば、非上場という「自由」から生まれた長期投資が、デスク・移動中・リビングの三点を制した瞬間として記憶されるでしょう。


おわりに:SteamOSは「現代のPSP」

PSP時代に夢中になったゲームの続編の多くが、今はSteamで販売されています。

あのころ何時間もプレイしたシリーズの新作が、Steamというプラットフォームで今も重ねられている。それを知ったとき、僕がSteamに特別な親しみを感じる理由が腑に落ちました。懐かしさと最新技術が、同じひとつの場所でつながっているのです。

そして何より——SteamOSが入ったROG Allyは、僕にとって「現代のPSP」です。

オープンなゲーム機って最高にたのしい

メーカーの想定を超えてカスタムファームウェアで自由を手にしたあのPSPのように、SteamOSはハードウェアの壁を取り払ってユーザーに自由を返してくれます。ValveがOSをオープンにし、ASUSのゲーム機でも、LenovoのゲーミングPCでも同じように動く状態を作っているのは、かつてのCFWカルチャーへのリスペクトとさえ感じます。

Valveは目立つことを好まない会社です。ゲイブ・ニューウェルが派手なプレゼンをすることは少なく、大型の発表イベントも限られています。でも毎日、世界中のどこかでSteamが起動されて、ゲームが売れて、Valveに収益が積み上がっています。

上場しない。身売りしない。Linuxに投資する。OSをオープンにする。——この一見バラバラな意思決定の全てが「30年後もゲームプラットフォームの中心にいる」という長期設計から来ていると考えると、非常に筋が通っています。

テックジャイアントの中でもっとも地味で、もっとも静かで、もっとも強い会社。それがValveだと思います。

中学生の僕がPSPのボタンを押した夜から、ずっとその先に続く物語が、ダイニングテーブルのROG Allyの上で動いています。


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