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みんな知らないアイリスオーヤマの正体——問屋を消した会社の勝ち筋

月曜の午前、会社の備品カタログをめくっていました。

総務の僕の仕事には、オフィスの照明やサーキュレーター、収納用品の手配も含まれます。カタログを眺めていて、ふと気づきました。LED照明のページにも、収納ケースのページにも、シュレッダーのページにも、同じ社名が顔を出しています。

アイリスオーヤマ。

その夜、プライムデーの下調べをしていたら、セール会場でもまた会いました。サーキュレーター、炊飯器、除湿機。あまりの守備範囲の広さに、素朴な疑問が浮かびます。この会社は、家電メーカーなのでしょうか。収納ケースの会社なのでしょうか。それとも米を売る会社なのでしょうか。

調べてみると、答えはそのどれでもありませんでした。この記事は、アイリスオーヤマという会社の正体——「問屋を消して、自らが問屋になった」メーカーベンダーの仕組みを、備品を発注する総務職の目線で解剖した記録です。

通説:「大手の隙間を安く埋める、後発の家電メーカー」

「アイリスって、大手の家電を一回り安くしたやつを作る会社でしょう」。

失礼を承知で書くと、僕のアイリス観は長いことこれでした。パナソニックやシャープの売り場の隣で、二回りほど安い値札を下げている後発メーカー。ホームセンターで見かける収納ケースの会社が、いつの間にか家電も始めた——そんな認識です。

実際、この会社の出発点は家電から遠い場所にあります。前身は、プラスチック製品の下請け町工場「大山ブロー工業所」でした(※1)。養殖用ブイや育苗箱、園芸用品からクリア収納ケースへ。そこから家電に参入したのは、会社の歴史から見ればごく最近のことです。

「プラスチックの会社が安い家電も作るようになった」。事実としては間違っていません。でも、この見方はこの会社の一番面白い部分を素通りしています。

転換:アイリスの正体は「メーカー」ではなく「問屋」

核心を先に書きます。

アイリスオーヤマの正体は、製品を作る会社ではなく、問屋を消して、その機能を丸ごと自社に取り込んだ「メーカーベンダー」です(※2)。作っているのは収納ケースや家電に見えて、本当に運営しているのはホームセンターや量販店の「棚」そのものなのです。

普通のメーカーは、問屋に商品を卸したらそこで仕事が一区切りです。棚のどこに置かれ、どれだけ売れ残ったかは、問屋と小売の領分になります。アイリスはこの問屋を通さず、小売と直接取引する道を選びました。公式の社史には、この転換の生々しさが残っています。取引が消える問屋との交渉は穏やかに進まず、「問屋外しは日本の商道徳に反する」と非難され、痛烈な言葉や大量の返品に営業が苦しんだ、と自社で書いているのです(※2)。

それでもこの道を選んだ見返りは、中抜きコストの削減だけではありませんでした。問屋を消した会社には、問屋が独占していた「棚の情報」が直接流れ込むようになります。

棚に社員が通う——月100店の臨店と、欠品率0.4%

会社の出入り業者さんを見ていると、優秀な営業ほど「御用聞き」ではなく「棚の管理人」だと感じます。オフィスの置き菓子やウォーターサーバーの補充担当は、うちの在庫を僕らより正確に把握しています。発注する側としては、これほど楽な相手はいません。

アイリスが小売に対してやったのは、まさにこれの徹底版でした。問屋機能を取り込んだ同社は、営業が月間最低100店以上を訪問する方針を立て、売れ行きや在庫、売り場の乱れを店に代わってチェックし、欠品や発注漏れを防ぐ支援を行いました(※3)。さらに受注から生産・配送までをコンピューターで一元管理する仕組みを整え、多品種に品揃えを広げながら在庫は半月から1ヶ月分に圧縮し、欠品率を0.4%以下に抑えたといいます(※3)。

小売から見れば、アイリスは「商品をひとつ卸す会社」ではなく「棚ごと面倒を見てくれる会社」です。棚を任せれば欠品しない。だから棚が増える。棚が増えれば、現場の情報がさらに集まる。ニトリが「自分の店」を持つことで垂直統合を完成させたのに対し、アイリスは店を一切持たずに、他人の店の棚を実質的に運営することで同じ効果を手に入れました。同じ「中抜き」でも、刃の入れ方が正反対なのが面白いところです。

週に1度、1000点——棚の情報が新商品になる

もうひとつ、この会社の心臓部が、毎週月曜に開かれる新商品開発会議です。経営陣を含む関係者を前に企画をプレゼンし、その場で可否が決まる。各部署が同時並行で走る「伴走方式」もあいまって、年間1000点もの新商品やモデルチェンジ品を送り出しています(※4)。

原資になっているのが、棚から吸い上げた生活者の不満です。創業家の大山健太郎会長は、POSデータからは新しい商品は生まれにくいと考え、現場の情報を起点にした開発会議を重視してきたとされます(※5)。売れた記録ではなく、売り場で拾った「不満」から作る。中身の見えるクリア収納ケースのような「なるほど」商品は、この回路の産物です。

象徴的なのが家電参入の経緯です。東日本大震災のあと、節電需要に応える形でLED照明に本格参入し(※5)、その過程で大手電機メーカーを離れた技術者たちの受け皿にもなりました。大手で稟議に消えていった「とんがったアイデア」が、週次の会議で即断される会社に流れ込んだわけです(※5)。仙台に本社を置く非上場の同族企業という身軽さも、この即断経営を支えています。

経営学者の楠木建氏は、このメーカーベンダーという立場そのものが同社の生命線だと指摘しています。ベンダーとして小売に選ばれ続けなければ、商品の供給経路だけでなくユーザー情報の獲得経路まで絶たれてしまう。だからこそ、生活者視点——同社の言う「ユーザーイン」——から逸脱できない構造になっている、という分析です(※6)。棚は販路であると同時に、経営が緩むことを許さない監視装置でもあるわけです。

生命保険の世界でも、本当に価値のある情報は統計表ではなく、お客様と直接接する現場の「あの一言」だったりします。棚という現場を手放さなかった会社が、結果として商品開発でも勝った。この因果は、業界が違っても腑に落ちるものがあります。

プライムデーで、僕はアイリスをどう見るか

では、買う側としてこの会社とどう付き合うか。僕の基準を正直に書きます。

サーキュレーターや収納ケース、シーリングライトのような「機能が枯れた領域」では、アイリスは有力候補だと考えています。棚の情報から逆算して作られた製品は、過剰な機能を削ぎ、値段に対する納得感が高い。プライムデー(7月10日から本番)ではアイリス製品もセール対象に並ぶのが恒例なので、この領域はまとめて見ておく価値があります。

一方で、弱点も正直に書いておきます。第一に、年間1000点の新商品の裏側は、廃番のスピードです。気に入った商品の後継や消耗部品が数年後も手に入るかは、大手ほどの安心感はありません。第二に、同社が販売する商品の約30%は外部からの仕入れであり(※5)、「アイリスの棚」に並ぶものすべてが自社開発の「なるほど」商品というわけでもない。買う前に、その商品がどちら側かを見極める目は必要だと思います。長く使い倒す一軍家電は大手、割り切りの二軍はアイリス。僕は当面、この使い分けでいくつもりです。

おわりに

翌朝、めくりかけだった備品カタログの続きに戻りました。同じ社名が並ぶページの見え方が、前日までとは少し変わっています。ここに載っているのは「安い後発メーカーの商品」ではなく、どこかの店の棚で拾われた誰かの不満が、週次の会議を通って形になったものたちなのだと。

問屋を消すと非難された会社が、いまでは一番問屋らしい仕事をしている。備品の発注書に判を押しながら、商流の裏側にあるこの逆転劇を、僕はしばらく反芻していました。

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出典

  • ※1 アイリスオーヤマ公式サイト「アイリス物語」——前身の大山ブロー工業所(プラスチック下請け町工場)からの沿革

  • ※2 アイリスオーヤマ公式サイト「アイリス物語 第八話・第十話」——問屋機能を自社に取り込むメーカーベンダーへの業態転換、「問屋外しは日本の商道徳に反する」と非難され大量返品に苦しんだ経緯

  • ※3 アイリスオーヤマ公式サイト「アイリス物語 第九話・第十話」——月間最低100店以上の臨店方針、受注から生産・配送の一元管理、在庫半月〜1ヶ月・欠品率0.4%以下

  • ※4 Wikipedia「アイリスオーヤマ」——毎週の新商品開発会議、伴走方式、年間1000点の新商品、仙台本社・非上場の同族企業

  • ※5 ニュースイッチ(日刊工業新聞)大山晃弘社長インタビューほか——東日本大震災後のLED照明本格参入、販売商品の約30%が外部仕入れ、POSデータより現場情報を重視する開発思想、大手電機メーカー出身技術者の採用(長崎県立大学・江崎康弘氏の論文を併参照)

  • ※6 日立 Executive Foresight Online「楠木建の『EFOビジネスレビュー』戦略芸術〜アイリスオーヤマ〜 その3 メーカーベンダー」(2025年1月)——メーカーベンダーというポジションが「ユーザーイン」を担保する構造の分析


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