Amazonが"真似できない"西松屋の生存戦略
リビングのデスクトップに向かって、僕はその夜、ひたすらカートに商品を放り込んでいました。
短肌着、コンビ肌着、ガーゼ、おむつ、おしりふき。Amazonの検索窓に「新生児 肌着 セット」と打ち込めば、レビュー数の多い順に候補がずらりと並びます。星4.5以上で絞り込み、「定期おトク便」にチェックを入れ、まとめ買いで数パーセント引く。総務職として日々Excelで備品の発注をしている僕にとって、これは呼吸みたいなものです。在庫を切らさず、最安に近い値で、最短で届く。最適化された買い物の快感が、そこにはありました。
その横で、ダイニングテーブルに座った妻が、スマホから顔を上げてこう言いました。
「西松屋で揃えようと思ってるんだけど」
僕は一瞬、固まりました。なぜ、わざわざ店に行くのか。同じものが、いや、もっと安いものが、今この画面の中にあるのに。
でも、その「なぜ」を掘っていくうちに、僕は一つの企業のとんでもなく頭のいい戦略にたどり着くことになります。妻が選んだ西松屋という会社は、僕が当たり前だと思っていた「便利」の、ちょうど反対側に堀を築いて生き残ってきた会社でした。
この記事では、出産準備というごく個人的な場面から、西松屋チェーンという企業がなぜ少子化の時代に増収を続けられるのか、その「逆転の発想」を解剖していきます。ネット全盛のいま、あえて店舗にこだわる人がいる理由も、たぶんこの会社の戦略の中にあります。
なぜ僕は、反射的にAmazonを開くのか
正直に書きます。僕にとって買い物とは、長らく「画面の中で完結するもの」でした。
メインのデスクトップはリビングにあって、27インチのモニターとモバイルモニターの2枚構成です。仕事から帰ってそこに座れば、世界中の商品が指先一つで比較できます。型番を調べ、レビューを読み込み、価格推移のグラフを眺めて「いま買うべきか」を判断する。ガジェット沼に何度もハマってきた人間として、この「調べて・比べて・最安で押さえる」プロセスそのものが好きなのです。
だから出産準備も、当然その延長で考えていました。必要なものをリスト化し、カートに集約し、ボタン一つで家に届ける。重いおむつもかさばるおしりふきも、玄関先まで運んでくれる。車で郊外まで出かけて、駐車場を探して、店内を歩き回って、レジに並んで、それを自分で積み込んで帰ってくる——その手間を、僕はわざわざ買い物に「追加するコスト」だと捉えていました。
LINEで妻が以前、こう送ってきたことがあります。
「赤ちゃん産まれたら色々増えるんだぞ」
増える。確かに、リストはどんどん長くなっていきました。だからこそ僕は、効率的にさばこうとしていたのです。物量が多いなら、なおさらネットでまとめて片付けるべきだ、と。
でも妻の頭の中では、まったく別の計算が走っていました。
妻が「店に行く」と言った、本当の理由
「肌着は、手触りを確かめたいから」
妻はそう言いました。新生児がじかに着るものだから、生地の薄さや縫い目の硬さを、自分の指で確かめたい。サイズ感も、画面の数字だけではわからない。実物を手に取って、たたんで、重ねてみて、初めて「これくらいか」と腑に落ちる。
これは、僕の「レビューを読み込む」とはまったく違う情報の取り方です。僕は他人の言葉を集めて確からしさを積み上げますが、妻は自分の身体で一次情報を取りに行く。初めて母になる人にとって、画面の星の数よりも、自分の手のひらに残る感触のほうが、ずっと信頼できる根拠なのだと、その時わかりました。
そしてもう一つ、妻が口にしたのが「西松屋なら、見て回れるから」という言葉でした。
ここが重要でした。妻は「安いから西松屋」と言ったのではありません。「ゆっくり見て回れるから西松屋」と言ったのです。混んでいて、人をかき分けて、レジに長蛇の列ができる店ではなく、広くて、空いていて、自分のペースで端から端まで眺められる店。妊娠後期の身体で、急かされずに買い物ができる場所。
僕はその時はまだ、それが西松屋の「たまたまの居心地の良さ」だと思っていました。違いました。あの空いた店内は、西松屋が意図して設計した、戦略そのものだったのです。
西松屋の正体①:あえて「繁盛店にしない」というガラガラ戦略
調べていくと、西松屋には「繁盛店をつくらない」という、小売の常識を逆さにした考え方があることがわかりました。※1※2
普通、小売店は一坪あたりの売上を最大化しようとします。商品を所狭しと並べ、客をできるだけ多く詰め込み、回転率を上げる。ところが西松屋は、店舗をあえて広くとり、客が少なく、ゆったり買い物できる状態を意図的に作り出しています。※2 売り場の混雑をなくし、レジ待ちを減らし、通路を広くして、ベビーカーや妊婦でも歩きやすくする。これが俗に「ガラガラ経営」とも呼ばれる設計です。※1
西松屋のメインの客は、多忙な子育て中の母親です。彼女たちにとって最大の価値は「時短」と「ストレスなく買えること」だと、西松屋は見抜いています。※2 子どもを連れて、あるいは大きなお腹を抱えて、混雑した店で揉まれるのは苦痛でしかない。だから「空いていること」そのものを商品にしたのです。妻が「ゆっくり見て回れるから」と言ったあの一言は、西松屋の狙いに、見事に命中していたわけです。
僕がAmazonで提供されていると思っていた「快適さ」——並ばない、急かされない、自分のペースで選べる——を、西松屋はリアル店舗の側で、まったく別の方法で実現していました。これは衝撃でした。ネットの利点だと思っていたものを、店舗で再現してくる会社があるとは。
西松屋の正体②:「畳まない・話しかけない」少人数オペレーション
では、空いた店で利益を出すために、西松屋は何をしているのか。答えは、徹底したコストの削り込みです。総務職として日々コストと向き合う身として、ここは唸らされました。
まず、子ども服を店員がたたみません。商品の多くをハンガーで壁面にかけ、「たたむ」という作業そのものを店舗からなくしています。※2 アパレルの現場で、商品を畳んで整える作業がどれだけ人手と時間を食うかを考えると、これを丸ごと省くインパクトは相当なものです。
次に、店員が客に積極的に話しかけません。来店客へ声をかけるような接客マニュアルを、あえて持たない。※2 過剰な接客をなくすことで、一店舗を回すのに必要な人数を極限まで絞っています。空いている店だからこそ、少ない人数で運営でき、少ない人数で運営できるからこそ、空いていても利益が出る。「ガラガラ」と「少人数」は、コインの裏表だったのです。
さらに、店舗のレイアウトは全店で統一され、本部から一元管理されています。※2 どの店も同じ棚割り、同じ動線。これによって、現場が判断に悩む余地を減らし、運営をマニュアル化・標準化しています。繁盛しなくても利益が出る仕組み——西松屋が築いたのは、まさにこれでした。※1
僕が「車で行く手間」「レジに並ぶ手間」と数えていたものを、西松屋は店舗側のオペレーションから先回りして消していた。客が払うコストも、会社が払うコストも、両方を削る設計になっていたわけです。
西松屋の正体③:標準店舗を「複製」して商圏を面で取る
西松屋のもう一つの強さは、店の作り方にあります。
西松屋は、一店舗を大きく豪華にすることを狙いません。標準化された低コストの店舗を設計し、それを「複製」のように増やしていきます。家賃の安い郊外のロードサイドに、駐車場を併設し、ワンフロアで作業しやすい同じ型の店を展開する。※1※2
しかも出店には規律があります。報じられているところでは、一店あたりの年商がある水準を超えたら、その繁盛分を一店で抱え込まず、隣接する地域に同じ標準店を出す、という考え方を取ってきました。※2 一店に客を集中させて行列を作るのではなく、近くにもう一店建てて、商圏全体を「面」で薄く押さえる。一店一店は静かでも、地域まるごとのシェアを低コストで取りにいく発想です。
これは、僕が会社で備品の調達拠点を考えるときの感覚に近いものがあります。一か所に在庫と機能を集中させると、確かに効率は上がるように見えて、混雑やボトルネックを生む。むしろ標準化した拠点を分散させたほうが、全体としては安く・滑らかに回る。西松屋は、それを子ども服という業態でやり切っている会社でした。
西松屋の正体④:PBで「安さ」と「利益」を両立させる
「安いのに、なぜ潰れないのか」。出産準備をする多くの親が、一度は西松屋に対して抱く疑問だと思います。その答えの大きな部分が、プライベートブランド(PB)です。
西松屋は、自社で企画した独自ブランドの商品の比率を、ここ数年で大きく引き上げてきました。報道ベースでは、売上に占めるPBの割合を2割台から5割近い水準まで高める方針を掲げ、実際にその比重を伸ばしてきています。※3 メーカーの既製品を仕入れて並べるだけでなく、自分たちで企画・調達した商品を売れば、間に乗る利益の取り分が変わります。だから、店頭価格を抑えても、会社にはきちんと利益が残る。
この構造は、僕が以前このnoteで考察したニトリの「SPA(製造小売)」や、無印良品のものづくりと同じ系譜にあります。安さを「我慢」や「品質の妥協」で作るのではなく、流通の構造を自分で握ることで作り出す。西松屋は、ベビー・子ども用品という領域で、この製造小売の論理を貫いている会社でした。
妻が「西松屋で揃える」と言ったとき、その裏では、安さと品質を両立させるためのこうした企業努力が、静かに効いていたのです。
Amazonには真似できない、西松屋の「堀」
ここまで来て、僕はようやく、自分の負けを認めました。
僕がAmazonで買おうとしていたのは、「型番が決まっているもの」でした。おむつ、おしりふき、ミルク。銘柄が決まっていて、重くて、かさばって、定期的に補充するもの。これらは、確かにネットの圧勝です。手で確かめる必要がなく、玄関まで運んでくれる価値が大きい。
一方で、妻が西松屋で買おうとしていたのは、「身体で確かめたいもの」でした。肌着、サイズの変わる衣類、季節物。実物の手触りとサイズ感が判断を左右し、空いた店内をゆっくり歩いて選ぶこと自体に価値があるもの。ここは、画面では決して埋まらない領域です。
西松屋の堀の深さは、まさにこの「ネットの逆」に賭けたところにあります。ネットが「速く・運んでくれる」で勝負するなら、西松屋は「空いていて・触れて・自分のペースで選べる」で勝負する。しかもその快適さを、繁盛店にしない・畳まない・話しかけないという徹底したローコスト運営で、利益を出しながら成立させている。安易にネットへ全面降伏せず、リアル店舗にしか出せない価値を研ぎ澄ました結果が、少子化のなかでも増収を続ける今の西松屋なのだと思います。※1※2
結局、僕と妻のどちらが正しかったのか。答えは「両方」でした。重くて型番の決まったものは僕がAmazonの定期便で押さえ、肌着やサイズ物は妻と一緒に西松屋で選ぶ。ネットと店舗を、商品の性質で使い分ける。これが、我が家の出産準備の結論になりました。
おわりに:カートを閉じて、週末は車で西松屋へ
あの夜、僕はカートに入れていた肌着のセットを、そっと削除しました。代わりに残したのは、おむつとおしりふきの定期便だけです。
そして次の週末、僕は車を出して、妻と一緒に郊外の西松屋へ向かうことにしました。広くて、空いていて、誰にも急かされない店内を、二人で端から端まで歩く。妻が肌着を手に取って、生地を指でこすって、「これにしよう」とつぶやく。その横で僕は、この空間そのものが一つの戦略なのだと思いながら、少しだけ誇らしい気持ちで立っていました。
LINEで妻が、出産準備の話の最後にこう送ってくれたことがあります。
「安心して準備進められるね」
便利さとは、最短で届くことだけではないのかもしれません。妻が安心して、自分の手で確かめながら、一つひとつを選んでいく。その時間を支えてくれる店があること。それもまた、立派な「便利」のかたちでした。Amazonを開く指を一度止めて、店まで足を運んでみて、僕はそれを学びました。
初めて親になる準備は、企業の戦略を学ぶ最高の教科書でもあります。これから出産準備を始める方は、ぜひ一度、西松屋の「空いている店内」を、戦略という視点で眺めてみてください。きっと、ただの安い店には見えなくなるはずです。
関連記事
出典
※1 高知工科大学 卒業論文「逆転の発想『繁盛店にしない』 西松屋の戦略」 https://www.kochi-tech.ac.jp/library/ron/pdf/2017/03/14/a1180471.pdf / J-Net21(中小企業基盤整備機構)「『西松屋チェーン』逆転発想の"ガラガラ店舗"と製造小売業」 https://j-net21.smrj.go.jp/special/sells04/201302281201.html
※2 日経ビジネス電子版「縮小市場でも西松屋が連続増収できるワケ」 https://business.nikkei.com/atcl/report/15/278209/082300153/ / J-Net21(同上)
※3 日本経済新聞「西松屋、PB比率5割に拡大へ 小学校高学年衣料品ぞろえ」(2021/8) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF137HY0T10C21A8000000/
*PB比率の数値は報道時点(2021年)の方針・実績に基づく目安です。最新の比率は変動している可能性があります。
X(旧Twitter)のアカウントはこちら!
良かったらフォローしてくれると嬉しいです😊
フォロワー数が連続投稿122日目で0人→1000人を超えました!毎日更新継続の秘訣を書きました!

noteの毎日更新に挑戦して、挫折した経験がある人
ネタ出しと構成に時間がかかりすぎて、執筆が苦しくなっている人
AIを文章作成に使ってみたものの、「自分の声」が消えて違和感があった人
エンジニアではないけれど、Claude Codeを創作に活かしてみたい人
上記に一つでも当てはまる方がいたら、
なにかヒントが得られるかもしれません
僕のデスクセットアップで”ガチで”買ってよかったものをこちらで紹介しています。よかったら読んでください☺️
記事の誤字脱字の確認と修正に生成AIを使用しています
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!