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みなさんはAppleとGoogleの”箱庭”にいることを意識したことはありますか?

5月31日の夜、ダイニングテーブルの上で、僕は小さなSIMピンを握っていました。

iPhone 16eからトレイを抜き、Google Pixel 10aへ挿し替える。たったそれだけの作業なのに、指先が少しだけ緊張していたのを覚えています。隣でスマホをいじっていた妻が「ほんとに変えるんだ」と笑って、僕も「うん、変えるよ」と笑い返しました。

物理的には、ただSIMが一枚、左から右へ移動しただけです。当時の僕は、これで「閉じた庭から、開かれた世界へ出るんだ」くらいに思っていました。

でも、Pixelで数週間暮らしてみて、その認識はきれいに裏切られました。僕は開かれた世界へ出たわけではなかった。ただ、隣にある別の箱庭へ引っ越しただけだったのです。

この記事は、AppleとGoogleを「どっちが優れているか」で比べる話ではありません。

iPhoneの庭で暮らし、そこを出てPixelの庭で寝起きしてみた人間が、「結局どちらも箱庭だった」と気づき、それでもなお一方を選んだ理由を書いた記録です。


前回は「Googleの都合」の話。今日は「箱庭で暮らした住人」の話をします

少し前に、僕はGoogleがPixelで勝つ気がない理由_考察という記事を書きました。

あれは、ざっくり言えばGoogle側のビジネス構造の話でした。売上の7割超を広告で稼ぐGoogleにとって、Pixelは「理想のAndroidを示すための参照機」にすぎず、何台売れようと本業は揺るぎません。だから勝ち負けではなく、世界中のスマホの上で自社サービスを走らせ続けることが目的なのだ――そんな結論でした。

Google側のビジネス構造の話はこちら

書き終えたあと、僕の中に小さな宿題が残りました。「会社の都合は分かった。じゃあ、毎朝それを握る僕の手のひらには、何が起きるんだ?」という宿題です。

今日はその答え合わせをします。前回が空から街を見下ろした地図の話だったとすれば、今日はその街に実際に住んでみた住人の生活実感の話です。

そして、住んでみて一番こたえたのは、こういうことでした。Appleの庭にも、Googleの庭にも、ちゃんと壁がある。高さと、見えやすさが違うだけで、僕は最初からずっと、誰かの庭の中にいたのです。


Appleの箱庭は「転ばないように、先に手を引いてくれる」

iPhoneを使っていた頃の、ある朝のことです。

AirPodsを耳に入れた瞬間、画面の上にスッとアニメーションが現れて、何も操作しないうちに接続が完了していました。気持ちいい、と素直に思いました。ケースを開ける、耳に入れる、もう繋がっている。僕がやるべきことは、ひとつもありません。

これがAppleの庭の流儀です。ユーザーが転ばないように、Appleが先回りして手を引いてくれる。アプリは審査を通ったものしか入らないし、設定の選択肢はあらかじめ絞られていて、危ない近道には最初から柵が立ててあります。

よく「Appleは壁に囲まれた庭(Walled Garden)だ」と言われます。不自由の象徴のように語られがちな言葉です。でも実際に庭の中で暮らしてみると、あの壁は牢屋の壁ではなく、転落防止のためのよく手入れされた生垣なのだと分かります。中はちゃんと美しいですし、雨も吹き込んできません。

これは、本当に優しい設計です。道具に時間を奪われたくない人、考える前に最良が出てきてほしい人にとって、Appleの「転ばせない庭」は最高の安心になります。

ただ――僕はこの優しさの前で、なぜか少しだけ息が浅くなる人間でした。柵の向こうに何があるのか、自分の足で確かめたくてソワソワしてしまう。その性分の正体は、もう少し後で話します。


Googleの箱庭は「転んでもいいよ、と放っておいてくれる」

Pixelに移って最初の休日、僕はさっそく"やらかし"ました。

興味本位で開発者向けの設定をいじり、ブートローダーのロックを解除して、システムの奥まで手を突っ込んでみたのです。案の定、途中で挙動がおかしくなりました。iPhone時代の僕なら、ここで青ざめていたはずです。けれどPixelは平気でした。Googleが公式に配っている工場出荷イメージ(ファクトリーイメージ)を流し込めば、何事もなかったように元へ戻る。メーカー自身が「分解していいですよ、壊したら元に戻す材料もここに置いておきますね」と言ってくれている。これには静かに感動しました。

これがGoogleの庭の流儀です。遊び方をいちいち指示しない代わりに、転んでも大怪我しないように懐を広くとってある。柵は少なくて、奥のほうまで歩いて行けるし、近道で転んでもいい。転んだ僕を、ちゃんと拾えるだけの土の柔らかさが用意されている。

Appleが「転ばせない庭」なら、Googleは「転んでも平気な庭」です。OSの選択肢は広く、サイドロードもできて、メーカーの想定外の使い方にも、Googleはあまり眉をひそめません。

そして、ここが大事なところなのですが――この「転んでも平気」という感触は、僕の根っこに、思いがけずカチッとハマりました。その話をするために、一度だけ20年前まで時間を巻き戻させてください。


僕がこの「転べる庭」に惹かれる理由は、PSPの頃から決まっていた

中学から高校にかけて、僕はPSPに完全にハマっていました。

理由は、ゲームソフトそのものよりも――カスタムファームウェア(CFW)でした。本来は動かないはずのエミュレーターを入れて、メーカーが想定していない遊び方を、自分の手でこじ開けていく。一歩間違えれば文鎮になる緊張と、それでも柵の外側へ手を伸ばす高揚。あの感覚が、たまらなく好きだったのです。

あのとき火がついた「ハードとソフトを自分でいじり倒したい」という衝動は、20年近く経った今、自作PCやNixOSという形で、僕の生活のど真ん中に居座り続けています。設定をコードで書き、OSを丸ごと自分で組み上げる。あれは間違いなく、PSPでCFWを焼いていた少年の地続きです。

その時のエピソードはこちら

そういう人間にとって、Appleの「転ばせない庭」は、ありがたい反面、どうしても手持ち無沙汰なのです。逆にGoogleの「転んでも平気な庭」は、ブートローダーを解除して中をのぞけるだけで、それだけで僕は嬉しい。SIMを挿し替えたあの夜の緊張は、よく考えれば不安ではなく、PSPの頃と同じ高揚だったのだと思います。

――と、ここまで書くと、いかにもGoogleの庭は自由で素晴らしい、という流れに見えます。でも、正直に言わなければいけないことがあります。


でも、どちらも「箱庭」であることは、何も変わらない

ブートローダーを解除して、ニヤニヤしながらPixelをいじっていた、その夜のことです。

ふと冷静になって気づきました。僕がどれだけ奥まで歩いても、結局そこはAndroidという名のGoogleの庭の中だということに。OSの土台はGoogleが敷いたものですし、初期設定の動線も、規約も、アップデートの可否も、最後はGoogleが握っています。僕がいじれるのは「庭の中の遊び方」であって、庭そのものを自分のものにしたわけではありません。

ここを、僕ははっきり書いておきたいのです。Googleのエコシステムは、Appleに比べればたしかにオープンです。でも、箱庭であることに変わりはありません。違うのは、その庭での遊び方まで指示してくるかどうか。ただ、それだけなのです。

Appleは、転ばないように遊び方まで指示する。Googleは、遊び方は指示しない代わりに、転んでも平気なように懐を広くとる。アプローチは正反対に見えます。けれど一歩引いて眺めれば、両社ともユーザーを自分の庭に囲い込んでいる、という一点ではまったく同じです。柵が高くて見えやすいか、低くて奥にあるか。違いはそこに尽きます。

「Androidは自由だ」と無邪気に言い切れなかったのは、僕がもう一つ、本当の自由を知っている場所を持っていたからでした。


本当の自由は、PCにしかない。スマホに、それはないのです

その夜、Pixelを置いて、僕はリビングの自作デスクトップ(NixOS)の前に座り直しました。

画面には、OSの設定を丸ごと記述したコードが並んでいます。気に入らなければ別のディストリビューションに入れ替えればいいし、GPUもAMDのRadeonを自分で選んで挿しました。土台から遊び方まで、すべて僕が決めている。ここには柵がありません。これが、僕の知っている「本当の自由」です。

そして、だからこそ思い知らされます。真の選択の自由は、PCほどにはスマホには存在しない、という現実を。

「ならスマホもLinuxにすればいい」と思う方もいるかもしれません。実際、Ubuntu TouchやpostmarketOSのように、スマートフォンで動くLinuxディストリビューションは存在します。僕も心が躍ります。けれど――日本国内で、それを日常のメイン端末として使うのは、現実的ではありません

おサイフケータイ(FeliCa)は使えませんし、銀行アプリや決済アプリの多くはまともに動きません。技適や対応バンドの問題、カメラやモデムのドライバの成熟度を考えれば、生活のインフラとして握るには無理があります。改札も、コンビニの支払いも、本人確認も止まってしまう端末を、毎日の相棒にはできません。

つまりスマホの世界では、「本当に自由な庭(=Linux)」のドアは、日本ではまだ実質的に閉じている。残された現実的な選択肢は、Appleの箱庭か、Googleの箱庭か。この二択しか、僕たちの手のひらには用意されていないのです。


だから僕は、「妥協点」としてGoogleを選ぶ

ここまで来て、ようやく僕の結論が、自分でも気持ちよく言葉になります。

僕がPixelを選んだのは、Googleが自由を与えてくれるからではありません。スマホに本当の自由が存在しない以上、せめて柵の低い箱庭に住みたい。ただ、それだけの妥協です。

PCでなら、僕は柵のない世界で生きられます。でもスマホでは、それは叶いません。だったら、遊び方まで指示してくる庭よりも、転んでも平気なように放っておいてくれる庭のほうがいいのです。ブートローダーを解除させてくれて、工場出荷イメージまで配ってくれる、あの懐の広さのほうが、僕の性分には合っています。

これは「勝利宣言」ではなく、現実を見据えたうえでの、納得ずくの妥協点です。Appleが劣っているわけでも、Googleが自由の旗手なわけでもありません。どちらも箱庭。その中で、自分が一番呼吸しやすい庭を選んだ――僕にとってGoogleは、そういう"いちばんマシな囲い"なのです。

ちなみに、僕がいまだに手放していないApple製品がひとつだけあります。AirPods 4です。LinuxでもAndroidでも、これだけは機能を引き出して毎日使っています。Appleの庭から苗を一本だけ持ち出して、Googleの庭に植え替えて使う。エコシステムを宗教にせず、いいとこ取りでつまみ食いする。これもまた、箱庭を箱庭と割り切ったうえでの、僕なりの妥協のかたちなのだと思います。


でも、妻はAppleの箱庭がいい。それで、いいのです

この記事を書きながら、僕はずっと隣にいる一人を思い浮かべていました。妻です。

以前、妻が「iPhone以外には変えない」という本当の理由から見えた、Appleの真の強さという記事に書いたとおり、僕はPixelに移っておきながら、妻にだけはiPhoneを勧め続けています。矛盾しているようで、「どちらも箱庭」という補助線を引くと、自分でもようやく筋が通りました。

妻は、転ばせない庭が合う人です。「遊び方はこちらで決めておきました、危ない近道には柵を立てておきました」というAppleの優しさが、彼女の毎日にはちょうどいい。何かあっても「とりあえずiPhoneにしておけば大丈夫」という安心がある。それは弱さではなく、自分の時間を道具いじりに使わないという、立派なひとつの選択です。

僕は、転んでもいいから自分でハンドルを握りたい人間。妻は、転ばないように任せたい人間。同じ家の、同じダイニングテーブルの上で、二つの箱庭が毎晩仲良く並んでいます。どちらの庭が偉いという話ではありません。自分がどちらの庭で呼吸しやすいかを知っていること。それだけが、たぶん大事なのだと思います。


向いてる人・向いてない人

数週間、両方の箱庭で暮らしてみた僕なりの整理です。

Appleの箱庭(=転ばせない庭)が向いている人

  • 道具の設定に時間を使いたくない。すぐ完璧に動いてほしい

  • 家族や周囲もApple製で、繋がる気持ちよさを最大化したい

  • 「とりあえずこれにしておけば安心」という拠り所がほしい

  • 自由より、転ばない安心のほうが価値が高いと感じる

Googleの箱庭(=転んでも平気な庭)が向いている人

  • WindowsでもLinuxでもAndroidでも、デバイスを横断して使う

  • メーカーの「正解」より、自分の組み合わせを試したい

  • 多少の不便や、自分でいじる手間は、自由の代償として許せる

  • 「本当はもっと自由がいいけど、スマホならここが妥協点」と割り切れる

どちらに丸が多くても、優劣ではありません。どちらも箱庭だと知ったうえで、自分が住む庭を選ぶ。この記事で持って帰ってほしいのは、それくらいシンプルな話です。


おわりに

SIMを挿し替えたあの夜、僕は「開かれた世界へ出る」つもりでいました。でも本当に手に入れたのは、自由そのものではなく、「自分はどの箱庭でなら呼吸しやすいのか」という自己理解でした。

スマホに、PCのような本当の自由はありません。それを嘆くより、限られた二つの庭のうち、転んでも平気なほうを選んで、その中で精いっぱい遊び倒す。僕はこれからも、低い柵を乗り越えてはニヤニヤしながら、自分の妥協点を楽しんでいきます。そして隣で、妻が涼しい顔でiPhoneを使っているのを、きっと笑って眺めているのでしょう。

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