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医療とは、理路整然とした科学と、心溢れる情熱の融合である

宮崎県国保地域医療学会が開催されました。
主催は、宮崎県国保診療施設協議会と国保連合会です。

学会長をされたのが、高千穂町国民健康保険病院の佐藤院長でした。

研究発表は全部で29件。
我が椎葉村国民健康保険病院からも2件ありました。

特別講演をされたのが、西臼杵医療センターのセンター長の寺尾公成先生です。

演題は、「レジリエントな『西臼杵医療』を目指して~疾風の如く、牛歩の如く~」です。

この講演を聴いて感銘を受けましたので、ご紹介させていただきます。

寺尾先生の前職は、県立延岡病院の院長です。

1年半前に、退職して三病院が統合された西臼杵医療センターのセンター長に就任されています。

寺尾先生は、北郷村の宇納間にある北郷小学校や門川町の門川小学校で育ちました。

中高は、宮崎市内の日向学院に通い、一年間の予備校生活を経て、熊本大学医学部に入学しました。

大学時代はバレー部で、私と同じです。

卒業後は、産婦人科の道を歩み、大学院で組織学を勉強して、平成元年から県立延岡病院に勤務します。

当初は短期間の予定だったのですが、なんと35年間も勤務することになりました。

令和元年から5年間、県立延岡病院の院長を務めました。

令和6年4月から西臼杵医療センターが発足します。

高千穂町、日之影町、五ヶ瀬町のそれぞれに国民健康保険病院がありましたが、統合されました。

当時、高千穂保健所長だった私は、「全国にも類を見ない公立三病院の統合の成否は、センター長の人選で決まる!」と確信しておりました。

できれば、寺尾先生のような科学と情熱の融合(インテグレーション)のような医師にきてもらえれば、と祈っておりました。

寺尾先生が来る!、と新聞で知ったときには狂喜乱舞しました。

藤子不二雄さんの漫画「魔太郎が来る!」を思い出しました。

名文句「コノウラミ、ハラサデオクベキカ」があります。

関係はありませんが……。

寺尾先生の講演

さて、西臼杵郡の人口は、1955年のピーク時には、高千穂、日之影、五ヶ瀬の3町で5.5万人いました。

現在は1.6万人。

2040年には、1万人を切ると予測されております。

設された西臼杵医療センターのセンター長に与えられたミッションは、「経営統合」と「機能再編」でした。

高千穂、日之影、五ヶ瀬の三つの病院があるので、寺尾先生は、三つの頭を持つ怪獣「キングギドラ」となってゴジラと対峙することを決意したそうです。

高千穂病院120床、日之影病院50床、五ヶ瀬病院50床の、医療連携と人材確保は、極めて難しいミッションです。

医療連携については、
高千穂病院が急性期、
日之影病院が回復期と慢性期、
五ヶ瀬病院が介護、
の役割を持つというイメージです。

3つの病院を横串にする会議体をつくりました。

薬剤部、放射線部、検査部、栄養部、リハビリ部、臨床工学部ごとに6種類の会議体ができました。

さらに、感染対策、医療安全、医療連携、医療情報の4つの病院機能ごとに会議体をつくりました。

事務長会議、看護部長会議、執行部会議も結成します。

執行部会議の構成は、センター長の寺尾先生と局長、3病院長、3事務長、3看護部長です。

寺尾先生は、3町長会議、西臼杵郡一部事務組合の議会、3町の町議会にも出席して議員に説明をしました。

関連病院として、県立延岡病院、宮崎大学附属病院、熊本大学附属病院に積極的に顔を出して、医師派遣や患者の受け入れなどをお願いしました。

西臼杵郡には特別養護老人ホームなどの福祉施設が19施設あり、全ての施設を訪問して、医療に対する要望を聞きました。

消防との連携を見直します。

消防所の救急救命士の実習は、これまで高千穂病院が人手不足だったので、受け入れをしておりませんでしたが、積極的に受け入れることにしました。

西臼杵救急ワークステーションを開設します。

英語名は、Nishiusuki Emergency Work Station。略称「 NEWS

NEWSは、北西東南の意味もあります。

まるで長渕剛さんの名曲「ひまわり」のようです。

もしも私が風ならば
真夏の空へひまわりを咲かせたい

もしも私が土ならば
真夏の大地であの風を待ちたい

見上げる空にはひまわりが咲き
ひまわりはやがて土に抱かれ眠る

北へ南へ東へ西へ
たどり着くまでに太陽が笑う


毎週月曜日は、消防署の救急救命士は高千穂病院で勤務して血管確保や病棟ナーシングを勉強する日です。

その間に、救急要請があれば、病院に停めてある救急車に乗って現場に駆けつけて、高千穂病院に運びます。

看護師間の連携も進めました。

3病院の看護部長会議を開催し、寺尾先生は出席しました。

3病院間の看護師の人事異動も開始しています。

さらに、西臼杵医療センターと県立延岡病院との看護師の相互派遣交流も実施しています。

透析看護など、顔が見える関係を構築するのが目的で、相互交流者のモチベーションのアップにもつながります。

県立看護大学や看護師の養成学校への病院説明会には必ず参加しました。

看護学校での講義を積極的に引き受けて、その中で西臼杵医療センターの説明を行っています。

病院実習も誘致しています。

看護師養成施設に出向いて直接学生への説明を行う、学生の病院見学を積極的に受け入れを行い、看護学生の実習も誘致し、修学資金の提供を行うという4つのステップを展開しています。

キャッチフレーズは、
「いざ来たれ、西臼杵医療センターへ!」

地域医療の進化を目指して、➀救急医療、②診療体制、③介護連携、の3つの取り組みを行っています。

➀の救急医療は大事です。

宮崎県の南海トラフ地震が起こったら、県北の延岡市や日向市の海辺にある病院機能は無くなるかもしれない。

そのときは、西臼杵郡における医療体制が重要な役割を果たす!

救急医療プロジェクトチーム「KAGURA」を発足させました

神楽の舞手は、夜から朝にかけて、夜通し舞います。

救急と同じ。

救急車の運行状況を調べたら、高千穂病院が一番多く、日之影病院と五ヶ瀬病院は同じくらい。

過去のデータに基づき、共通指針をつくります。

救急患者は、原則、高千穂病院に搬送する。
かかりつけ医のいる患者は、かかりつけ医のいる病院に搬送する。

西臼杵の救急医療は、ほとんどが高齢者。
しかも福祉施設の入所者が多い。

疾患はほぼ決まっている。

脳血管疾患、心不全、誤飲性肺炎、尿路感染症、大腿骨骨折の5つ。

高齢者救急は、3次救急病院に搬送せずに、地元の2次救急の病院で対応して欲しいと、宮崎大学医学部の救急科の落合教授も言っています。

今後の地域医療は、救急診療と総合診療が大事。

宮崎県の地域枠の医師のキャリア形成プログラムで養成したい!

県立延岡病院と組んで、医学生、研修医、専攻医を養成するフィールドにする。

介護連携も進化させていく。

在宅、訪問診療の外、介護福祉士説との連携、Dxの活用をやる。

医療と介護の連携を目指した会議を行う。病院施設関係者だけでなく行政も入って貰う。

救急は病院の入り口であり、診療体制は病院の中核、介護連携は病院の出口だ。

シームレス化して、流れて行くことが大事。

勉強会も積極的に行う。 

奇数月に勉強会を開催している。

これまで、県内から講師を招いて、医療、看護、労務、経営、介護の順番で勉強会を実施してきた。

西臼杵医療センターのロゴマークは、しめ縄とアマテラスである。

3町が連携し、八百万神の聖地にふさわしいシンボルマークである。

神話の故郷で、時には疾風の如く、時には牛歩の如くやっていきたい。

ナイチンゲールは、看護をやっていたのはわずか2年間。それ以外は、統計学者、医療衛生、病院経営の仕事をやってきた。

90歳まで生きて、「犠牲なき献身こそが真の奉仕である」と言った。

看護師の交替制勤務は、まさにこのことだ。
ひとりが犠牲的に仕事をしてはいけない!

「極医尊人」

それぞれの医を極め、人を尊ぶ。

サイエンスが大事。対象は人である。

医療とは、理路整然とした科学と、心溢れる情熱の融合である。

持っているのは、「推しの子」です

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