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子の居場所をつくる働き方もあり?森とか発酵食品とかきのことか〜50歳からの挑戦、のような

仕事、辞める!
と息まいた記事をついこの間、書いた。

その後、少し冷静になると、今度は未練が頭をもたげてくる。
日常業務を行いながら思う。

こんなにさくさく打ち込めるようになったのになぁ。
取引先とのあうんの呼吸とそれを現場に伝えるこのスムースさは、7年の賜物だよねぇ。
こんな曖昧な指示を理解するのは、新人さんには難しいだろうなぁ。

それよりなにより、誰か後継で入ってくれたとて、これ全部教えるの嫌だなぁ。

とか。

でもまた「まてまてまて。辞めないと」。

あやうくいつもの堂々巡りが始まるところだった。


昨日は通信制高校に在籍する長男の、卒業に向けての最後から数回の登校日で、ふたりで出かけてきた。

3年なのにまだ通学するのは、長男の、社会不安障害をはじめとした特性を理解し、特別に配慮してくれたゆえだ。
丁寧に見ていただいて、本当にありがたい3年間だった。

小2から不登校で過ごし、中学を卒業するときに初めて外の世界に行こうと自ら言い出すことができた長男の、この3年というのは何にも代えがたい貴重な時間だったと思う。

この3年で何がかわったかとは、とても書ききれるものではない。

いま長男は卒業するにあたって、人生どうしようかしらと少し途方に暮れているようにも見える。

「さて、働くということについて、ちょっと話しながら行こうか」と、私は声をかけた。

「え、働かなくてもいいかなと思ってるけど」
と長男。

「まあ、進学する人はしばらくまだ働かずに勉強を続けるので、長男も、すぐに働かないで少し見聞を広める数年間にしてもいいかもしれないね」

もしも長男の社会不安障害や対人恐怖のようなものが「働く」のに害をなし、どこでも働けない場合、自閉症スペクトラムとの診断を受けている長男は、発達障害を理由に障害者基礎年金を申請する方法もなくはない。

でも、どこかしら長男が働ける場はあるようにも思う。その場合、障害者基礎年金というのは最後の拠り所として取っておいたほうがよいのではないだろうか。

そんなことを少し話した。

そのとき、先日夫の夢について書いた記事が急に頭に浮かんできた。
同時に、私が6月に辞めるつもりでいたことも。

夫の夢の記事はこれ。

いわく、

馬車道を復活させて、馬と人のかかわりを増やしたい
里山を整えたい
チーズや漬物の発酵食品づくり、キノコ栽培をやりたい

「あのさ、森は興味ない?」
唐突に長男に聞く。

おととし、集落が所有している山の整備活動に、私は一度だけ参加したことがあった。

ふだんは夫がこの活動に参加していて、その日は用事があったので私に行くように頼んできたのだ。

軍手と片手で使えるのこぎりを手に、集落の先輩方と一緒に山に入った。
森の匂いを嗅ぎつつ、少し歩くと倒木があり、チェーンソーで切って片付ける。
また少し行くと道を塞ぐように大きな木が倒れている。また切る。

ふかふかの地面
森の香り!
倒木は、小さく切る

上を見上げると、樹齢50年以上の杉が天に向かってそびえ立ち、すき間から青空が見えた。

低木をノコギリで下払い。
森が息をしやすいように。
いろいろな植物や微生物が育っていくように。

時々空を見上げて休憩して、山椒のいい匂いに癒されて。

巨大なマイマイを眺め、クマが爪研ぎをした木を眺めて恐れ、小さなせせらぎで手を冷やした。

山椒
巨大なマイマイ
クマが爪を研いでボロボロになった木
クマの爪あと!
サラサラ水が流れるせせらぎ

「50年前に植林した頃は、この杉を売ってみんなでハワイ行こうって盛り上がったんだけどねぇ」、と大先輩は苦笑いしていた。

午前中だけで抜けたのに、心地よい疲れはしばらく抜けなかった。でもそのとき、若者がこれを継承していかないと、と漠然と考えていた。

この森の活動ならば、長男もできるのではないだろうか?

これに私が参加した2年前は、ヒョロヒョロで顔は白かった長男には、とても山の仕事ができる感じがしなかったけど、最近は肩にも肉がつき、背も伸び細身ながらほんのりがっしりしてきた。

「まずはこういうのやってみない?」と長男に尋ねる。「誰とも話さなくてもいいんだよ」
すると、近所のあのおじさんおばさんの顔を思い浮かべたのか、長男は「それならできる、かもしれない」と言う。

なんだか私も盛り上がってきて「きのこ栽培とかさ、お父さんやりたいと言っていたじゃない。そういうのはどうだろう?」と聞くと、それも悪くない表情。

あんなに他人事として夫の話を聞いていたのに、なんだか私がワクワクしてきている。

夫の夢、
私の退職、
長男の卒業、
農業法人での経験、
夫の好奇心と森林に関わる仕事。

いろいろなことが、点と点で結ばれているような、そんな興奮もあった。

長男が山仕事参加するなら私も行くから、と付け加えた。

私が仕事を辞めて長男とキノコのあれこれを話し合ったり、発酵食品の研究をする姿まで、急に具体的に目に浮かんできた。

「私が仕事辞めたら、一緒に考えてみない?」と言うと、長男もワクワクした顔になっている。

学校に到着して長男が担任の先生と話している間に、さっそく夫にLINE。

「いいね!雑穀発酵せんべい、略してザッハせんべいもふたりで研究してくれ」と返ってきた。夫はなんでももじって命名する。

東京の入谷に住んでいた時は「入谷望久堂」(いりやぼうくどう)を考えていた。仏語のIl'y a beaucoup(たくさんあるの意)と入谷をかけている。

基。

そうなると、キノコ栽培している農家さんに研修にも行きたいなぁとか、私もいまの仕事を辞めたあとの絵も描き始めた。

現在不登校で家にいる小2三男も、森のこととかキノコとのこと、発酵食品の研究は一緒にできるかもしれない。

懸念の資金も少し目星はついていて、意外と現実的でもあるような気もする。

子どもが外に働きに行くことを考えるのではなくて、子どもが居場所にもなる働き場を作ってしまう、そんな構想もいいのではないだろうか?

はっきり言えばお金にはならないだろう。でも働くって、お金を稼ぐためだけではないのではないんじゃないかな。

本来はね。



50歳からの新たな出発。
どこまでできるのだろうか?
本当にできるのだろうか?

なぜかいまは、できるような気しかしない。

まずは6月までいまの仕事を精一杯やろう。
もし後継者が見つからず、辞めることが難しかったら在宅でできる仕事だけにしてもらおう。

働くことを、もう少し自由に考えていってみよう。


課題を終えたあと、長男の学校の「特別活動」として、学校の周辺1キロ四方のごみ拾いをやることにした。
ふたりでいろいろなことを話しながらごみを拾った。ふたりの時間は、悪くなかった。

帰宅したら長男は書店に行って「工場」(小山田浩子著/新潮社)を手に入れてきて、読んでは内容や文章の技法について語ってくれた。

書くことも描くことも読むことも好きで、それ以外は考えない長男だったけれど、すこうし別の場所にも行けそうな、そんな少しの期待で心が躍っているように、夜はいつもより饒舌であった。


上で紹介した夫の夢の記事に「願えば叶う。書けば叶う。」と書いた私の言葉に対して、アロマミントさんからコメントをもらった。
興味深かったのでこちらでもシェア。

向かえば進める。
書いたら忘れる。

というのが推進力のからくりじゃないかな?と思ってます。

願うというほど他力本願ではなく、向きを定める(ロックオンする)ことで、心身がソレ実現につながる小さなサインをキャッチできるようになる、そうすると自力を超えたような力が味方したりする。

「夢を追い続ける夫の場合」
に対するアロマミントさんのコメント

「向きを定めることで、心身が小さなサインをキャッチできるようになる」
なるほど、たしかにそういうことかもしれないと思った。


長男の話はこちらにも。


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