母になって得た宝物|喜怒哀楽が育ててくれた自己肯定感
母になってから、私は自分の中にこんなにも激しい感情があったのかと驚きました。
「喜ぶ」「怒る」「哀しい」「楽しい」
この喜怒哀楽の振れ幅は、母であるからこそ与えてもらった、かけがえのない宝物です。
子育てをしていると、つい「怒り」や「自己嫌悪」のネガティブな感情ばかりに目がいってしまうこともあります。
でも、実は、母としての日常には、たくさんの「喜び」「哀しみ」「楽しみ」もある。
そして、その感情のすべてが、私の子育てを支えてくれています。
今日は、私が母として経験してきた“喜怒哀楽”についてお話しします。
この記事は「『私でいいんだ』を取り戻す|母の自己肯定感」シリーズ第4話です。
▼前回は、こちら
日常の小さな「喜び」が、私を支えてくれる
「喜び」というと、大きな出来事を想像しがちです。
例えば、
大学に合格した。
大会で優勝した。
成績がオール5だった。
もちろん、これらも「喜び」ではあります。
でも、子育てでの喜びはもっと身近にあるような気がしています。
バカみたいな話をして子どもと一緒に笑う。
たくさん話をしながらごはんを食べる。
「おやすみ」と言って眠りにつく。
そんな日常のひとコマこそ、私にとってはかけがえのない喜びなのです。
たとえば今日、夜ごはんを食べながら、次女と長男がこんなやりとりをしていました。
次女がビートルズの「イエロー・サブマリン」を歌い出すと、長男がボイスパーカッションをかぶせてきて…。
次女「そのボイパ、やめて。私が気持ちよく歌えなくなる」
長男「そんなことないよ。上手に合わせてると思うよ」
次女「私が歌っているのに、ボイパが主役になっちゃうんだよ」
長男「一緒にやりたいけど…じゃあ今度から気をつける」
一見どうでもいい、くだらない会話ですよね。
でもそのやりとりを眺めているだけで、
「子どもっておもしろいな。平和だな」
と、じんわり喜びを感じました。
こういう何気ない一場面が、私にとっての“特別な喜び”なのです。
日常の小さな積み重ねこそが、母である私を支えてくれているのだと思います。
報われない努力を見て流した「哀しみ」
哀しみは、子どもの努力が報われなかったときに訪れます。
我が家の子どもたちは、特別な才能があるわけではありません。
だからこそ、毎日楽しく継続できるように環境を整え、子どもたちもそれに応えて努力してきました。
その頑張りを近くで見ているからこそ、結果につながらないと、胸が締めつけられるように哀しくなるのです。
それは「悔しい」のではなく、
「こんなにがんばってきたのに、なんで報われないの?」
という哀しみでした。
この気持ちを感じたのは、長女が高校受験に失敗したとき。
「この1年、あんなに努力したのに、なんで受からないの?」
って、とても哀しくなりました。
でも、冷静に振り返ってみれば、確かに改善すべきことはありました。
受験は、学校の勉強と受験勉強という“二本柱”をバランスよく立てなければ戦えない。
その気づきは、この失敗から得た大きな成果でした。
そして長女はその経験をバネに、高校生活ではしっかり二本柱を築き、見事第一志望の大学に合格しました。
私は学びました。
「哀しみ」は、次にジャンプするための大きな屈伸なのだと。
屈伸があるからこそ、次は高く飛べる。
哀しみは、子どもが挑戦を続けるために欠かせない、大切な感情なのです。
子どもを観察するという「楽しみ」
子どもと過ごす日々は、観察するだけでも楽しみが尽きません。
本当に、こんなに観察しがいのある生物はいない、と心から思います(笑)
私はもともと、人間観察が好きです。
電車に乗れば、
「なんでこの人はこんな反応をするんだろう?」
と考えながら、勝手にその人の心を想像して楽しんでいました。
この観察癖は、ライターという仕事ととても相性がよかったと思います。
ライターは、読み手の心を想像しながら文章を書く仕事。
だから、子どもの心を想像することは、私にとって最高の“練習”でもあるのです。
この子は今、何を考えているんだろう?
どんな選択をするんだろう?
うまくいかなかったとき、どうやって心に折り合いをつけるんだろう?
その姿を隣で見守れるのは、母親に与えられた特権のように思います。
時間はかかるけれど、少しずつ成長していく子どもの姿を観察できること。
それは、私にとってかけがえのない「楽しみ」であり、母としての大きな喜びでもあります。
「怒り」もまた、愛のかたち
最後に、“怒り”についても少しだけ。
「怒り」はマイナスの感情として語られることが多いですが、私はそうは思いません。
「喜び」「哀しみ」「楽しみ」があるからこそ、「怒り」も生まれる。
大切だからこそ、思いどおりにいかないと悔しくて、つい強い言葉になってしまう。
そこには、子どもを想う気持ちが隠れているのだと思います。
だから私は、「怒り」も含めて子育ての一部だと考えています。
喜怒哀楽、全部そろってこそ、母としての日々が豊かになる。
そう思えるようになってから、私は感情のすべてを宝物のように感じています。
母だって人間です。
だから、たまには怒ってしまってもいい。
それでも大丈夫なんだと、私は思うのです。
最後に
子育てをしていると、つい「怒り」にばかり目がいきがちです。
でも本当は、「喜び」「哀しみ」「楽しみ」だって、同じくらい私たちを支えてくれる大切な感情。
もし今、あなたが「また怒っちゃった」と落ち込んでいるなら、どうか思い出してください。
怒りも、喜怒哀楽のひとつ。
そしてその全部が、母であるあなたにしか味わえない宝物なのだと。
この記事は第2章『私でいいんだ』を取り戻す|母の自己肯定感シリーズの第4話でした。
▶次回、第5話は こちら
▶第1話は こちら
興味のある記事を探しやすく、まとめています。
▼このシリーズの全体像はこちら
★こちらのシリーズもお読みいただけると嬉しいです★
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
またお越しいただけたら、嬉しいです。
