そして私はますます奔放な人間に成り果てる
妻などは私のこういう所をあまり好ましく思っていない節がある様で、古くからある慣習慣例、しきたりといったことに、自分はどうも頓着しない傾向がある様だ。
それは私自身も自覚していて、そういった物事を決して軽視してるわけではなく、物事に束縛されるのが苦手な元来の性分のせいだと思っている。
要は面倒くさがり、ダメな大人なのだ。
何かある時はそういう物を交えながら考え暮らすそれが健全な人の在り方なのだろう。
そんな私に、一筋の光明が射す。
先日出向いたとある霊園の、その入口の掲示板に筆書きでこんな言葉が書かれた紙が貼ってあった。
大安に出会っても別れるし
仏滅だろうと子供は生まれる
日の吉凶なんてそんなもの
吉凶、仏滅や大安などを表すこういうのを六曜というらしい。これも然り、私にとっては不自由さを感じる物のひとつであったが、この言葉は
「そういうのもあまり気にしなくて良いよ」と説いてくれている様に思える。
このおおらかさ、フリーダムな感じがとても気に入ってしまった。思わずカメラで収めた画像が冒頭のものだ。
私の拙い知識では、こういった暦注と呼ばれるものは仏教に関わる事柄と認識してるのだけども、こんな言葉を公にする霊園、墓地といった場所がどこまで仏教と関わりがあるのかよく分からない。
なので、その場所でこんな言葉を目にした時は少し意外な感じもしたのだけど、そんな事はどうでもいい。
心も身体も身軽でいたいと常々思っている私などにはとても優しく感じられたのだ。
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地震、大丈夫ですか ほっとひと息しましょう
