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【書籍】ビジネスにおける「徳」の積み方とは?孤立を防ぎエンゲージメントを高める職場づくりー田口佳史氏の視点からの考察

 『1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書』(致知出版社、2025年)のp264「8月15日:運を強くするにはどうしたらよいか(田口佳史 東洋思想研究家)」を取り上げたいと思います。

東洋思想が教える「孤立」を防ぐ知恵

 かつての寺子屋や家庭では、子供たちに対して世間が「自分と他人」で成り立っていることを繰り返し問いかけていたそうです。自分という存在は一人しかおらず、自分中心の考え方に陥ってしまうと、周囲から孤立してしまうという真理を教えるためでした。
 人間は誰しも、自分勝手で我がままな人間を敬遠する傾向があります。そのような生き方を続けていると、周囲から相手にされなくなり、最終的には孤独な状況に追い込まれてしまいます。こうした寂しい孤立を防ぎ、周囲と良好な関係を結ぶために先人たちが大切にしていたのが、「徳」という概念でした。

「徳」の本質と感謝の人間関係

 「徳」という言葉は一見すると抽象的で捉えどころのないものに感じられますが、これを「自己の最善を他者に尽くしきること」と明確に定義しています。この場合の他者とは、目の前にいる人間だけを指すのではありません。自分が向き合っている仕事や勉強、日々の習い事など、人生におけるあらゆる対象が含まれます。
 自分が最善を尽くし、相手から「ありがとう」という言葉が返ってくるような関係性こそが、最も崇高で清らかな「感謝の人間関係」となります。真心を持って他者に尽くしていれば、自分が苦しい状況に陥ったときに、今度は周囲の誰かが自然と手を差し伸べてくれるようになります。

「人間関係には利害関係とか上下関係とかいろいろあるけれど、一番崇すう高こうで清らかなのがこの感謝の人間関係なんだよ」
 そう述べた上で、自分に真心を尽くしてくれた人が病気になったり、苦しんだりしていた場合、助けてあげたくなるのが人間の持つ本性、つまり「徳」であることを伝えるのです。もし一日に一人と「感謝の人間関係」が築けたら一年で三百六十五人、十年経てば三千六百五十人との素晴らしい関係が生まれる。苦しい時にはその誰かが手を差し伸べてくれる。そういう話をすると子どもたちは皆、胸を弾ませながら耳を傾けてくれました。

『1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書』(致知出版社、2025年)のp264より引用

ビジネスにおける「徳」と企業の勢い

 この徳の考え方は、現代の職場や企業経営においても全く同じように当てはまるものです。田口氏がかつて「経営の神様」と称される松下幸之助氏に経営者の条件を尋ねた際、松下氏は「運が強いこと」であり、その運を強くするためには「徳を積むこと」が必要であると答えました。古典を紐解くと、徳という言葉には「いきおい」という読み仮名が振られていることがあります。社内での信頼関係はもちろんのこと、取引先や顧客との間で「感謝の人間関係」が幾重にも構築されていけば、そこには自然と組織としての勢いが生まれます。その勢いこそが、企業を自然な発展へと導く原動力になるというのです。

組織に「感謝の人間関係」を育むためのアプローチ

 組織の基盤を整える立場からこのお話を捉え直したとき、メンバー一人ひとりが日々の業務や周囲の仲間に最善を尽くせるような環境をいかに整えるか、という点が重要なテーマになりそうです。現代のビジネスシーンでは、個人のスキル向上や目先の業績達成に意識が向きがちですが、組織としての持続的な強さを生み出すのは、やはり人と人とのつながりの質にあります。お互いに成果を認め合い、自然と「ありがとう」と言い合える文化が根づいていれば、職場内の心理的安全性は高まり、結果としてエンゲージメントの向上にもつながるのではないでしょうか。

 具体的な手として考えられるのは、日常の小さな貢献や感謝を形にする仕組みの導入です。例えば、ピアボーナスやサンクスカードのようなツールを活用し、普段は見えにくい裏方のサポートや真摯な仕事ぶりに対して、感謝を伝え合う習慣をデザインすることが挙げられます。制度として強制するのではなく、お互いの最善を認め合う心地よさを体感できるような仕掛けにしたいところです。こうした小さな感謝の積み重ねが、社内に「孤立する人」を作らないセーフティネットとしても機能し、結果として組織全体の結束力を高めることにつながるいえるでしょう。

利害関係を超えたチームワークと「徳」の醸成

 仕事を進める上では、どうしても評価や役割、部署間の利害関係といった枠組みがついて回ります。しかし、そうした形式的な関係性だけで動く組織は、変化や危機に対して脆い側面があります。東洋思想が説くように、最も清らかな「感謝の人間関係」を職場に育むためには、まず役職や上下関係の壁を心理的に低くしていく試みが有効かもしれません。上司が部下に対して一方的に指示を出すだけでなく、部下が発揮してくれた最善の努力に対して、一人の人間として心からの謝意を伝える文化が理想的です。

 このような風土を醸成するためには、管理職向けの研修において、マネジメントのテクニックだけでなく「周囲に最善を尽くし、感謝の連鎖を生み出す姿勢」の重要性を共有することも一手です。リーダーが自ら周囲に対して徳を積むような姿勢を示すことで、その影響はチーム全体へと伝播していきます。お互いが私利私欲のためではなく、チームや顧客という「他者」のために最善を尽くし合える状態が作れれば、組織のエンゲージメントは自然と高まり、困難な状況でもお互いを支え合える強固なチームワークが生まれると考えられます。

企業の「勢い」を生み出すエンゲージメント施策

 松下氏が語った「徳とは勢いである」という言葉は、現代の組織運営においても非常に示唆に富んでいます。企業が新しい挑戦をするときや、困難を乗り越えようとするとき、組織全体にみなぎる勢いは不可欠な要素です。その勢いの源泉は、社内だけでなく、顧客や取引先といった全てのステークホルダーとの間に築かれた信頼関係にほかなりません。日頃から誠実な姿勢で周囲に尽くし、感謝される仕事を積み重ねている企業には、自然と応援してくれるファンが増え、それがビジネスの追い風となっていくのではないでしょうか。

 組織をサポートする立場としては、単に労務管理や人員配置を行うだけでなく、企業全体が外に向けても内に向けても「徳を積む」ことができるような、理念の浸透や行動指針の体現を後押ししたいところです。自社のパーパスやバリューの中に「他者への貢献」や「誠実さ」を組み込み、それを体現している社員を積極的に表彰したり、好事例として社内に共有したりすることは、組織のベクトルを揃える上で有効なアプローチといえます。一人ひとりの「最善を尽くす」行動が評価され、感謝の環が広がることで、会社全体に持続的な勢いと強い運気がもたらされるのではないかと考えられます。


致知出版社が 50年近く探究してきた「人間学(=人間性を高める学び)」をテーマに、365人のプロフェッショナルの強烈な体験談から、 時代、業種、年齢、立場を越えて通底する「仕事と人生の法則」、「幸福に生きるためのヒント」を結晶化させた、全世代に贈る教科書です。
(=致知出版社の紹介から引用)

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