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「擬態」から「変態」へ:シン・日本流経営と味の素のV字回復に学ぶ組織進化論ーAoba-BBT経営人材育成サミット2025:名和高司氏、中村茂雄氏、柴田巌氏

 Aoba-BBTの「次世代経営人材育成サミット2025」。10月15日に「シン日本流。経営と育成の原点を今、問い直す。~自社の核を起点に描く、次世代経営人材育成~」というテーマで開催されました。登壇者は名和高司氏(一橋ビジネススクール客員教授)、中村茂雄氏(味の素株式会社代表執行役社長)、柴田巌氏(株式会社Aoba-BBT代表取締役社長)の3氏でした。

 人事の立場として、種々考えさせられるところがあり、応用すべきところもたくさんありました。

日本企業が目指すべき「擬態」から「変態」への進化

 かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代から久しく、日本企業の凋落が叫ばれてきましたが、興味深いデータがあります。イプソス社の「国家ブランド指数2023」において、日本が世界1位を獲得しました。評価された理由は「信頼できる」こと、そして「他とは異なる(ユニークである)」という点です。これは、かつてガラパゴスと自嘲した独自性が、実は世界的な強みであることを示唆しています。

 名和氏は、これからの日本企業に必要なのは、昭和的な日本流(守)に固執することでも、欧米流(破)に飛びついて単に真似をする「コスプレ(擬態)」でもないとしあす。目指すべきは「守破離」の「離」、つまり日本流の良さと欧米流の合理性を融合させ、内側から生まれ変わる「変態(メタモルフォーゼ)」です。欧米流の「ガバナンス」や「ジョブ型」といった仕組みをただ外側から被るのではなく、自社の核(コア)を起点に、生物が幼虫から蝶へと変わるように、質的な変化を遂げることが「シン・日本流経営」の本質です。

「パーパス」と「プラクティス」をつなぐ「エシックス」

 近年、多くの企業が「パーパス(志)」を掲げていますが、名和氏はそれを額縁に入れて飾るだけでは意味がないと指摘します。一方で、現場の「プラクティス(実践)」は、短期的な利益と長期的な投資の板挟みや、多様なステークホルダーとの利害調整など、泥臭い現実にまみれています。この高邁なパーパスと厳しい現実をつなぐ架け橋となるのが「エシックス(倫理)」であり、「プリンシプル(原理原則)」です。

 現場で迷ったときに立ち返るべき判断軸、行動原理としての「エシックス」が実装されて初めて、パーパスは絵に描いた餅ではなく、実際の経営の駆動力となります。これを名和氏は「エシックス経営のシン三位一体」として提唱しています。

組織資産の方程式:人材力を10倍化する仕組み

 企業変革において人材は重要ですが、個人の能力に依存するだけでは限界があります。名和氏は組織資産を次の方程式で表現しています。

 組織資産=α×β×Σ(人材) 

 ここで、Σ(人材)は個々人の能力の総和(ワンチームとしての力)です。しかし、組織としての爆発的な力は、そこにα(アルファ:パーパスやカルチャーなどのソフト面)と、β(ベータ:アルゴリズムや仕組みなどのハード面)が掛け合わされた時に生まれます。

 個人の優秀さに頼るのではなく、その組織ならではの文化(α)と、勝ちパターンを型化した仕組み(β)があることで、人材の能力は何倍にも増幅されます。組織として学習し、形式知化していく「Institutional Learning」こそが、AI時代においても企業が存続するための鍵となります。

味の素グループの変革:ASV経営の実践

 後半では、味の素株式会社の中村茂雄社長が、同社のV字回復と成長の軌跡を語りました。同社は2020年頃まで業績が停滞していましたが、そこから「ASV(Ajinomoto Group Shared Value)」経営へと大きく舵を切りました。2030年のありたい姿からのバックキャストでロードマップを描き、経済価値だけでなく社会価値や無形資産(従業員エンゲージメント等)も重要指標として設定しています。

 特筆すべきは、企業文化の変革です。「手挙げの文化」を推奨し、個人の「My パーパス」と会社のパーパスの重なりを見出すワークショップを展開することで、社員一人ひとりの「自分事化」を促進しました。これにより、安定志向だった組織が、自発的に挑戦する組織へと変わりつつあります。

顧客ニーズを先読みする「高速開発システム」

 中村社長が自身の経験(電子材料事業)から全社へと展開しているのが「高速開発システム」です。これは単に開発スピードを上げるということではありません。顧客のニーズが顕在化する前に「先読み」し、あらかじめ複数のソリューション(材料)を準備しておくというアプローチです。

 具体的には、顧客や競合からのプレッシャーを「健全な危機感」として捉え、R&D、製造、品証、事業部が一体(断層型)となって開発を進めます。顧客からニーズが提示された瞬間には、すでに完成度の高いサンプルを提案し、さらにその先の改良要求まで予測して準備を進めます。このサイクルを高速で回すことで、顧客との強力な信頼関係を築き、圧倒的な競争優位を生み出しています。

人事視点で考える「変態」への道筋

制度の輸入」から「文脈の統合」へ

 名和氏の提言にある「コスプレ(擬態)経営」への警鐘は、私たち人事にとっても耳の痛い指摘かもしれません。ジョブ型雇用、ダイバーシティ&インクルージョン、人的資本経営など、次々と現れる新しい概念やフレームワークを、自社に導入すること自体が目的化していないでしょうか。

 「シン・日本流」の視点に立てば、重要なのは欧米の仕組みをそのまま移植することではなく、自社の歴史や強み(DNA)といった「日本的な文脈」と、合理的な仕組みである「欧米的な文脈」を融合させることです。
 例えば、ジョブ型を導入するにしても、単に職務記述書を書くだけでなく、日本企業特有の「現場のすり合わせ」や「チームワーク(Σの力)」を損なわないような、自社独自の運用(変態)を設計することこそが、人事の腕の見せ所であると考えられます。

理念を「判断軸」に落とし込む仕掛け

 「パーパス」の浸透施策として、ポスター掲示や唱和を行っている企業は多いですが、それが日々の業務における「判断」に使われているかは再考の余地があります。名和氏が指摘するように、現場は「利益か理念か」といったジレンマの連続です。

 ここで人事が貢献できる一手として、評価制度や1on1の対話の中に「プリンシプル(行動原理)」を組み込むことが考えられます。例えば、目標達成の度合いだけでなく、「そのプロセスにおいて、どのような原理原則に基づいて判断したか」を評価の対象としたり、トラブルシューティングの事例を「エシックス」の観点からケーススタディとして共有したりすることが考えられます。味の素社の「My パーパスワークショップ」のように、個人の志と会社の方向性を接続する場を設けることも、社員の内発的動機を高める有効な手段となり得ます。

「個人の優秀さ」依存からの脱却と「仕組み」づくり

 「組織資産=α×β×Σ(人材)」という方程式は、人材育成のあり方に新しい視座を与えてくれます。私たちは往にして「優秀な人材(Σ)の採用・育成」に注力しがちですが、それだけでは組織としての永続的な強さは生まれません。

 人事が意識したいのは、α(カルチャー・ソフト)とβ(仕組み・ハード)の構築です。具体的には、特定のエース社員が抜けても組織が回り、成果が出続けるような「形式知化(ナレッジマネジメント)」の推進です。中村社長の「高速開発システム」は、まさに個人の職人芸になりがちな「開発」というプロセスを、組織的な「先読み」と「準備」のシステムへと昇華させた好例でしょう。

 「誰がやるか」だけでなく、「どのような思考プロセスと情報共有があれば、誰もが再現性高く成果を出せるか」という観点で、研修プログラムや業務プロセスを見直すことが、組織力の底上げにつながると考えられます。

「健全な危機感」と「先読み」を許容する土壌づくり

 味の素社の事例にある「顧客ニーズの先読み」と「複数ソリューションの準備」を全社に展開するには、組織文化の変容が必要です。なぜなら、「先読み」は外れるリスクがあり、「複数の準備」は一見すると無駄(徒労)になる可能性があるからです。

 効率性を過度に追求する減点主義の組織では、社員は「確実な正解」がわかるまで動かなくなります。人事が支援したいのは、中村社長の言う「健全な危機感」を持ちつつも、仮説を持って先回りし、たとえ空振りに終わっても「未来への投資(学習)」として許容・称賛する心理的安全性の醸成です。

 失敗を恐れずに「まずは提案してみる」「プロトタイプを作ってみる」という行動を評価する仕組みや、R&Dと事業部といった部門の壁(サイロ)を越えて情報が流通するような人事異動・プロジェクト組成も、この「高速回転」を実現するための重要な土台となるのではないかと思います。

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