『地獄まで愛して』第3話|帰宅するなり、元愛人にエプロン姿で出迎えられたなら
こんばんは!ぱるるです。 泥沼サイコサスペンス『地獄まで愛して』第3話をお届けします。
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「あの女は、あなたの過去をどこまで知っているのかしら?」
6年前に清算したはずの沙耶が、妻の親友として現れてから早数日。彼女の侵食は、瞬く間に俊介の日常を黒く染めていきます。 目的は復讐? それとも狂気的な愛情? 逃げ場を失った俊介は、壊れかけの心でこう呟きます。
「罰がなければ、逃げる楽しみもない……か。ああ、よく分かるよ。沙耶は魅力的だよ。でも、彼女とやり直すのは無理だ。かといって、家庭だけだと息苦しい。でも、どこに逃げればいいのか分からない……それでも僕は、いつも逃げ道を探しているんだ」ーー山内俊介
迷える大人たちが堕ちていく、泥沼の境界線。 平穏の仮面が剥がれ落ちる、衝撃の第3話をどうぞ。
第3話:忍び寄る狂気
「1503号室……」
俊介は沙耶のマンションのドアベルを、壊れんばかりの勢いで何度も押し続けた。やがて、重いドアが音もなくゆっくりと開く。
目の前に現れた沙耶は、長い髪を無造作にアップでまとめ、ダボついた大きなスウェットを纏っていた。裾から覗く、すらりと形よく伸びた白い素足。その姿は、まるで時間が止まっていたかのように、六年前の記憶のままであった。一瞬、懐かしさのような奇妙な感情が、俊介の心に湧き上がった。沙耶はわざとらしく目を丸くしてみせたが、その瞳には俊介の来訪を予期していたという強い確信が宿っていた。
沙耶が何かを口にするよりも早く、俊介は言葉もなく室内へと強引に踏み込むと、背後でドアを蹴り閉め、そのまま彼女の細い腕を掴み上げた。逃げ場を奪うように壁へと追い詰め、逃がさないとばかりに壁を強く叩く。
「一体、どういうつもりだ!」
言葉を絞り出したその瞬間、俊介の耳の奥で、あの無機質で規則的なシャクに触る音が鳴り響いた。
――ピッ……ピッ……ピッ……ピ……
また、あの音だ。 「いい加減にしてくれ!」 俊介が頭を激しく振ると、耳障りな電子音は幻聴のように掻き消えた。
「きゃっ!」
沙耶はわざとらしく怯えたふりをしてみせたが、数秒も経たないうちに、彼女の顔からはその表情が消え去った。代わりに冷ややかなせせら笑いを浮かべると、
「6年ぶりの再会だっていうのに、随分ね。『会いたかったよ』とか『綺麗になったな』とか、そういう甘い言葉はないわけ?なんか、がっかりだわ。」と挑発的な目で、俊介の瞳の奥を見つめながら言い放った。まるで、あなたの考えてることは、全て分かるのよ、とでも言いたげに。
「ふざけるな。……あの子は、俺の子なのか」
俊介の問いかけに、沙耶はぷっと小馬鹿にしたように吹き出し、心底呆れたという風に肩をすくめた。スルっと俊介の腕から抜け出ると、
「何を言ってるのよ。私がピルを飲んでいたことは、あなたも知ってるでしょう?あんな可愛らしい奥様がいたら、そりゃあ、別れられるわけないわよね。あなたから聞いてた話とずいぶん雰囲気が違うから驚いたわ。ずっと不妊治療をしていたのに、今回は自然にできたんですって?」
俊介の横で壁にもたれながら、挑戦するかのように問いただす。
「俺の子供じゃないというなら、目的は何なんだ!なぜ今になって現れた!十分に金はやっただろう!」
「自惚れるのもいい加減にして。6年前、私はあなたにゴミのように捨てられた。傷ついた私は、NYに行って、そこで運命の人に出会って、涼を授かった。日本語を学ばせるために帰国したら、偶然あなたの奥様とお友達になった。ただそれだけのことよ。……世の中、すべてがあなたを中心に回っているわけじゃないのよ」
「そんな話を信じろとでも言うのか」
俊介が自分で思うより、随分とその声は弱々しかった。
「信じるも信じないも、あなたの勝手だけど」
指で髪の先をいじりながら、狼狽している俊介を、もて遊ぶように、うすら笑いを浮かべて見つめた。
俊介はそのまま、壁に拳を叩きつけたまま、自分の両腕の中に顔を埋めて項垂れている。
そんな俊介の耳元へ顔を寄せ、今にも唇が重なりそうな距離で、甘く囁く。
「……せっかく来てくれたのに、そんな顔しないで。見せたいものがあるの。ちょっと上がって。涼が起きるから、静かにね」
靴を脱ぎ、腕を沙耶に引かれるまま、俊介は窓際へ向かった。そこから見える景色に、彼は言葉を失った。道の向こうの窓の先には、俊介の自宅マンションが見える。台所で料理をする麗華の姿が、まるで掌の上で転がされているかのように、夜空に鮮明に映し出されていた。
「ただいま」
数日後の夜。俊介は魂が抜けたような足取りで帰宅すると、
「おかえりなさい」
と、麗華のエプロンを身につけ、髪を後ろで緩く束ねた沙耶が、リビングから出迎えてきた。
「……どうして、おまえがここに」
俊介が絶句していると、奥のリビングから麗華の声が響いた。
「あなた、おかえりなさい」
沙耶は意味ありげな視線を俊介に向けたまま、当然のことのように彼からカバンを受け取り、リビングへと戻っていく。その背を追って俊介が室内に入ると、ソファに麗華が横たわっていた。傍らでは陽と涼が夢中になってレゴで遊んでいる。
「おかえりなさい」
麗華は聖母のような笑みを浮かべ、大きく膨らんだ腹に手を当てながら、ゆっくりと身体を起こした。しかし、その顔色はひどく青白く、どこか生気を欠いているように見える。
「今日ね、沙耶さんがランチに誘ってくださったの。その後にお茶をしていたら急にめまいがしてしまって……。それで、そのままお家まで送ってくださったのよ」
麗華は、いたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべて続ける。
「あなたが今日は早く帰るから、お夕飯を用意しなきゃって話したら、沙耶さんが作ってくださるって。とってもお料理がお上手みたいだから、つい甘えちゃった」
俊介の顔から、またたくまに一切の表情が抜けていく。麗華は気づかぬ様子で、さらに言葉を重ねる。
「ねえ、俊介さん。沙耶さんの得意料理って何だと思う? なんと、あなたの大好物のロールキャベツなんですって。それも、わざわざクリームシチュー仕立ての。本当に、運命を感じちゃうわ!」
俊介が、ゴクっと生唾を飲み込む音を沙耶は聞き逃さなかった。
「ええ。ロールキャベツが好きでよかったわ。口に合うといいんですけど」
沙耶が振り返り、余裕のある微笑みを俊介に向けた。
「ごめんなさい、気分が悪いわ。お夕飯まで少しだけ休ませてもらうわね」
麗華はしんどそうに息を吐く。俊介は麗華を寝室まで運び、狼狽した足取りでリビングへ戻るなり、キッチンへ歩み寄った。野菜を刻んでいた沙耶の腕を、乱暴に掴み上げる。
「いい加減にしろ! 一体何を考えているんだ!」
「痛いわ。やめて」
沙耶は俊介の手を涼やかに振り払うと、挑発的に見つめ返した。
「麗華さんが言った通りよ。具合が悪いから手伝っているだけ。あなたの好物だって、私は全部知っているし。ちょうどいいじゃない」
そう言って、フンと小さく小鼻を鳴らし、俊介を嘲笑う。俊介はリビングでレゴに興じる陽と涼をちらりと見やり、声を押し殺して詰め寄った。
「金か……金なんだろ? いくら払えばいい! 言えよ、いくらでも払うから、俺たちの前から消えてくれ!」
興奮して沙耶に詰め寄るあまり、俊介の手がアイランドキッチンの縁に置かれている鍋に触れた。中身が派手にひっくり返る。
「あっ!」
生ぬるいクリームソースが、俊介の下腹部からスラックスをべったりと濡らした。騒ぎに気づいた陽と涼が心配そうに駆け寄ってくる。沙耶は穏やかな笑みを一瞬にしてつくろった。
「大丈夫よ。あっちで遊んでいなさい」
子供たちがリビングへと戻ったのを見届けると、
「冷めててよかったわね。下手したら、あなた、大火傷するところだったわ」と、沙耶はふきんを手に取り、俊介の腹部から股間にかけて付着したクリームソースを、スラックスの上から容赦なく拭き始めた。
「お、おい……やめろ……」
必死に沙耶の手を払いのけようとする俊介に対し、沙耶は冷ややかな笑みを浮かべながら言い返す。
「早く脱いで。シミになるわ。何を恥ずかしがっているの? あなたの裸なんて、何十回も見てきたじゃない」
そうくすりと笑うと、まるでこの家の主のような、あまりに手慣れた所作で、沙耶は俊介の手を引いてシャワー室へと連れ込んだ。シャワーからお湯が噴き出し、水音が狭い空間に反響する中、沙耶は躊躇いもなく俊介の衣服を剥ぎ取っていく。
俊介はシャワー室の壁のタイルに指を立て、必死に踏みとどまろうとした。立ち込める湯気の向こうで、ふと沙耶の横顔が六年前のあの夜と重なる。ナイフを握りしめ、凍りついた瞳でただただ俊介を見下ろしていた、あの時の彼女の姿と。
「あっ……!」
その瞬間、喉の奥から絞り出された声と同時に、視界が白い閃光に塗りつぶされた。俊介の膝は無惨に折れ、冷たいタイルの床へと崩れ落ちた。
「早く洗わなきゃ。汚れてしまうわ」
そう言って、沙耶は服を着たまま俊介のシャツを剥ぎ取る。剥き出された無防備な身体を、彼女は自らの手で洗いはじめた。氷のように冷たい指先が肌の上を這い、やがて彼女の唇が俊介のものへと、シャワーの水の中で重なる。
「やめろ……やめろってば……麗華が、すぐそこにいるんだ....ぞ……」
しかし、その言葉は弱々しく、全てはシャワーの水音に流されていった。
立て続けに、沙耶が俊介の耳元で甘く、そして冷たく囁く。
「麗華さん、あなたのことを『よく知っている』と思っているのよ。笑っちゃうわ。……あの女が、あなたの過去をどこまで知っているか、楽しみじゃない?」
その言葉が、苦くて甘い毒のように俊介の全身を駆け巡った。抵抗の意志は完全に崩れ去り、俊介の指先が自然と沙耶の腰へと絡みつく。羞恥と恐怖が混ざり合い、身体は強制的に熱を帯びていく。シャワーの水音の向こうから、リビングから漏れ聞こえる子供たちの屈託のない笑い声がかすかに俊介の耳元に届く。
またたく間に、シャワーの湯気が充満し、意識が甘い毒に侵され、俊介の視界は徐々に朦朧としていった。俊介の身体からは完全に全ての力が抜け、タイルの床へ大の字に崩れ落ちると、沙耶はその上に跨り、スカートを捲り上げた。冷たい薄ら笑いを浮かべたまま、沙耶は俊介にまたがり、腰を激しく動かし始めた。
何度も、何度も。 降り注ぐシャワーの生ぬるい湯を喉を鳴らして飲み込みながら、沙耶は歪な恍惚な表情を浮かべている。意識が遠のいていく中で、俊介はどこかで見たことがあるその光景に、懐かしさのような、安堵のような感覚を感じ出していた。
明日目が覚めた時、きっと世界はもう、昨日と同じ形をしてはいない…。
ーーつづく
