「賞味期限のある天才」なんかより、凡人の方がずっといい
「天才になれなかった全ての人へ」
この言葉は、私が大好きな漫画「左ききのエレン」で、全巻の1ページ目に書いてある、いわば「テーマ」のようなものです。
私も人生で何度も「こいつには敵わない」と思う人に出会い、その度に自分を卑下してきました。
しかし最近、凡人には「賞味期限・有効期限がない」というとんでもない強みがあるということに気が付き、そこからは自分が凡人であることを寧ろ誇らしく思えるようになりました。
今回は「天才や超人の"賞味期限"」を主軸において、凡人の素晴らしさと、凡人の注意事項を綴っていきたいと思います。
なお、この記事では「天才」と「超人」という単語が幾度も出てきますが「凡人が自分と比べる気の起きない、住む世界の違う存在」という意味での「同義語」として読んでください。
「天才の賞味期限」とは
ビジネスにおける「天才の賞味期限」には、以下の二つのケースが考えられます。
①「一勝九十九敗」の一勝目が最初に来ただけの、「なんちゃって天才」のケース
「絶対の成功はない」の裏返しとして、「絶対の失敗」もありません。
つまり、「やってみたらなんかよく分からないけど大当たりする」ということも起こり得ます。「ビギナーズラック」もこの類のものと言えるでしょう。
ですが、この時点では「勝率100%」であり、本人も、そして周囲も「その大当たりが偶然なのか、再現性があるもの=本人の才覚によるものなのか」の判別がつきません。
そのため、得てしてその人は「凄い人」になり、崇め奉られ、「天才」と呼ばれたりします。そしてそれによって「偶像」が創られ、それが崇拝され、集団が発生します。
しかし、その成功が「偶然」だった場合、必ずどこかでメッキが剥がれます。この「メッキが剝がれ切るまで」、つまり「天才ではないと気付かれるまで」が「賞味期限」です。

②その「才能」が陳腐化してしまうケース
ビジネスにおいて、「超人」や「天才」というのは、ただ単に「何かのスキルが凄いある人」のことではなく、「他者にないスキルを使って、並外れた、自分には決して真似できない成果を残す人」のことを差すと思います。
言い換えると「成果」まで出さないと、そういった評価を得ることはありません。
ですが、この極めて変動の大きいビジネス環境において、何かしらの突出したスキルなどの優れた「武器」が複数回の成功を導けるかというと、容易なことではありません。
つまり、優れた武器を持っていても、それを磨き続けること、若しくは、新たな武器を開発することをしなければ、連続的な成功を収めることは難しく、一つ目の成功の後には死屍累々の失敗が続くことになります。
このケースで言うと、「一つの才能だけで起こせる成功を生み出し切り、失敗の連鎖が始まるまで」が「賞味期限」と言えるでしょう。

「賞味期限の切れた天才」は何故苦しむのか
「超人」「天才」の最大の問題点
冒頭で超人・天才を「凡人が自分と比べる気の起きない、住む世界の違う存在」として定義しました。
この「住む世界の違う存在」だと捉えられてしまうことによる最大の問題点は、私は「凡人からのフィードバックが受けられなくなる」ことだと思っています。
つまり、凡人からすると「フィードバックをするなんておこがましい存在」になってしまうのです。これが圧倒的な問題点だと思っています。
ただこれは「結果を残し続けられている状態」、つまり「天才だ」という認知が継続している間は問題になりません。
フィードバックサイクルが回っていなくても、ケース①における「偶像性」、ケース②における「天賦の武器」といった唯一無二のものが組織を引っ張れている間は組織はエネルギーを保ち続けるのです。
「天才」が「ちょっと凄い凡人」になった途端に問題が起きる
上記の「組織を牽引する唯一無二の要素」が失われた上で、その人が引き続き組織を牽引しようとすると、一般的なリーダシップやマネジメント力が求められます。
しかし、その人はそれまでの「"天才"だったから出来ていたこと」が何か分からないので、それまで通りの振る舞いを継続します。その結果、現実との乖離が発生し、次々と問題が起こります。
一方、こないだまで「天才」だった人に、いきなりフィードバック出来る人はほぼいません。そうすると永遠にその状態が改善されません。そして、悪い状態は必ず悪い成果を引き起こします。
この負の連鎖の末、「ちょっと凄い凡人になった元天才」は一気に「無能なリーダー」に成り下がるのです。

だからこそ、凡人は絶対に調子に乗るな
「凡人のフィードバックが貰える」ことが最大の強み
私は過去のnoteでも何度も書いてきましたが、人間の成長の"糧"は、何よりもフィードバックだと思っています。
社長さんは社長さん同士でつるむように、「超人同士」「天才同士」の関係はあり、そこでのフィードバックは受けられるのかもしれません。
ですが、世の中大多数の存在である「凡人からのフィードバック」をいつまでも、極端な話死ぬまで貰い続けられることが、ビジネスマンとしても、一人の人間としても、良質な人生を送ることに繋がると信じています。
この「凡人からのフィードバックが貰える」という凡人の最大の強みを放擲するのは本当に勿体無いことです。
「謙虚」「さらけ出し」をいつまでも継続する
凡人だって成功する人もいます。部下が沢山出来たり、「すごい」と言ってくれる人が増えることもあるでしょう。そこで「傲慢」になったらおしまいです。一気にフィードバックをくれる人の数が減ってしまいます。
また、傲慢にならなかったとしても、年齢や役職が上がっていくと、自然とフィードバックは貰えなくなってきます。
そんな中でもフィードバックが貰える人の共通点は「さらけ出せている人」、心理学の用語を使うと「Vulnerableな人」です。
他者に対してフィードバックをする、というのは非常に勇気のいることです。「フィードバックをしても大丈夫な人」という認知を得ない限りは、基本的にはフィードバックはもらえません。
そして、その認知を得るための最大の必要条件が「さらけ出しているかどうか」です。
どれだけ成功しても、どれだけ成長しても、「謙虚さ」と「さらけ出し」を継続し続けることで、「最強の凡人」であり続けられるのです。

凡人は、自分の「過去」を信じられるかが肝
凡人が「持って生まれたもの」が「凡人からのフィードバックを受けられる」ことだとするならば、凡人の「特性」は「積み重ねた資産は決して裏切らない」ということだと思います。
凡人はいつまでたっても凡人なので、ステータスが変わりません。ステータスが変わらないということは、過去培ったものがいつまでも生かせる、ということです。
僕がバイブルとしている「10倍成長」という本に、以下の言葉があります。
「将来の可能性は、過去に成し遂げたことの評価で決まる。これまでどれだけ進歩したかを認識し、収穫物を適切に評価しない限り、前進できない」
この本では、人はつい「あるはずだった自分」と「今の自分」を比べ、それを「ギャップ」と感じ、ネガティブな感情を持ってしまうが、そうではなく、自分の過去を肯定し「収穫」することが全ての第一歩だとしています。
有効期限のある天才は、過去が意味をなさないことがあります。「捨てるべき過去」にすがることで、逆に自分の人生が悪いものになることがあり得ます。それが無いのが、凡人の強みなのです。
「幸せへの道はない。その位置こそが幸せなのだ」
この言葉は、まさに「凡人」が大切にすべき訓示だと思います。

おわりに
私は「超人」や「天才」が嫌いなわけではありません。彼らを見ていて単純に「すげー」とか思っている分には、逆に楽しいです。
ですが、つい劣等感を感じてしまう人は少なくないと思いますし、私もその一人でした。ですが、凡人は
常に謙虚で、常にさらけ出すことで「凡人からのフィードバック」をふんだんにもらい続けられる存在であり、
日々の努力も絶対に無駄にならない存在である、
ということが言語化出来た時に、「あ、凡人で良かったー」と思えるようになりました。
「左利きのエレン」の主人公、朝倉光一は「立ち上がった凡人」として漫画内で表現されていますが、まさに謙虚で、さらけ出し、そして日々の研鑽と努力を怠らなかったことで、天才たちと最高の仕事を納めます。
今回この記事を読んでくれた方の中に「凡人」の方がおられ、その方に少しでも勇気を渡せていたら、そんなに嬉しいことはありません。
それでは、またお会いしましょう。
細田 薫
