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雨の義農祭。いろいろ考えさせられました

義農作兵衛の遺徳をしのぶ義農祭が2026年4月23日、伊予郡松前町筒井の義農神社であり、雨の中、関係者70人が「利他のこころ」を顕彰しました。

義農祭、初めて行ったのですがライター㋶の想像と全然違ってました。
作兵衛さんが餓死され、まもなく300年経つのにガチの慰霊祭(って言葉は怒られるかもですが)というか厳粛かつ盛大でした。

詳しくは愛媛新聞で👇️

作兵衛さんについては以前、軽いトーンでnoteに書いてます。

石碑前が白い花で飾られ祭壇になってました。

ふだんはこんな感じの石碑(お墓)
2025年7月撮影

境内にはテントが張られ、準備した方は雨の中大変だったと思います。
ご苦労さまでした。
㋶もずぶ濡れ。あれから咳&鼻水つづきです。

田中浩介町長が式辞。
「一人で生きていけるという風潮がある今の時代の中で、作兵衛おうの精神は大事。 自分のことより人のため、社会のためという崇高な精神、 人を思いやる義農精神を町民全体で共有、 利他の気持ちを持った町を目指すのが これからの松前町の方向性と考えます」(要約)

愛媛県知事の代理で小山哲司・県中予地方局長が挨拶。
県の農業施策などを紹介しつつ、振興に取り組んでいくと述べました。

あとは来賓祝辞や献花がありました。
㋶は雑&無知なので気づきもしなかったのですが、知事代理が参加しているのは儀礼的だけじゃない意味があるかも・・・ってことを後で知ります。

式典には松前史談会の会長、鷲野共次郎さんも参加されてて、作兵衛さんの話を深堀りしてもらいました。

享保の大飢饉で松山藩では5700人が餓死しています。
(※3500人など諸説あり)
麦種を食べずに餓死した作兵衛さんと家族の悲劇はすぐ、藩へ報告が上がったそうです。
作兵衛さん死後わずか3カ月で藩から、墓碑(現在古墓と呼ばれている碑)を建てることが指示されています。
作兵衛さんの件は松山藩にとってかなりの大事件だったんですね。

データベース『えひめの記憶』|生涯学習情報提供システムより
現在の墓石の裏側にある古墓

作兵衛さんの件を含む松山藩の悲惨な状況は、幕府まで動かしました。
士族が1人も死んでないことなども問題となり、当時の藩主、松平定英は差控(謹慎処分)に。
しばらくして心労で亡くなります。
藩内の惨状を江戸の藩主に報告した目付役・山内與右衛門久元は、藩主が死に追い込まれた責任を取らされ(のちに冤罪として名誉回復)切腹させられます(ムチャクチャですね)。
そして松山藩内部では権力闘争が勃発し、しばらく混乱が続くことに。

参考:データベース『えひめの記憶』|生涯学習情報提供システム

その時のお家騒動が八百万狸のストーリー(講談)として全国に知られていきます。

ちなみに山内久元を祭る山内神社は松山市南江戸5丁目にあるそう。

公式記録だけでも約1万2000人が餓死した全国規模の大災害。
対応が不十分で被害を増やしたと松山藩主は責任を問われた。
その被害の象徴が作兵衛さんだったという見方ができます。

作兵衛さん没後44年、藩主が「義農」という言葉を贈り、現在の石碑が建てられました。飢饉から地域が回復した時期だったのだろうと鷲野さんは推測されてました。
さらに地元の再三の要望で義農神社が1881(明治14)年に建立されました。

義農祭は神社建立より前からずっと続いてきました。
命日の9月23日が農繁期だったため、いつからか半年ずらして4月23日に開くようになりました。
明治以前は藩主の代理が必ず出席していたそう。
近年は知事代理で中予地方局長が参加するのは、この時の流れかもしれない、とのこと。

大正11(1922)年には尋常小学校の修身教科書に作兵衛さんは取り上げられます。
大義に殉じた凄まじい勤労者、という面が時代的にクローズアップされていたようです。
いち地方の悲劇が教科書に載ってたことに㋶は漠然と違和感を抱いていました。
軍国主義的な教育に都合が良い事例をわざわざ探して載せたのかな、と。
⋯というのは勘違いでした。
そもそも全国的に作兵衛さんは知られていたんですね。

いまも義農祭の式典がすごく厳粛なこと、そして鷲野さんの話から㋶が感じたのは、彼の功徳に敬意を表して弔うのはもちろん、権力側が自戒を表明する儀式でもあるんだろう、ということ。

享保の大飢饉では作兵衛さん以外にも松前町内外で多くの餓死者が出ています。列になって松山城下を目指しつつ行き倒れた人たちの記録も残っているそう。
被害の拡大に殿様や家老の不作為があったのかもしれませんし、少なくとも結果責任は大きい。
作兵衛さんは、勤労の美徳と大義に準じる心構えをわれわれが思い起こすと同時に、権力側が自省を忘れないためのアイコンと考えれば、今の時代だからこそ、大切な存在だと思いました。

雨に濡れる作兵衛さんの像

義農祭と名前が付く以上、お祭りの側面もあります。
松前町体育館ではJA松山市などが格安で野菜やフルーツを販売。
地元の人はよく知ってるようで大賑わい。

松前町産のイチゴが安かったです

餅まき(実際は餅配り)には行列。

和服のリメークのブースもありました。

ちらし寿司販売も。
酢がちょうど良い具合で美味でした。

以上です。


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