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銀の弾丸などない 後編 (就職のきっかけ)

大学4年のある日。
今で言うところのマッチングアプリで知り合った40代の男性と、渋谷のバーで会うことになった。

彼は、恵比寿でIT企業を経営している既婚者。
けれど、彼の口から出たのは、こんな言葉だった。
「妻とはね、一度もセックスしたことないんだ」
セックスレスのまま、子どもを望んで不妊治療に通っている——

その話のあと、近くのホテルに入った。
やさしくて、静かで、忘れられない夜だった。
彼のセックスは、若さのぶつかり合いではなく、
相手の呼吸に耳をすませながら、心をほどくような、やわらかいものだった。
「まるで、茶道の稽古みたいだな」と思ったくらい、丁寧で美しかった。

やがて彼から「こんどは、君がしてみる?」と誘われ、
「タチ」としてふれる側の感覚を教えてくれた。

それは、性のことだけじゃなく、
誰かの心とからだに、やさしく触れるという、ひとつの在り方だった。
やさしく開いて、やさしく重なる。
それは性別をこえて、私の中にしっかりと根づいていった。

私には、性の手ほどきをしてくれた“師匠”が3人いる。
その最初のひとりが、彼だった。

「前編」から読む方はこちら ↓


銀の弾丸などない

彼から教わったのはセックスだけではない。

彼はいつも銀色の弾丸がついたネックレスをしていて、服を脱ぐ時は、一番はじめにネックレスを外していた。

「抱きしめた時に、刺さると痛いからね」とのこと。

たしかに弾丸の先が尖っていて、抱き合った時に刺さったら痛そうだ。
外したネックレスを枕元にある調光パネルの横に置いていた。

なぜいつも銀の弾丸のネックレスなのか、ある日聞いてみた。

「銀の弾丸などない、という話を聞いたことあるか?」

ない、と正直に答えると、こんな話をしてくれた。

結論から言えば「銀の弾丸などない」とは「たった一つの万能な解決策はない」という意味なのだそうだ。

凶悪で不死身のオオカミ男を倒す唯一の武器である「銀の弾丸」

それになぞらえ、大きなトラブルや困難を一発で解決する魔法のような手段のことを「銀の弾丸」というとのこと。

私たちは、ついつい「これさえあれば全部解決」「これだけでOK」みたいな安易な解決策に飛びつきがちだけど、現実世界には、そんな「銀の弾丸」など存在しない。

一見、一番時間がかかりそうなコツコツと一つ一つ積み上げて前に進むことが、長い目で見れば一番の近道になる。

会社を経営していると「あっという間に儲かる方法」とか「すぐに稼げるテクニック」という話がよく来る。ついつい手を出しそうになるけれど、その時は、このネックレスの銀の弾丸を握って「そんなうまい話はない」と自分を諌めるようにしている。

セックスも同じ、こうすれば相手をいかせられる、ここを攻めれば誰でも満足する・・・みたいな秘密のテクニックとか、性の奥義とか、よく目にするけれど、
そんな即席な技術はない。

結局は相手のカラダとココロとじっくり対話をしながら、息を合わせて交わっていくしか心の底から満足できる方法はない。

・・・そんな話をしてくれた。

確かに彼のセックスは、目新しいテクニックやアクロバティックな体位とかはなかったけれど、前戯にじっくり時間をかけて丁寧にカラダを扱ってくれた。


「履歴書を持ってきて」と連れて行かれた会社

ずっと興味を持ちながら話を聞いていたからだと思う。

その次に会った時に紀伊國屋書店のカバーがかけてある1冊の本をプレゼントしてくれた。

フレデリック・ブルックスという人が書いた「人月の神話」という本だ。

タイトルからして、何か古代の伝説とか、スピリチュアルとか、そういう類かとおもったけれど、開いてみたらゴリゴリのコンピュータ科学の本だった。

この本の中で書かれていたのは、
コンピュータが複雑になっていく世界で、そこで生まれる問題を一発で解決するような「銀の弾丸」が求められているが、結局そんなものは生まれてこない。

「インクリメンタル(漸増的)」と呼ばれる、小さなステップで少しずつ改善していくことが、現実的で確実な方法とのこと。

・・・なんか、「これをすればすぐモテる」「これを買えば簡単に金持ちに」みたいな雑誌の怪しい広告が気になってしまう当時の私からすると、身につまされる話だった。

この本には、その他にもコンピュータ業界の話だけど、その他の業界でも当てはまりそうな知見がいろいろ書いてあって、少し難解だったけれど面白く読むことができた。

「IT業界って面白そう」

読んだ本の感想と共に、そんなことを言ったら「じゃあ、会社を紹介するよ」と言われた。


数日後

「履歴書を持ってきて」と言われて、連れて行かれたのが、彼の取引先のIT企業だった。

応接室に入ると、副社長と人事部長がいた。

彼も含めて4人で「人月の神話」の本の話で盛り上がり、それだけで採用が決まってしまった。

学生時代に何やってきたの?とか、
志望動機は?とか何も聞かれなかった。

少し話した自分のことと言えば、2年間ゲイバーでアルバイトしていたことぐらいだった。

プログラミングもできないのに、なんで?と思ったけど、正直言えば就職活動を全くしてなかったので、ありがたく内定をいただいた。

おそらく彼の推薦があったからこその採用だったのだろう。


「一歩一歩前に進める人」と「銀の弾丸を求める人」

あれから数十年、未だにうちの本棚には「人月の神話」が置いてある。

そして、何か「おいしい話」「手軽な話」に飛びつきそうになるときに、「銀の弾丸などない」のところを読み返す。

占い師をしていると、「銀の弾丸」を求めてやって来られるお客様もいる。

ありもしない幻の銀の弾丸を、さも存在するかのように話すのが一般的な占い師の役割なのかもしれない。

でも私は、できるだけお客様の望みを否定しないようにしつつも、銀の弾丸などないことを伝えている。

そんなものを求めれば、より遠回りになってしまうから。

目の前の些細なことを、丁寧に、コツコツと成していくことが、結局の近道となる。

・・・残念ながらわかってもらえないこともある。

もっと見栄えが良くてドラスティックな答えを求められることもある。

でも、それを求め続ける姿勢が、結果として幸せを遠ざけているんですよ、
という話をすると、たいていの人は納得をしてくれる。

地に足をつけず、有りもしないスゴい解決策を探し続ける人より、
地に足をつけて、一歩一歩前に進む人のほうが、結果的に早く遠くに行ける。

すごい結果だけを求め続ける人よりも、
小さな成果の喜びを積み重ねられる人のほうが豊かに生きられる。

当たり前の話だけど、なぜか自分のことになると見えなくなってしまう。

社会人になる直前に「銀の弾丸などない」ことを教えてくれた彼には本当に感謝している。

  1日1日を味わって生きること

  1つ1つを丁寧に扱うこと

  一人ひとりと大切に向き合うこと

そして豊かさは結果ではなく、そこに至る過程にあること

それを教えてくれた。

その後、私は大学を卒業してIT企業に就職し、ポンコツプログラマーとして悪戦苦闘することになる。 その話はこちら ↓



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