はじめての彼氏と「はじめて」の話 後編(中学2年のころ)
(前編のあらすじ)
中学2年のとき、はじめて「彼氏」と呼べる存在ができた。
同じ塾に通ってたアキラという男の子と、気づいたら、すごく近くなってた。
最初はほとんどしゃべらなかったけど、だんだんと、教え合うようになって。
彼の教え方はすごくわかりやすくて、「それ面白いけど…」って笑いながら間違えたところを教えてくれるのが、なんだか心地よかった。
ある日、帰り道で「俺、ひなたのことが好きなんだよね」って言われた。
私は「俺もアキラのこと、好きだよ」って返した。
でもそれだけで終わって、特に何も変わらなかった。
だけどその次の休みの日、また一緒に勉強してたら、彼がそっと手を握ってきた。
私はその手を、ぎゅっと握り返した。
あ、たぶん私たち、つきあってるんだな。
そんなふうに思えた、あの瞬間から、すべてが少しだけ変わった気がした。
前編から読む方はこちらをどうぞ ↓
彼の部屋で「今日は誰もいない」と言われた日
「勉強のために会う」そんな名目が、ふたりをつないでいた。
でも、気持ちを確かめ合ってからは、少しずつ世界が変わっていった。
私たちは、初めて「遊ぶ」ために会った。
私が好きだった、近所の川。

川べりの石に並んで腰を下ろして、ただただ喋るだけの時間。
それだけなのに、不思議なくらい満たされていた。
アキラが連れていってくれたのは、昔から好きだったというデパートの屋上。
ゲームセンターの片隅で、誰もいない空間をふたり占めしていた。
もちろん、ふたりともわかっていた。
男同士で付き合うということが、世間には「認められない」ということを。
だから、外では手をつないだり、見つめ合ったりなんて、できなかった。
しないようにしていた。
……だけど、その分、人の気配が途切れた瞬間、アキラは私の手をそっと握ってきた。
言葉より、手のひら。
視線より、指先。
たぶん彼は、そういうふうに思いを伝えるタイプだった。
ある日の放課後、雨が降っていた。
平日昼間のデパート屋上。
人気のないゲーセンで、まるで世界にふたりだけみたいな時間。

アキラは私の手を引いて、少しだけカラダを寄せてきた。
そのまま、唇が重なった。
それが、ふたりにとって最初のキスだった。
それからは、誰かの目が届かない場所では、手をつないだり、キスをしたりするようになった。
それは愛情表現でもあり、人に見つかってはいけないというスリルに包まれた、ささやかなゲームだった。
ある日、彼の家に行くと「今日は誰もいない」と言われた。
そのまま彼の部屋へ。
手を引かれ、ベッドに押し倒されて、服を脱がされて、
上から下へ、順番にキスを落とされた。
やがて私も、同じように彼の服を脱がせて、
同じように、やさしく触れた。
だけど、いざ一体になろうとすると、うまくはいかなかった。
カラダが、どうしても受け入れられなかった。
初めてがうまくいったのは、汗まみれになりながら試行錯誤を何度か繰り返したあとだった。
それは、快感というよりも、
「やっとできたね」と言い合えるような、
達成感に近かった気がする。
教科書には書かれていない。
手探りで、触れながら、ふたりで学んでいった。
恋のしくみも、愛し方も。
そして、自分の心も。
気持ちの置き場所がわからなくなる
ふたりきりのときは、アキラはすごく積極的だった。
でも塾では、私としか話さなかった。
私はというと、少しずつ塾にも慣れてきて、席が隣の人と軽く話すこともできるようになっていた。
成績順で席が毎月入れ替わる塾では、アキラと近くになれない月もあった。
そんなとき、私が誰かと話していると、アキラは決まって不機嫌になった。
相手が男子でも、女子でも関係なかった。
まるで、私の「言葉」を全部独り占めしたい、みたいな感じだった。
「もう、俺のこと好きじゃない?」
「〇〇と付き合えばいいじゃん」
そう言われたこともある。
「そんなことないよ、好きなのはアキラだけだよ」
そう返すと、その場では少しだけ安心したような顔をする。
でも、そのうちまた拗ねて、「もう別れよう」と言ってきたり、急に無視されたりするようになった。
今なら思う。
たぶん、ヤキモチを焼いてしまった自分の気持ちを、どこに置けばいいのかわからなかったんだと思う。
でも当時の私は、そんなふうには考えられなかった。
ただ、彼に振り回されてばかりだった。
少しずつ、会話が減っていった。
一緒に勉強することもなくなった。
私も成績がちょっと落ちたけれど、アキラはもっと目に見えて、後ろの席へ下がっていった。
気づけば、ほとんど話さなくなっていた。
私からも声をかけにくくなっていた。
アキラのほうも、何か話しかけたい気持ちはあったのかもしれないけれど、それができないようだった。
同じ教室にいるのに、4列、5列、席が違うだけで、まるで別の世界にいるみたいだった。
その距離が、近いようで遠かった。
ひとりで英語を勉強しているとき、ふと思い出す。
「アキラだったら、ここをどうやって教えてくれるかな」
「この問題、どんなふうに例え話してくれたかな」
アキラのおかげで、英語は好きになった。
でも、ひとりで学ぶ英語は、どうにも味気がなかった。

ページの向こう側に、もうアキラはいなかった。
「失いたくない」に振り回された日々
しばらくして、アキラが塾に来なくなった。
つきあっていたころの私たちは、そんなに頻繁に電話をするタイプじゃなかった。
だいたいが「明日、何時に待ち合わせな」とか、連絡事項だけ。
それでも、週に何度かは電話していた。
塾に行く前の夜とか、勉強が終わったあととか。
声を聞くと、なんとなく落ち着いた。
アキラが塾に来なくなって、私は迷った。
電話をしようか、どうしようか。
でも結局かけられなかった。
電話だと、何を話せばいいのかわからなかった。
今なら思う。
「声」より、「手」のほうが、たしかに通じ合えていたふたりだった。
家に行って、ただ、あの手を握れば。
それだけで、ぜんぶ取り戻せた気がする。
1ヶ月くらい経って、塾のクラス名簿からアキラの名前が消えていた。
それでやっと、「ああ、本当にもう、来ないんだな」と思った。
好きだった。
だから、一緒にいたかったし、触れていたかった。
その気持ちが満たされるたびに、胸の奥がじんわりあたたかくなった。
だけど、その幸福が、あの頃の私たちにはちょっと大きすぎたのかもしれない。
「失いたくない」が先に立って、
言いたくないことを言ってしまったり、
したくない態度をとってしまったり。
もっと大人だったら。
もっと寛容だったら。
もっと優しくできていたら。
思い返せば、いくつも「もっと」が出てくる。
でも、当時の私たちは、私たちなりに、ほんとうに一生懸命だった。
だから今は、誰も責める気にはならない。
アキラのことも、自分のことも。
これを読んでくれている誰かのなかにも、
似たような、ちょっとこじれた恋を経験した人がいるかもしれない。
もしかしたら、今まさにその渦中にいる人もいるかもしれない。
地元のデパートの屋上を見上げるたびに思い出すのは、あの雨の日の、ゲーセンでのキス。
ほとんど誰もいなかった、あの静かな空間と、
少しだけ肌寒かった、ふたりのあたたかさ。

そして、数年後。
アキラとは、また再会することになる。
その話は……また、別の回で。
このあと、高校生になってからの出来事はこちら↓
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