バイセクシャルの私が、劣等感を手放した日(占い師になったきっかけ5)
誰にも迷惑をかけていないはずなのに、人とは違うというだけで罪悪感や劣等感を背負ってしまうことがある。
人の数だけ「当たり前」がある…そんな当たり前のことに気づくことができずに苦しくなることもある。
普通、一般的には、常識では――そんな呪縛から解き放たれて、自由に生きている人のそばにいられたことは私のかけがえのない財産となった。
ちょっとだけ、これまでのあらすじを振り返らせてください。
占いなんて信じてなかった私が、なぜか社内研修で占いプログラムをつくることになった。
「この会社、入ってよかったです」新人の涙まじりのひと言が、心の奥に火を灯した。
そのプログラムが社内で話題になり、気づけば私は、社長夫人に呼ばれ、ティーラウンジで「あなたは占い師なるよ」と言われていた。
半信半疑で足を踏み入れた占いの館。
最初の2軒で心折れかけた私を、3軒目の占い師エミさんが、まるで見抜いていたように迎えてくれた。
四柱推命だけで人生を読み解く彼女の言葉に、私ははじめて「こういうスタイルなら、なってみたい」と思った。
そして、勇気を出して自分がバイセクシャルであることを話したときも、エミさんは静かに、あたたかく、受けとめてくれた。
週末アシスタントとして通うようになり、私は占い師としての一歩を踏み出し始めている。
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エミさんの“こっそり応援団”
私が占い師としてデビューをした頃、最初はエミさんの常連さんが“新人君を育ててあげよう”みたいな感じで来てくれていた。
後になって知ったことだけど、エミさんが「よかったらお試しで受けてあげて」とこっそり応援の風を吹かせてくれていたらしい。
人気のエミさんに予約が取れなかったお客様の“代打”として、私が案内されることも増えていった。
ありがたいことに、そんな偶然や流れのおかげで、少しずつ緊張がほぐれていって、やっと「聞く鑑定」ができるようになった。
ときどき、パーテーション越しにエミさんの気配を感じることもあって。
あとでアドバイスとか、「あれはよかったわよ」なんて言われるのが、ちょっとした楽しみでもあった。
「伝えること」の前に「空っぽにすること」
でも、知れば知るほど、自分が鑑定をすればするほど、エミさんの”凄み”がわかっていった。
たとえば、「伝えるタイミング」。
コップいっぱいの水には、もう何も入らない。
まずは、その水をそっとこぼして、からっぽにしてあげなきゃいけない。
エミさんは、お客様の心のコップを、静かに空にすることがとても上手だった。
話をたっぷり引き出して、笑ったり、うなずいたりしながら、
聞く準備が整うまで、決してこちらの言葉を押しつけない。
「聞くことよりも、話せるようにすることが、何より大切よ」
そんなエミさんの姿勢から、たくさんのことを学んだ。
なかには、アドバイスはいらないって方もいる。
ただ話して、泣いて、帰っていく。
それでも何度も来てくれたり、誰かを紹介してくれたりする。
「これでよかったのかな……」と思うこともあるけれど、
その人にとってはきっと、それが必要な時間だったのだと思う。
ある日、エミさんの鑑定を受けたお客様がこんなことを言っていた。
「前に他の占いに行ったけど、納得できなかったの。むしろ腹が立ってしかたがなくて、それでここに来たのだけれど……
でもここで、同じことを言われたのに、すんなり受け入れられたの。不思議よね」
占いの内容は同じでも、届ける人や伝え方で、こんなにも印象が変わるのか。
人は、“何を言われたか”だけじゃなく、“誰に、どんなふうに言われたか”で動かされるのだと知った。
占い師にとっての“占術”とは
エミさんの占術は、ほぼ四柱推命だけ。
雑談の時に血液型や星座を使うこともあったけど、ほんのスパイス程度だった。

聞けば、昔は雑誌で占い記事を書いていたこともあるらしい。
西洋占星術、手相、タロット……
占い師によっては、占術の多さを“強み”にする人もいるけれど、
エミさんは増やすことには興味がなかったようだ。
本棚にはたくさんの本が並んでいたから、きっと一通りは学んでいたんだと思う。
でも、それをあえて表に出さなかった理由を尋ねたとき、
「占い師はね、占術よりも大事なことがあるのよ」
と、やさしく笑って言った。
それが何かは、教えてもらえなかった。
……というか、はぐらかされた。
でも今は、なんとなくわかる気がしている。
たぶんそれは、生き方とか、言葉の選び方とか、
目の前の人と向き合うときの姿勢のことだったんじゃないかなって。
(この話は、このシリーズで後ほど書きます)
「私もこれでいい」って思えること
そして、もうひとつ。
エミさんと出会ってから、
私は自分がバイセクシャルであることに、悩まなくなった。
それまで、人と違うことが恥ずかしくて、
なんとなく、自分の輪郭がぼやけて見えることもあった。
エミさんのやり方は、いわゆる「占いの館」っぽくなかった。
占いの仕方も、いわゆる王道の「あなたは〇〇になるわよ!!」的な
未来を決めつけるスタイルではなかった。
自分がいいと思うスタイルで、誠実にやっていれば、それでいい。
そう信じて仕事をしている背中を、ずっと見せてくれていた。
だから私も、正しさとか、常識とかじゃなくて、
「その人にとって一番いい未来」に寄り添えるようになった。
そう思えるようになったのは、エミさんの影響が大きい。
占いにできることの限界を知った日
そんなふうにして、1年が過ぎたころ。
その日も、営業時間が終わってから、ふたりで掃除をして、
「おつかれさまでした」と声をかけて、店を出て、
私は右へ、エミさんは左へ、
それぞれ反対方向に歩き出して、
1分もしないうちに
「ドンッ」
何かがぶつかる鈍い音。
つづけて、悲鳴のような急ブレーキの音。
振り返ったとき、青い軽自動車と、
その向こうに倒れているエミさんの姿が目に飛び込んできた。
(つづきはこちらです ↓ )
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