Intelの建物(ベイエリア)
インテル博物館に関するリサーチをしているうちに、ベイエリアの建物も気になってきたので、引用を紡ぐ形でまとめておく。
ベースとなるネタはコレ↓ Intelの製造拠点リスト(閉鎖したものも記されているが、事務所系はあまり載っていない)。
List of Intel manufacturing sites
Intel創業までの概略
戦後(1945年~)、ベル研究所で真空管に代わる増幅装置の研究が始まった。1947年末頃にはゲルマニウムによる個体増幅が発明された。トランジスタの誕生である。このときチームリーダーのウィリアム・ショックレーはその場に居らずトランジスタの発明者とはなれなかったが、後にジョン・バーディーンとウォルター・ブラッテンと共にトランジスタの発明でノーベル物理学賞を受賞する。
1955年、ショックレーはベル研を離れて母校のカリフォルニア工科大に4ヶ月だけ客員教授をしていた頃、大学時代の友人の申し出に乗っかり「ショックレー研究所」をカリフォルニア州のマウンテンビューに創設する。当時、半導体研究の最先端は東海岸だったのだが、母親の実家が近いと言う理由で彼はこの地を選んだ。これがのちのシリコンバレーの礎になったとされる。
だが、すぐにショックレー研究所は彼の経営方針とメンバーのソリが合わず、わずか2年後の1957年に「8人の反逆者」と呼ばれる研究メンバーが辞める。この中に後にIntelを立ち上げるロバート・ノイスとゴードン・ムーアもいた。優秀な研究者がイイ経営者とは限らないあるあるだ。
彼らは「フェアチャイルド・セミコンダクター」を創業し、やがて集積回路(IC:Integrated Circuit)を発明する。現在も同社創業の地(844 E Charleston Rd, Palo Alto, CA 94303)にはその記念碑がある。1966年には同社はテキサスインスツルメンツに次いで業界2位となっていたが、翌1967年に収益が低下すると取締役会の意向が気に入らなかった副社長だったノイスはムーアを誘って新会社を興す。それが「Intel」だ。
ちなみにゴードン・ムーアが『ムーアの法則』を自身の論文に示したのは、このフェアチャイルド時代。
Intel創業
プロセッサメーカの巨人Intelは、1968年7月にカリフォルニア州のマウンテンビューに半導体メモリを主力製品としたベンチャー企業としてロバート・ノイス(Robert Noyce)とゴードン・ムーア(Gordon E. Moore) Rock)によって設立された。当初の社名はNM Electronicsで、Moore Noyce Electronics という名は両名によって真っ先に却下されたらしい(More Noise と語呂が同じな為)。設立同月、INTegrated ELectronicsに由来するIntelに変更した。翌8月には、アンドルー・グローヴ(Andrew Grove)もフェアチャイルドからIntelへ3番目の社員として入社(従業員番号は1番)。この3人で黎明期を支える。
<初期の歴代CEO>
1968-1975 ロバート・ノイス
1975-1987 ゴードンムーア
1987-1998 アンドルー・グローヴ
・・・
創業時(1968年)の建物はマウンテンビュー(365 E Middlefield Rd, Mountain View, CA 94043 )で、本社事務所と製造工場(Fab1)を兼ねた借家。このときの従業員数は42名。翌1969年に建物前として残っている写真では106名。左下がノイスでその右がムーア。その右後ろがグローブ。
サンタクララ拠点
創業から4年間の1971年、Intelは生産拠点の拡張のためサンタクララに土地を購入し、本社ビル(SC1)と自社工場(Fab2)を建設する(元々は梨畑だったと言われている)。竣工すると本社機能をSC1に移した(生産拠点としてのFab1は1981年まで使われる)。Fab2は出来たばかりのSC1の建物内にあった。現在Fab2でのシリコン製品の製造は2009年に終了していて過去の名前となっているが、SC1はいまも同社の施設として使われている。3065 Bowers Ave, Santa Clara, CA 95054
ちなみに、時同じくして世界初のマイクロプロセッサ4004の動作が確認されたのが1971年1月、チップセット(4004ファミリ)の動作サンプルが完成したのは同年3月だ。ビジコンが4004を使ったプリンタ付き電卓141-PFを発売したのが同年10月。だが4004はビジコンが持ちかけた特注LSI開発案件だったので、契約上Intelは自由に一般販売は出来ない状態だった。
だがこの頃、ビジコンが外貨との絡みもあって資金繰りが厳しくなっていた。4004の応用性に気がついたIntelは交渉を持ちかけ、契約条件が更新された。
・Intelからビジコンへ開発費の返却
・ビジコンへの販売価格のディスカウント
・Intelがビジコン以外にも販売する権利
これによりIntelは4004ファミリ:MCS-4マイクロコンピュータ・システムを一般販売出来るようになった。その広告が雑誌に載ったのが同年11月。このような時系列から分かるように、このサンタクララの新自社社屋と工場の建設は4004によるものでは無く、Intelが創業当時から目指していた半導体メモリ事業(DRAM 1103 容量1Kビット)が絶好調だったのである。半導体メモリ市場の約50%を占めていたと言われる。
ほどなくして、IntelはマウンテンビューのFab1において2インチウェーハ(50mm)での生産を3インチ(75mm)に移行させ、メモリの生産性は更に上がるる。ちなみに最初の4004はSC1内のFab2において2インチウェーハで生産されたらしい。
SC1の当時の写真。周りには何も無く隣接する建物(SC2)も未だ無い。駐車場に停まっている古いアメ車の判別は知識が足りなくて無理ゲーだが、発売されて間もない頃の輸出仕様の日産フェアレディZ(初代 S30型)に目が行く。アメリカでの名は「ダットサン240Z」。
余談だが、フェアレディZ開発話もアツい。2002年に放送された、NHKの番組「プロジェクトX」第84回 「運命のZ計画」~世界一売れたスポーツカー伝説~ フェアレディZ 日産自動車 を参照されたい。(Youtubeにupされているので、すぐ消されるだろうけど)。
https://www.youtube.com/watch?v=xG6gFi20pao
https://www.youtube.com/watch?v=6nHXk4MRHJU
さらに余談だけど、この年(1971)にIntelは既に日本支社を設立している(後にインテルジャパンとして日本法人となる)。JapanマーケットがIntelにとって重要視されていたのだ。ロバートノイスも営業しても割っていたようだし、その縁もあってビジコンはIntelに話を持ちかけるのである。
イーストベイ拠点
1973年、Intelは生産拠点の一極集中に対するリスクヘッジとして、リバモアにFab3を建設する(250 N Mines Rd, Livermore, CA 94551 )。Fab3はIntelがクリーンスーツを導入した最初の工場である。そう、それまでは作業者は私服の普段着で製造現場で働いていたのだ(厳密には、次にスモックが導入されて、その次がクリーンスーツ)。クリーンスーツはBunny Suitsとも呼ばれ物珍しさもあって人気だったそうだ。Fab3はIntelが最初に3インチや4インチでの製造を開始した工場と言われている。i80386を生産したのもここだ。1990年まで使用され、翌年他社に売却された。現在はトランクルーム業者が使っている。
Intelは1997年、このバビースーツをキャラクタ化しBunny Peopleとしてコマーシャルにデビューさせた。このCMはかなりヒットしたらしいけど、クリーンスーツで表に出たらアカンやろ・・・
現在の本社ビル
現在のIntel本社は、カリフォルニア州サンタクララ(2200 Mission College Blvd.)にあり、RNB (Robert Noyce Building)と呼ばれている。Intel博物館はこの一角に収まっている。
現在のIntel本社は、カリフォルニア州サンタクララ(2200 Mission College Blvd.)にあり、RNB (Robert Noyce Building)と呼ばれている。この建物がいつ完成して本社機能が移ってきたかは調べても分からなかった。
NBCで放送していた深夜トークバラエティ(Late Night with Conan O'Brien)のコナン・オブライエンがRNBやその奥のクリーンルームをロケしている。
そもそも半導体工場の内部映像は、秘中の秘で一般にさらされることが希なのだが、Intelは広報活動の一環なのか世界各国にある同社の内部映像を意外とオフィシャルが公開している。そんな中でもIMO(Intel Mask Operation)の映像は極めて貴重だ。
