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ファイザーとMSDは、なぜ逆方向に組織を変えたのか——製薬会社の組織を決めるもの


2026年2月23日、MSD(米メルク)が組織変更を発表した。

主力のヒューマンヘルス事業を2つに割り、がん(オンコロジー)専任の事業部を新設するという内容だ。公式リリースが強調したのは、がん領域でのリーダーシップを維持しながら、広がり続けるポートフォリオと増加する新製品のローンチに集中することだった。

その約1年前、ファイザーはちょうど逆のことをしていた。

2023年12月に430億ドルでシージェンを買収した直後、ファイザーはがん専任の商業組織を立ち上げていた。ところが2025年1月1日付で、Pfizer Oncology Divisionは独立した商業部門ではなくなった。米国のがん商業組織とグローバルのがんマーケティングはU.S. Commercialへ移された。一方、研究開発では、統合したオンコロジーR&Dの専門組織が維持された。

正確に言えば、両社が動かしたのはがん事業を置く階層である。ファイザーはOncologyを商業組織の最上位から下ろし、MSDは最上位の事業責任として引き上げた。

同じ業界のグローバル大手が、ほぼ同じ時期に、逆向きの判断を下した。どちらかが間違っているのだろうか。

製薬会社の組織は、機能・地域・疾患・事業のどれか一つで決まるのではない。どの軸に資源配分と意思決定の責任を置き、他の軸をどこで横断させるかで決まる。

本記事は、組織設計に関心のある人、製薬業界を志す人、そして日々こうした組織の中で働く実務者に向けて、「なぜ製薬会社の組織はこの形になるのか」を公開情報から読み解けるように整理したものである。

前提:本記事は組織構造の読み方の整理であり、特定企業の経営判断の巧拙を評価するものではありません。



組織は、何を優先して切るのか

どの軸で会社を切るかを考えるには、まず組織構造のトレードオフを理解する必要がある。

組織構造には3つの狙いがあるが、同時に最大化するのは難しい。関係の深い活動を同じ部署にまとめれば、その内部の効率と連携は上がる。だが同時に、まとめなかった部署との情報のやりとりは薄くなり、縦割りが生まれる。どこかを立てれば、どこかが犠牲になる。

こうしたトレードオフを踏まえると、大手製薬の組織は4つの主要軸でおおむね整理できる。

  • 製品・事業軸——医薬、診断、医療機器、ワクチン、バイオシミラーなど

  • 機能軸——研究、開発、製造、営業、財務など

  • 地域軸——米国、欧州、日本、中国、Internationalなど

  • 疾患領域軸——がん、免疫、神経、心血管・代謝など

組織構造は「何を得るか」だけでなく、「どの欠点なら受け入れられるか」で決まる。

実際の大手製薬は、ほぼすべて複数の軸を同時に持っている。違うのは、どの軸をどの階層に置き、業績・資源配分・意思決定の責任を持たせているかである。


① 事業軸——ビジネスモデルが違えば、最上位で分ける

会社の中に異なるビジネスモデルが存在する場合、事業軸は最上位に置かれやすい。

ロシュはPharmaceuticalsとDiagnostics、J&JはInnovative MedicineとMedTechに分かれ、それぞれに経営陣レベルの責任者を置いている。

医薬品と診断機器、医薬品と医療機器では、顧客、研究開発、製造、規制、販売方法、利益構造が大きく異なる。同じ地域組織でまとめるより、別の事業として経営した方が合理的である。

同じ考え方は、下位の事業編成にも現れる。ファイザーが2026年にBiopharma内に新設したGlobal Hospital and Biosimilars Divisionは、特許切れブランド品、後発無菌注射剤、バイオシミラーを集め、新薬中心のポートフォリオとは異なる事業特性を持つ組織として管理している。


② 機能軸——すべての会社に共通する骨格

R&D、製造、営業、財務、人事、法務など、専門能力ごとに人材と資源を集約する最も基本的な切り方である。

会社ごとの差が鮮明に表れるのがR&Dだ。多くの企業はR&D全体を1人の責任者に集約し、その内部に治療領域別のユニットを置く。一方、経営陣レベルの責任を探索と開発に分けるノバルティスやBMS、研究組織をpREDとgREDに分けるロシュのような設計もある。ロシュは2009年のジェネンテック完全子会社化後も、その研究組織をgREDとして残した。

こうした「買った組織をどこまで取り込むか」という判断は、製薬企業のM&A戦略にもつながる。詳しくは製薬M&A戦略入門——「組む」ではなく「買う」本当の理由を参照。


③ 地域軸——商業機能を支える基本骨格

革新的医薬品を中心とする製薬企業では、商業組織の基本骨格は地域軸になることが多い。

薬事承認、薬価・償還、保険制度、流通、顧客、販売・メディカル活動が国・地域ごとに異なるからだ。同じ薬を扱っていても、米国、日本、欧州では市場への届け方が大きく違う。

特に、米国は市場規模、価格、保険制度、収益性の点で、他国と同列に扱いにくい。その非対称性から、グローバル大手は米国という1国と、それ以外の全世界に分ける会社が多い。

なかでもファイザー、ノバルティス、ノボ ノルディスクは、US/Internationalの責任者を経営陣レベルに置いている。GSKはUS/Europe/Internationalの3地域に分けている。

ただし、地域軸を全社経営陣の主要な区分にしていない製薬企業もある。

BMSは、世界のCommercialとMedicalをChief Commercialization Officerに集約している。アッヴィもChief Commercial Officerを置き、その下に疾患・事業・地域責任者を配置している。

両社にも地域組織は存在するが、地域責任者を全社経営陣の最上位に並べる設計ではない。


④ 疾患領域軸——地域軸を置き換えるのではなく、重ねる

がん、免疫、神経、心血管・代謝など、治療する疾患領域ごとに責任を置く切り方である。

疾患別の研究・開発・営業チーム自体は、多くの製薬企業に存在する。会社ごとの差は、疾患領域を機能や地域の下に置くのか、経営陣レベルの事業責任(つまり、事業部)として引き上げるのかにある。

イーライリリーは、Lilly USAとLilly Internationalを置いていると同時に、Cardiometabolic Health、Immunology、Neuroscience、Oncologyの4領域すべてに経営陣レベルの責任者を置いている。

MSDはさらに複雑だ。Jannie Oosthuizen氏はグローバルのOncologyに加えて、MSD Internationalにおけるヒューマンヘルス全製品を担当する。疾患軸と地域軸を、同じ責任者に重ねた形である。

したがって、製薬会社では、疾患軸は地域軸を置き換えるのではなく、地域を超えて統一したい製品戦略、サイエンス、資源配分を担う横串として重ねられるのである。

こうした疾患領域の中でも、グローバル大手の経営陣の役職名に繰り返し現れるのがオンコロジーである。

MSD、アストラゼネカ、アッヴィ、そしてリリーには、いずれもオンコロジーを冠した専任組織または責任者が置かれていた。その範囲は同じではなく、商業組織だけを担当する場合もあれば、研究・開発から商業までを束ねる場合もある。

オンコロジーが独立しやすい背景には事業規模があるが、それだけではない。

オンコロジーは一つの均質な市場ではない。肺がん、乳がん、血液がんなどでは、専門医、治療法、バイオマーカー、臨床試験の設計が大きく異なる。一方、創薬技術、診断薬との連携、併用療法、規制対応、外部導入の判断には、がん種を超えて共有できる部分が多い。

したがって、オンコロジー全体では技術基盤と投資判断を束ねつつ、個別の意思決定はがん種別のチームに残す設計が合理的になる。オンコロジー事業部とは、異なるがんを一つに統合する箱というより、専門性を残したまま、共通する投資と能力を横断最適化する箱と考えた方がよい。


4つの軸には、よく見られる重なり方がある

以上を整理すると、次の配置がよく見られる。

異なるビジネスモデルを併せ持つ企業では、事業軸が最上位に置かれやすい。革新的医薬品という同じビジネスモデルの中では、地域軸が商業の基本骨格となり、その上または横に疾患領域軸が重ねられる。


選ばなかった軸をどう埋めるか

ここまで組織を縦に切る軸を見てきた。だが実務では、主軸にしなかった観点も放置できない。どの軸を選んでも、別の軸との境界に調整課題が生まれるからだ。

地域で切れば製品戦略が国ごとに分かれやすく、疾患で切れば各地域の制度や顧客への対応を別に補う必要がある。機能で切れば、研究・開発・薬事・営業の間の受け渡しが増える。

その境界は、2つの方法で埋められる。一段下の階層と、組織図に載らない横断の仕組みである。


① 一段下の階層で戻る

4つの軸が階層で入れ替わることは、実際の組織図でも確かめられる。海外大手では経営陣一覧までの公開にとどまることが多い。一方、日本企業には、部レベルまで組織図を公開している例がある

例えば第一三共の2020年4月時点の組織図では、R&Dの下が疾患・モダリティや開発段階で分けられ、その全体に薬事・安全性・薬物動態などの機能が横断的に置かれていた。商業も、マーケティングが製品・疾患で割られ、そこに機能が横串で入る。

海外でも同様で、アストラゼネカの米国組織では、「US」という地域の箱の下が、BioPharmaceuticals、Oncology、Alexion(希少疾患)という疾患・事業軸で分けられている。

上位で前面に出なかった軸は、下位階層や横断機能として再び現れることが多い。


② 組織図に載らない横断の仕組みで戻る

マトリクス組織

例えば、機能軸で縦に切った部門の下に地域チームや領域チームを置き、それぞれの地域・領域部門にも同時にレポートさせる。逆に、地域部門の下に領域・機能チームを置いて両方に報告させる形もある。縦に切った組織を、横で連携させる仕組みである。

プロジェクト・委員会による横断組織

横断組織には、1つの製品について研究・開発・薬事・メディカル・営業・アクセスを束ねるグローバル製品チーム、ローンチ委員会、ポートフォリオ会議、「グローバルブランドリード」のような統合役がある。こうした会議体や兼務関係は、公開組織図には十分に表れないことが多い。

つまり組織設計の実体は、縦の線(誰が何を持つか)、下の階層(軸がどう入れ替わるか)、横の仕組み(どこで縫い合わせるか)の三層でできている。したがって、公開情報から確実に読めるのは、主として上位の責任配置までである。

問いは「この会社は何型か」ではなく、「どの軸を、どの階層に置き、どこで横断させたか」なのだ。


なぜ、同じ会社が何度も変えるのか

理由は大きく2つある。

一つ目は、構造的な往復だ。 分権すれば重複とサイロが生まれ、集約すれば現場から遠くなる。既存構造の副作用が許容できなくなるたびに、組織は反対方向へ動く。

したがって、組織変更は必ずしも「前の組織が失敗した」ことを意味しない。ファイザーの動きも、2023年には買収したオンコロジー資産を束ねる必要があり、2025年には地域・機能別組織との重複解消を優先した、と解釈できる。ただし、公開資料が再編理由をそこまで具体的に説明しているわけではない。

二つ目は、外部環境だ。 特許満了、大型買収、価格制度の変更がトリガーになる。とりわけ買収では、研究文化や意思決定の速さを守るために独立性を残す場合もあれば、一定期間後に本体へ統合する場合もある。ロシュのgREDとファイザーのオンコロジー組織は、その異なる例として読める。

いま進行中の例が、米国のMFN(最恵国待遇)薬価である。米国価格を他の先進国の水準に近づけることを狙う枠組みで、2025年5月の大統領令を起点に、2026年4月時点で17社が個別合意に至った。ただし、合意条件の公開範囲は限られ、制度全体はなお流動的である。

組織への影響はまだ断定できないが、各国価格の連動が強まれば、国ごとに独立して価格を決める前提は弱まる。地域組織がなくなるのではなく、グローバルのプライシングとマーケットアクセスを横断的に調整する機能が強まる可能性がある。


ここまでの整理を、仮想組織にすると

ここまでの議論を一つの仮想図に落とすと、次のようになる。これは唯一の正解ではなく、地域対応を商業の基本骨格としながら、オンコロジーと価格戦略をグローバルで横断させる一例である。

この図のポイントは、米国と国際地域に商業上の責任を持たせる一方、オンコロジーとプライシング&マーケットアクセスを地域横断で置くことだ。地域対応と全社最適の衝突を、横串で補う設計である。


組織図が語るのは、意図であって結果ではない

McKinseyが2013年に実施した調査では、再編に関与した回答者のうち、構造が完全に実施され、目標を達成し、業績も改善したと答えたのは**21%**だった。製薬企業に限った調査でも、客観的な業績評価でもない。それでも示唆的なのは、成否が箱の形だけではなく、意思決定権、業務プロセス、評価制度、行動変容まで設計できたかに左右される点である。

組織図に唯一の正解はない。あるのは、会社がどの軸を優先し、どの欠点を受け入れ、組織図に載らない仕組みで何を補うか——その選択の記録だけである。

組織図は、会社が何を優先しようとしているかを示す。しかし、それが実際に優先されていることまでは証明しない。


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