【台風の夜】古い木造家屋で、僕たちは居間に集まり嵐を待った――幼き日の非日常と家族のぬくもり
台風の夜――60年前、湘南の古い木造家屋で家族と過ごした一夜。
雨戸を打つ風と波の轟き、ロウソクのゆらめく灯り、そして愛犬のぬくもり。
非日常の嵐の中にこそ、家族の絆と心に刻まれる原風景がありました。
潮騒と、嵐と、ロウソクの光――それは六十年を越えてもなお、心に息づく記憶
湘南の海辺で育った私の子供時代は、いつも潮の香りと、どこか遠くから聞こえる波の音に包まれていました。
しかし、その穏やかな日々の中に、年に何度か、日頃の風景を一変させる特別な「非日常」が訪れました。
それは、台風の接近を告げる天気予報と共にやってくる「非日常」でした。
嵐の前のざわめき
やがて、そんな「非日常」の予感は現実のものとなっていきます。
私が子供の頃には、関東や、東海、四国など、太平洋岸を直撃する台風は意外とたくさんありました。湘南の海岸線を容赦なく襲ってくる台風も少なくありませんでした。
古い木造の家で暮らしていた僕たちにとって、台風はただの天候の不良以上の意味を持っていました。テレビやラジオが「大型台風、〇日夜に上陸か」と告げるたび、家の中には独特の緊張感が漂い始めます。父や母、祖母たちは、まるで戦(いくさ)支度でもするかのように、慌ただしく動き出します。
庭に置かれた植木鉢や物干し竿が家の中や玄関の土間に運び込まれ、雨戸を閉めた窓は釘付けにされます。この時ばかりは釘を打つ金槌の音が家中に響き渡ります。
すべての窓を覆ってしまう雨戸によって、家はまるで堅牢な壁で覆い尽くされた要塞のようになりました。なんだか家が、外界から完全に遮断された秘密基地にでもなってしまったかのような気がしました。
それは、ちょっとした高揚感を僕にもたらしたのです。
こうして雨戸がたてられた家は、昼でも真っ暗になります。でも、古い家ですから、雨戸も完全ではなくて、いくつか隙間ができてしまいます。雨戸の隙間から入り込む、濡れた土と海の匂い。そして、その隙間から昼でも暗い家の中に一筋の光が射し込むのも、これから始まる事々の非日常性を予感させてくれました。
このとき、大人たちの顔には心配の色が浮かんでいましたが、子供だった私や姉は、その緊迫した空気を、どこかくすぐったいような期待感で受け止めていました。そういうときは学校も休みになるか、午後には早々と授業が打ち切られたりします。それは、年に数回しか訪れない、子供にとっては「ご褒美」のような出来事だったのです。
近所の家々からも、同じように雨戸を釘付けにする槌の音が聞こえ、町全体が嵐の前の静けさと、独特の興奮に包まれていくのを感じていました。
やがて、空が鉛色に染まり、風が唸り声を上げ始めます。雨戸をたてて暗くなった家の中では電球が早めに灯されます。LEDランプなどのない時代です。電球の淡い光が部屋を薄ぼんやりと照らし出します。
外では風の音が高まっていきます。早めの夕食のために、祖母や母が握ってくれたおにぎりや、簡単に食べられるものが並びました。普段は「8時には寝なさい」と厳しかった母も、台風の夜だけは違います。
大晦日と、そしてこの台風の夜だけは、特別に遅くまで起きていられる。そんな密やかな喜びが、子供心に沸き上がったものです。

家族の温もりと、小さな相棒
早めの夕ご飯を終え、午後7時のNHKニュースを見ながら、大人たちは台風の進路についての意見を交わしています。
そうするうちにも、外では風雨が激しさを増していきます。古い木造家屋は、全身で嵐を受け止めて、ギシゴシと悲鳴を上げ出しました。
ゴーゴーと吹き荒れる風の音、ザアザアと叩きつける雨の音――そして、ガタピシと揺れる雨戸。
家族は全員、夕食後も居間に留まっています。普段は居間で寝ることはないのですが、この日だけはそこにふとんが敷かれて、子供たちは布団の中に潜り込んでいきます。
風と雨は、もはや「暴風雨」と呼ぶに相応しい、轟音となって家を叩きつけます。私は布団の中に深く潜り込み、その音に耳を傾けながら、体の芯では恐怖を感じていました。それでも、なぜかその非日常的な響きを、心のどこかで楽しんでいる自分もいたのです。
外界から遮断された空間で、家族が身を寄せ合う。それは、ある種の冒険であり、守られているという安堵感でもあったのかもしれません。
そして、この台風の夜にだけ許される、もう一つの特別なことがありました。
普段は庭で飼っていた愛犬が、この日ばかりは家の中で過ごすことが許されるのです。
愛犬は、嵐の音に少し怯えたような表情をしながらも、慣れない室内の感触に大はしゃぎ。尻尾を振りながら、家族一人ひとりの手や足を慈しむように舐め、「僕も、この嵐の夜を家族と共に乗り越える仲間だよ」と優しい目で訴えかけてきます。その小さな体から伝わる体温が、嵐の轟音を遠ざけてくれるかのようでした。
その姿を見るたび、張り詰めていた家族の顔にも、ふっと笑みがこぼれたものです。嵐の緊張感の中に、小さな温もりと、ささやかなユーモアがもたらされる瞬間でした。

闇と光、そして家族の輪
そういう夜には、必ずと言っていいほどにそれがやってきました。 突然、家中の電気が消えてしまうのです。あたりは一瞬にして漆黒の闇に包まれます。
「ああ、また停電だ…」 子供たちの間から、不安な声が漏れ、小さな手がおばあちゃんの腕を探して抱きつきます。愛犬も、その闇に戸惑うかのように、キュンと小さな鳴き声を上げ、家族の足元に体を寄せました。
そういうときにも冷静な母は、決まって窓の方を指差し、私や姉に尋ねるのです。
「ねえ、近所の家の電気はついてるの?」
私たちは、玄関の扉を少しだけ開けて、漆黒の闇に目を凝らし、わずかな光を探します。もし近所の家も電気が消えていれば、「これは停電だね」と少し安堵し、もしよその家の明かりが灯っていれば、「うちのブレーカーが飛んだんだ」と判断する。そんな、ささやかな家族のルーティンがありました。
やがて、祖母が慣れた手つきでロウソクに火を灯し、食卓の中央に置きます。ゆらゆらと揺れる小さな炎が、居間の様子を薄ぼんやりと浮かび上がらせ、壁に家族の影を大きく揺らしました。ロウソクの炎が揺れるたび、微かに漂う蝋の匂いが幼い心に刻まれました。
懐中電灯の光が天井を走り、その光の軌跡を、子供たちは食い入るように見つめます。
それは、まるで幻想的な舞台を見ているかのような、不思議で美しい光景でした。
ロウソクの灯りの下、家族全員でトランプをしたこともありました。普段は忙しい両親も、この夜ばかりはゲームに興じ、子供たちの笑い声が、嵐の音に混じって家の中に響きました。
愛犬も、その輪の中に加わり、時折、カードが落ちる音に耳を傾けたり、誰かの足元で静かに眠ったりしていました。その温かい時間は、忘れがたい家族の思い出として、私の心に深く刻まれています。

遠い記憶の、光と影
どれくらいの時間が経ったのでしょうか。やがて、非日常の緊張感で疲れた私や姉は、いつの間にか寝入ってしまっていました。愛犬も、誰かの足元で丸くなっているようです。
次に目が覚めたときには、朝になっていました。
嵐はどこかに去ってしまったようです。
一晩中起きていた母たちは、早速雨戸を開け、窓の釘を外します。
部屋には明るい光がさっと射し込んできました。
カーテンの隙間から差し込む光が、昨夜の嵐がまるで夢だったかのように、穏やかな朝を告げていました。
外からは、ひっきりなしに小鳥のさえずりが聞こえ、風の音も雨の音も、どこか遠くへ消え去ったようです。
しかし、庭に目をやると、昨夜の台風の爪痕がはっきりと残っていました。風で飛ばされた植木鉢、折れた枝、散乱した葉っぱの山。愛犬は、一晩家の中で過ごした解放感からか、庭へ飛び出し、濡れた草の上を元気いっぱいに走り回っていました。
あの荒々しい夜は、確かに現実だったのだと、その景色が物語っていました。
60年以上の時が流れ、私自身も年を重ね、遠く離れた石垣島で暮らすようになりました。
この島にも、台風は容赦なくやってきます。
今、石垣島で再び台風の気配を感じるたび、あの夜の風と同じ匂いがふと鼻先をかすめる気がします。
子供の頃に感じたあのワクワク感や、家族と愛犬がロウソクの光の下で身を寄せ合った温かさは、もはや遠い記憶の中だけのものとなりました。
それでも、ふと台風のニュースを聞くたび、あの江ノ島の古い木の家で、家族と共に嵐を待った夜の光景が、鮮やかに心に蘇るのです。
それは、困難な状況の中にも、ささやかな喜びと、何よりも大切な家族のぬくもりがあった、忘れがたい「非日常」の記憶。そして、私の人生の原風景を形作った、大切な思い出です。
お読みいただき、ありがとうございます。
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