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第一話『チョコレート工場にて』第1章~はこちら
第二話『ビアホール・マインツ』第9章~
第三話『情熱の鐘』第21章~
第四話『浜辺にて』第24章~


第28章 居場所

マダム楊との嵐のような夢のような一夜、あれは何だったんだろう。妖艶で品のよさもある。けれどアルコールが入り、ベッドへともぐると、別人のようになる。

女性はみんなそうなのかな……

コテージの部屋で朝、ここ何日かを振り返ると、数日前のできごとが何か月も前のようにも想えた。

『スコット・フィッツジェラルド』……彼のどこが自分と似ているんだろう……。調べてみると、妻ゼルダはとても美人で評判だったという。だが元々精神不安定で、夫のフィッツジェラルドもアルコール依存症に陥った。

有名なヘミングウェイの『老人と海』に匹敵する人気を博した『華麗なるギャツビ―』を発表して以来、満を持して発表した長編小説『夜はやさし』は1/3しか売れず失望した彼は、わずか44歳の若さで心臓発作を起こし亡くなってしまう。


時代が合わなかった。世界恐慌を起こした1929年以降、人々はフィッツジェラルドよりもヘミングウェイを好んだ。その後時代は変わりフィッツジェラルドは再評価され、いまではどこのアメリカの書店にも必ず著書が置いてあるという。


そんな彼と僕が似ているというのか。まさか。そんなはずあるまい。そもそも僕はアルコール依存じゃないし、彼のような文才でもない。どこにでもいるごくふつうの男だ。楊さんの言う前途ある青年かもしれないが、それはずいぶんかいかぶったものの見方だ。


ベッドをソファ代わりに座り、ボンヤリと考えているとふと、枕元に置いてある電話機のランプが点滅していることに気づいた。留守番電話だった。再生してみるとレイラからだった。<いまどこにいるの?>携帯にかかっていたものの取り損ねていた僕に、コンタクトを取るべくこちらにもメッセージを残したのだろう。

以前だったら変な邪念が生じ、すぐには電話をかけなかった。僕がいないことを少しくらい困ってくれよという無言のメッセージからだ。勝気な彼女にとって、僕が言うことを聴かず、コントロールできないことに業を煮やしてほしかった。


だがそんな思惑も意味の無いことのように思えた。楊さんとの一夜が明けたいまは、大人になれた気がした。僕のような男でも楊さんのような人が相手をしてくれる。求めてくれる人がいると男は強くなれる。


受け入れられないと感じたときは、こびを売っている。だがひとたび突破口が見つかると、途端に図々しくなる。僕って人間はなんて現金な男なんだ。そんな想いが交錯しながら受話器を手にし、電話をかけた。


「あぁ、ヒロ? どこに行っていたの?」
「うん、ちょっとね。エリックさんに付いて社外勉強というところかな」

「そう……。私は相変わらず。ケントとはしょっちゅうケンカばかり。もう終わりかも」
「そんなことないんじゃない? ケントはいつもスマートだし指摘はいつも的確だし……」


「それは株の分析においてでしょ。でも私はそれは大事だとは思わない。株だって予想をくつがえすような動きをするじゃない。男女の恋愛みたいに反射的に動くということが」

「そうだね。それは言えるかもしれない。僕は株のことはうといけど、女性の気持ちだったら少しはわかるかもしれない。女性に受け入れてもらえるのかもしれない」

「それって買いかぶり過ぎかもよ。女性の気持ちがわかるという人ほどわかっていないこともあるから。でもヒロはケントよりマシよ」

その言葉を聴いたとき正直うれしかった。否定されていてもケントより上。つまり恋人のケントよりもあなたのほうが男として好き――そう言われている気がした。

ケントとは付き合ってはいるけれど、もしかすると僕の入り込む余地があるかもしれない。

とはいえわざわざ人の女を獲る必要があるだろうか。ケントとは現在進行形のステディなスィートハートだ。それなのに火中の栗を拾うようなことをしてもいいのか。


ただ何か自分の中に眠る種火に火が点いた。ずっとくすぶっている種火、その種火がメラメラと燃え上がり、大きな炎へと転化する。まるでそれはケントへのライバル心をかきたてるがごとく、人の獲物を横取りする肉食動物の瞳孔と同じものだ。


僕の居場所はもしかするとここにあるのかもしれない。日本でカレンとの日々にいまひとつ物足りなさを感じていたのはこれだったのか。くり返す毎日は刺激がなかった。

それはまるでタバスコがないピザを食べているかのようだった。たしかに味はうまい。平和で幸せな暮らし。けど何かが足りない。その何かを求めて、はるか遠いオーストリアまできたのかも知れない。


日本にいたときと比べるとはるかに刺激的だ。ここで1日過ごすと海の向こうの日本では何日分、ヘタすると何か月何年分にも相当する。それくらい濃密な時間だ。

向こうではありきたりな毎日でもここオーストリアではすべてが新鮮で刺激的。それはまるで異次元の世界から舞い降りたようだ。同じ時代に生きるのにまるで違う現実を手にしている。それは目の前でくり広げられるできごとや光景のなせるわざ。


こんな自分は自分じゃない、居場所がないと感じるときは自分の人生を生きていない。けれども人に受け入れられ、自分を出せているときは居場所がある。居場所とはかくも大切なものなのか。レイラとの会話を楽しみながら、僕は次起きることが何かに想いをはせた。

第29章 危ない橋

2週間後、レイラと待ち合わせるためカフェ『ボンヌ』にきた。ここにくるのは久しぶりだ。約束の時間より30分早く着いた僕は窓下のライン川を流れていく客船を眺めていた。5分後、彼女は現れた。


キリリとした切れ長のブルーアイズ、すっと通ったブロウライン、小さく流れるようにまとめたショートヘア、片耳を出して見せるイヤリング、ミニスカートの下からはスラリと伸びた脚が観え、知的なセンスを感じさせるその表情は日本人のそれとはまた別の魅了をかもし出していた。

「お待たせ。待ってた?」
「いやそんなに」

ほんとうは逢いたくてしかたなかった。だけどそんな想いは表情の下に隠し、感情を押し殺した。ヘタに悟られれば向こうのペースにハマってしまう。けれどももうひとりの自分は彼女に振り回されたいとも思っていた。


レイラは背が高くヒールを履けば僕と背の高さは変わらなくなる。店の中でしばし談笑していると通りすがりの人たちが次々と振り返った。この土地で目を見張る美人の彼女を連れているのはどこか鼻高々だった。

「ケントとは別れようと思ってるの」
「えっ まさか。いきなりぶしつけな発言だね。ケンカしながらも仲直りしているんだろう。腐れ縁とも言うし……。理知的なケントもきみの前ではちょっと取り乱すじゃないか。スマートで情感的なレイラとはお似合いだよ」

ほんとうはそんなこと露にも思ってはいなかった。ケントとは合わない。レイラの気持ちなんて僕にしかわからないさ、そう思っていた。

「彼、なんでも理屈で考えるの。感情を表に出さないの。私はそんな彼が嫌。どこまでもカッコつけようとする男は魅力的じゃないわ。あなたのようにカッコ悪いとこも見せてくれる男(ひと)がホッとするの」
「そうなんだ……」

意外だった。レイラほどパーフェクトな女性はいない。芯からそう思っていた。だけれどもパーフェクトな女性は必ずしも同じタイプの男性を求めてはいない。自分がパーフェクトであるぶんどこか息抜きが必要なのだろう。

「ちょっと外の空気吸わない?」
「あ、うん」

運転するアルファロメオに乗り込むやいなや、彼女はスロットルを強く踏んだ。いつものことだとは言え、荒々しい彼女の運転にはヒヤっとする。

「合わないのよ、根本的に。ケントとは」
「そうなんだ」

運転しながらふと見せる横顔からは少しさびしげな瞳が観えた。レイラは5歳のときお父さんを亡くしたとエリックさんから聴いていた。だからか、彼女はどこか男性にぬくもりを求めているのかもしれない。僕は彼女のことばをさえぎらずそのまま受け止めた。

「ケンカになってもいいの。同じ方向を向いていれば。わかり合うところが少しでも共有できるものがあれば、つながっている気がするのね」
「わかるような気がするよ」

彼女の吐露する心情にできる限り寄り添った。僕にできることはそれくらいしかない。15分くらい走ると、この間停めたオーストリアの街並みが観える小高い丘に着いた。車を止めるやいなや、彼女は僕の目を見つめた。あまり目を見つめる習慣のない日本人にとってはちょっと恥ずかしい。けれども逃げずに彼女の透き通る瞳を見つめた。


気づいたときには唇を重ねていた。次第に彼女の吐息が熱くなる。自然と僕の手は彼女の胸をまさぐり顔をうずめた。どのくらい時間が経っただろうか。窓を開けると涼しくひんやりとした風が入ってきた。その風にほてったからだを冷やされながら気持ちを取り戻した。

「もう元へと戻れないね」

進めてしまったコマは元には戻せない。危ない橋を渡ってしまった――ケントに対して後ろめたさを持ちつつ、レイラに寄り添えた気がして僕はどこか吹っ切れた、晴れ晴れとした気持ちでいた。

第30章 描く場所

翌日、眠い目をこすりながらベッドから起き上がりエリックさんと一緒に朝食を摂った。
 
「どうだい? オーストリア滞在は。少しは楽しめているかな」
「はい。何とか……」
 
「慣れない土地だからね。日本のどこかならまだしも、異国の地だから。アメリカナイズされたオープンなオーストラリアやニュージーランドでもない。伝統の国ヨーロッパ、なかでもオーストリアだから」

「はい。でも何か日本と共通するものは感じられます。オーストリアで師から弟子へと技術を伝承するギルド(職人)制度は日本の徒弟制度に似ています。アメリカの大量消費、大量生産システムとは違った独自色がある。

イタリアやフランス、ドイツやオーストリアには何百年も続く小さな企業があります。そこは家族的な仕組みでワインや農園、工芸品を守り続ける伝統的な農家があり、職人がいます。そうしたところは人を尊敬し大事にしていると感じました」
 
「そうだね。個人を大切にし、個のつながり・小さな集団を大事にする。これが大きな組織では思うように身動きが取れないからね。個の独自色を重んじるところはアメリカや中国といった大国よりもヨーロッパの小国のほうが意識は強い気がする。言ってみれば日本の和を重んじる精神に近いかも知れない」

「でも日本人は事なかれ主義なところがあります。和を乱してまで自分の意見を押し通したりしない。自己主張は控えるんです」
 
「ただどこの国にも個性的な人はいるよ。芸術家ではダリ、ピカソ、アンディ・ウォーホル、草間彌生、岡本太郎……彼らはほかの誰とも似つかわしくない独断と偏見に満ちた世界を生きている。自分を貫き、ほかの追随を許さない。誰が何と言おうと自分流で生き続ける。そんな彼らに時代は寄り添っていく。

もちろんゴッホやフィッツジェラルドのように時代が寄り添ってはくれず、死後になって評価された偉人たちもいるが。だからやりたいことをやったところで評価されるとは限らない。そこはきついところだ。


ただ才能はあるのに埋もれて行った偉人は自らの劣等感にやられていた。ゴッホは自分を売ることができず、フィッツジェラルドは自分がダメだから売れないんだと思い込んでいた。自分を無意識のうちに卑下していたんだ。だから何か突き抜けるような目を惹くメッセージ性がそこにあればいいんだ」


「エリックさん、僕は自分のことがよくわかりません。何をしたいのか、どんなことに携わりたいのか。日本にはカレンを置いておきながら、レイラのことも気になる。自信なんて全然ない。なんてダメな人間だと想う日があれば、なんてスゴイ自分なんだと自画自賛する日もある。自分の中でも評価が180度違うんです」

「誰しもそんなものだよ。自信があったりなかったり。才能がある人はその分劣等感も大きいものだ。ふり幅が大きいんだ。だから自ら卑下する必要はない」

「ありがとうございます。そのことばを聴いて少し落ち着きました。ずっと責めていたんです、自分という人間を――。なんてダメな男なんだ。なんて優柔不断な男なんだ、と」

「私だってそうだ。きみという人間を観ながらかつての自分を思い出すようだよ」
「えぇ!? ホントですか! エリックさんが僕のように悩んでいたなんて信じられない!」

「いや、本当だ。若いときというのは将来に向けて悩むものだ。だがいまだって自分の判断が正しかったか、常に悩み、考えている。あぁしておけばよかったと考えるのはいつものことだ」
「そうなんですね。なにかそれを聴いて安心しました」

「ひとつわからないことがあるんです。レイラから求められるようになって自信が芽生えたんです。日本の繊細で優しいカレンとレイラは真逆のタイプです。でもどうして真逆のタイプが僕を求めてくれるんでしょうか」

「それはきみが素の自分を出す人間だからだ。きみは弱さもさらけ出せる。ある意味それは最強の武器であり才能なんだ。ふつうの人はできない。カレンはきみと同じく素直に自分を見せられるタイプだ。だからきみに共感する。

一方レイラは隙を見せず理屈ばかりのケントのような人間といると息が詰まるんだ。レイラも勝気で男勝りなところがある。そんな彼女をきみは責めることなくやさしく包み込んでいるんだ」

「えっ ほんとですか。僕はそんなつもりはなかったんですが……。もしそうなれているのならうれしい。男として認めてもらえたわけだから」

第31章 冒険の旅

「ビジネスやライフワークはある意味恋愛と似たところがある。リスクはある程度承知のうえで、ときに飛び込んでいく必要があるんだ。やる前からあれこれ考えてもしようがない。やってみないとわからない部分があるんだよ」

「なんとなくわかる気がします。オーストリアにきてみていろんな人と逢ってみてすごく刺激を受けました。とくにマダム楊さんとレイラには……。やはり日本人と違って外国の女性は意思表示がはっきりとしています。だからある意味それが刺激的で新鮮です」

「そうだね。女性とのかかわりは理屈ではないからね。感覚・感性が求められる。ビジネスの世界でも昔は男性中心の発想でよかった。だが現代では女性のセンスなしには通用しない世界になっている」

「ところでエリックさん。エリックさんはチョコレートが好きで跡継ぎとなったのですか」

「いや違うよ。チョコレートが取り立てて好きというわけじゃない。けれどこれが面白いところなのだが、取り立てて好きでなくても関わっていくうちに愛着が沸き、好きになっていくものなのだよ」

「えっ、どういうことですか。ふつうはお菓子が好きで、お菓子作りがやりたくて、チョコレート好きが昂じて職人になっていく――その流れがあると思うんです。フランスだったら料理を提供することに喜びがある、とか――。けれどもエリックさんはそういうパターンじゃないのなら、いったいどういう関わり方でいまの仕事をやることになったのですか」

「これこそが奥深く面白いところなのだが、好きなことやりたいことって自分の中にモトからあるって思っているんじゃないかな。才能やライフワークというのは……」
「はい」

「しかし俳優や芸術家、音楽家などアーティストと呼ばれる人を追ってみると、意外とそうでもないことがわかるんだ」
「……というと」

「彼らは好きなことを思い切りやっているからいくらでもやれるし、幸せだと思うだろう? じつはそうでもないんだ。好きなことやりたいことであっても毎日毎日やっていると飽きがくる。だから仕事場に出かけるようにルーティン化してやっている人も少なくないんだ」
「へー、そういうものですか。意外ですね」

「そうだ。だから好きとか嫌いとかというのは表裏一体なんだよ。たとえばきみがレイラと逢いたいと思う。すぐに電話するかい?」
「いや、しません」

「どうしてかな。好きならすぐに電話したらいいだろう」
「それはしょっちゅう電話していたら、嫌がられるかもしれないし、意味もなくかけて負担に思われたくないからです」

「それは聴いたのかな」
「いいえ」

「だとしたらなぜ嫌がられるとわかるのかな。きみが好きでかけたいのならかけたらいいんじゃないかな」
「もちろんそうですが……レイラにも都合というものがあるはずだから……」

「そうだね。つまり好きな人に電話したくてもブレーキが入る。それは電話したいけどしたくないという二律背反の想いになるからだ。これはビジネスでも同じなんだ。

好きなことでも義務感になると嫌になるし、嫌で苦手な電話もやってみて反応がよかったらうれしくなる。好きと嫌いは表裏一体であり、環境やタイミングなどで変わって来るということなんだよ」

「なるほど。なんとなくわかるような気がします。つまりやる前は負担に感じ、前へ進めなくなることもあるけれど、やっていくうちに負担は軽くなり、やれるようになる。一歩踏み出した者が先んじるというわけですね」

「そうだよ。きみは日本でもオーストリアでもどこに住んでもいい。何をやったっていいんだよ。何となく惹かれるものを選び、やってみるといい。その中から自分にフィットし、喜びが出て来るものを選んでいくといいんだよ」

「なるほどですね。僕はどこか頭でっかちになっていました。やることはなんだっていいんですね。そう考えると何だかそれだけでワクワクしてきました。だって自由に選んでいいわけですから。

これから選択肢はいくらでもある。あと残すこと2か月あるから、エリックさんのところで思う存分吸収し、技術と知識を得てから日本に帰ります。これから観ていてください。エリックさんから観ても立派なひとりの男性となって日本に帰ります」

「頼もしいね。これからが楽しみだ」

僕はこれからの日々に想いを馳せ、きょうという一日を終えた。

第32章 スウィート・レッスン

翌朝8時に目が覚めるとすでにエリックさんはさきに起きていた。きょうからチョコレート菓子づくりとデコレーションのしかたを教えてくれるという。

スコーンと暑い紅茶、ベーコンエッグで朝食を軽く済ますと、工場へと向かった。そこでは欧米へと輸出する製品の製造がおこなわれていた。エリックさんが通りがかるとスタッフたちは手を止めあいさつをした。

「私たちの製品は2つのタイプがある。機械を使って均一の品質を保つ製品と一つひとつ手づくりの製品だ。前者は工場内で作るが、後者は別棟のチョコレート工房で作っている。ヒロくんには工場でひと通り作業工程をなぞってもらった後、工房でお菓子作りに励んでもらうよ」

「わかりました」

ふたつ返事で言ったものの、言ってみるのとやってみるのとでは大違いだった。工場ではベルトコンペヤーに乗って機械が自動で作ってくれるから基本的はそれをチェックしていくだけでいい。

けれども工房ではチョコレートを型に流し込むところからオリジナルデザインのデコレーションをおこなう。デザイナーのイメージ通りに作れるか腕が試される。もっとも一品一品ハンドメイドだから二つとして同じものはない。それだけに1つの作品が数十ドルから百ドルを超えるものまである。

エリックさんのチョコレートはユニークなデザインと最高品質の素材が相まってここでしか買えない一品となっている。そのため世界中から買い求められる。エリックさんはチョコレート菓子を通じてほんのちょっとの甘いひととき。幸せを味わってほしくてこの仕事をしているという。

エリックさんの工房で働きはじめて2週間が経ったとき、思いがけない観客が訪れた。ケントとレイラだった。

「おっとけっこう頑張ってるじゃないか」
「もう。ケントったらあんまり茶化すんじゃないわよ」

慣れない手つきで何とか周りの職人たちに着いている僕は、ケントからちょっとバカにされているような、冷やかされているような気がして、あんまりいい気はしなかった。

「まぁね、何とかやってるさ」

そう言うのが早いか、観たのが早いか。なんとレイラはケントと手をつないでいるじゃないか! 嫌々ながらか、それとも……。レイラはこっちの気持ちをわかっているのか! この間のできごとは何だったんだ! 付き合っているわけじゃないとは言え、神経を逆なでされるようだった。ケントとの関係はその後どうなったんだろう。もしかするとまだ別れてはいないのかもしれない。

それにだ。レイラの付き合い方に僕が指図できる資格はない。なぜなら僕だってカレンを日本に置いて来たのだから。頭に浮かんできた妄想をかき消し、ここでの修行を優先した。このところレイラとはメッセージのやり取りをしていなかった。そのせいだろうか。ケントと来たのは……。

正直目の前の作業をこなすのに精いっぱいで職や仕事に誇りを持つなんて余裕はない。オーストリア人民からすると、お菓子職人はパティシエとして高く評価する対象だという。けれども僕にとってはあと1か月半でどれくらい習得できるかが精一杯。正直毎日同じような作業だと嫌になることもある。けどしかたない。まだ体が覚えていないのだから。

だが3週目に入ったころから少しずつ身体が覚え始めた。車の免許を取るときと同じように3週間みっちり講義と実習をやると、誰でもある程度できるようになる。車が少しずつ意のままに動いてくれるようになると、運転が面白くなってくる。恋愛も車の運転もチョコレート菓子作りも慣れて来ると面白みが出て来る。

これから工房で作り上げたチョコレート菓子を店頭に並べるという。はるばる日本からやってきたヒロという青年が作った創作菓子。僕の乗るヨットの写真と共にメッセージカードを置いた。値段はほかの職人が作った価格よりも若干高くし、35ドルの値札が付けられた。

驚いたことに常連だという70代の貴婦人や通りがかりという30代の女性客二人が記念に、と買ってくれた。お客さんにとっては「味」や「もてなし」だけでなく「サプライズ」が意味を成すのだという。驚きで楽しませてくれて、しかもほかにない一品ならお金を惜しまないことがわかった。

僕はうれしかった。だって初めての作品が売れたのだから。情熱を傾け、夢に向かって踏み出してきた。やりたいことを形にするために。

最初はわからなかったけれど、もしかするとオーストリアは僕にとって第二の故郷かもしれない。エレナさんやエリックさんと出逢えたのも僕が道を探し求めていたからだ。

もちろんいっぺんにはいかない。きっと困難なこともあるだろう。けど日本とオーストリアでの経験をもとに海外と日本で仕事をはじめていく。それが何かはまだわからないけれど、きっとここでの経験が僕を前に進めてくれるはずだ。

僕は自分にそう言い聴かせ、レイラや遠く離れたカレンのことを思い出しながら、力強く一歩を踏み出していった。これから驚くべきできごとが待ち受けようとは、まだこのときは思いも寄らなかった。だが先の見えない未来へ向けて、手探りながら歩んで行くことにした。

「エリック 優雅なる生活」終わり。
(※注:この後、オーストリアで残された1か月半と日本で待ち受けるできごとが起きます。続く物語は再びアイディアが沸いたとき執筆していきます。)


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