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【創作大賞】応募作品『エリック 優雅なる生活』第一話 『チョコレート工場にて』第1章~

【あらすじ】
本作品は「
エレナ婦人の教え」に続く物語である。
入社3年目28歳になる主人公ヒロはIT企業へ出向。待ち受けていたのはこれまでにない試練。新しい上司の格好の餌食となり毎日罵倒されつぶれそうになる。

人生を諦めかけたとき「エレナ婦人」と出逢い、あらたな道を模索しはじめる。しかし日に日に状況は厳しくなり、遂にはリストラ。心機一転オーストリアに住むエレナ婦人の息子エリックさんのチョコレート工場で経営を学ぶことを決める。

旅立つ直前、自らヨットを操り船旅に出たヒロは屋久島に立ち寄り、漁師源三と再会。1か月に渡り漁を学ぶ。続編の本作はオーストリアへの旅立ちを前に無人島で過ごすところからはじまる。

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(※注:前作「エレナ婦人の教え」は人生の道しるべ。続く本作「エリック 優雅なる生活」はやりたいことを見つけ形にする物語。前作をまだお読みになっていない方は「エレナ婦人の教え」からご覧ください。)
《目次》※第一~第五話 まであり、章は通し番号
第一話『チョコレート工場にて』(あらすじ含む)第1章~
第2章~第5章
第6章~第8章
第二話『ビアホール・マインツ』第9章~第13章
第14章~第20章
第三話『情熱の鐘』第21章~第23章
第四話『浜辺にて』第24章~第27章
第五話『再会』第28章~第31章

第1章 旅立

源三と別れ、1週間が過ぎた。体を張ってくぐり抜けた、あの日々が懐かしい。ふと海の向こうに目をやると、潮風は肌に優しく、彼方には雲ひとつない青空が横たわっていた。
 
眼前には静かな海がどこまでも広がっている。日ざしはことのほか強く、ヨットの帆が甲板に小さく影を作っていた。そこで強烈な日差しを避けるべくその影に身を隠すかたちで「く」の字になって寝た。
 
どれくらい経っただろう……そんなことをぼんやりと考えているといつしか眠りこけていた。寝返りを打ち薄目を開けると、遠くに無人島らしきものが観えた。ヤシの実・果物がたわわになっている。ふだん観ることのないその光景にしばし見とれ、島に立ち寄ってみることにした。
 
波打ち際の砂浜に乗り上げるように船を停め、島の中心へと上がって行った。次第に日は暮れ、肌寒くなった。そこで木切れや枯葉を集め、たき火で暖を取ることにした。たき火の灯りで気づかなかったが、日は沈み、あたり一面暗くなっていた。
 
草木は少し湿っているのか思うように火がつかない。そこで乾いた葉っぱを見つけては混ぜ合わせた。何度かチャレンジするうちようやく火がついた。木々に着いた火はパチパチと音を立てて燃え、炎は揺れた。
 
たき火のそばに座り、ひと仕事終えた安堵感に浸っていると、源三から渡されていた手紙のことを思い出した。薄暗がりのなか、ポケットから手紙を取り出し、炎の灯かりだけを頼りに読みはじめた。字を書き慣れない源三らしく、それは手紙というより走り書きのメモだった。

~ヒロさんよ。ひとつ忠告しておこう、海を渡る心得をな。
 
嵐が来る前は何かと不安になる。だがいざ来てみると案外落ち着いていられるモンだ。危ないときほど自分を見失わねぇ。ほかが見えねぇからな。
 
だが嵐の過ぎ去ったころが一番危ねぇ。気が緩んで油断すっからな。
 
言ってみりゃあ男と女の色恋沙汰だ。周りが反対すればするほど本人たちはムキになる。カーッと熱くなるんだ。
 
ところがどっこい。いざ一緒に住みはじめたら、周りは急に静かになり本人たちは冷めちまう。そんなときだ、ほかの女に手を出すのは。それと一緒さ。
                               ~源三

――何のことだろう。
 
しわくちゃになった紙に、汚くよれた字――それはまさしく源三そのものだった。彼と過ごした嵐のような日々、それもいまは無い。源三さんは僕にどうしろと言うんだ――。

どこまでも続く水平線を境に、赤茶けた空と青黒い海が目に飛び込んできた。波の静けさだけが妙に目に付く。その光景を肌で感じているとだんだん小腹がすいてきた。
 
そこでさっき網でつかまえた魚を、一匹ずつ串刺しにして焼いた。芯まで焼けたのを見はからい、そのままかじりついた。海の塩加減がほどよくうまい。
 
いつしか夕陽は水平線の向こうにスッポリ隠れ、一層あたりは暗くなった。空には星が出はじめ、そのなかでひと際輝く星を見つめている、次第に気持ちも落ち着いた。

――何をしに、僕はこんなところまで来たのだろう……。
 
そんなことをボンヤリと考えていると、寄せては返す波の音が耳に響いてくる。その波打ち際に座り、波がかかるか、かからないかのところで星たちを眺めていると、旅立つ日の別れ際に言ったカレンの言葉が浮かんできた。

「ヒロ、離れていても遠くから見ているわ。本当はもっと一緒にいたかったし引き留めておきたかった。でもできなかった。あなたには役目がある。まだ見ぬ人たちがあなたを待っているわ、きっと。

怖くても突き進んで行く――そんなあなたを観て多くの人が勇気をもらうはず。自分にもできるんじゃないかと想ってね。だからあきらめないで。あなたのやっていることがいつか理解される時がくるわ。そのときまでわたし、応援しているから。今度逢うときは旅の話でもゆっくり聴かせてね」
 
カレンのことばが耳にこだまする。微笑みながら言った彼女の顔が目に浮かぶ――そのとき、忘れていた旅の目的を思い出した。
 
僕は、エレナさんの息子であり、チョコレート会社を営むエリックさんに逢いにオーストリアへと旅立つ――それは直接、彼の口から話を聴くためだ。お菓子工場でチョコレートを製造し、ヨーロッパ全土へ輸出する彼に、ビジネスのしくみから従業員やお客さんとの関わり、お金との上手な付き合いかたを学ぶためだ。自分のやりたいことを見つけ、どうやって形にしていくのか、じかに肌で学ぶのだ。
 
船旅にかまけてあやうく大事なことを忘れるところだった。エリックさんに逢いに行く――そもそもの目的を思い出すと、不思議と力が湧いてきた。オーストリアにはこれまで一度も足を踏み入れたことがない。行く先々にはどんなことが待ち受けているのだろう。オーストリアがどんなところか、エリックさんがどんな人か、それすらほとんど聴かずにここまで来てしまったのだ。

丸二日その無人島で過ごし、沖縄に立ち寄り、民宿に泊まる。一週間をかけ長旅の準備をするためだ。

かつてエレナ婦人もこんな旅をしたのだろうか。50年も前、どんな想いで海を渡ったのだろう……。当時は交通の便も悪かったしインターネットもなかった。いまとは比べものにならないほど不便だったし不安も大きかっただろう。時代は違えど彼女と同じ道をたどっている。これも何かの運命か。

沖縄から成田まで飛び、香港で一泊――。翌日、スイスはジュネーブへと飛んだ。勝手がわからずカタコトの英語しか話せない。身ぶり手ぶり交えて話すとやっとの想いで通じた。ジュネーブからは高原鉄道を使ってオーストリア入りした。
 
スイスからオーストリアまでの車窓から眺めるパノラマビューは壮観。これまでの日常とはあまりにかけ離れている。まるで別世界に来た気分だ。
 
レールの継ぎ目を拾う“ゴトンゴトン”という音が妙に心地良い。その音をBGM代わりに窓からの景色は、ほかのなにものにも代えがたかった。
 
オーストリアに着くと、地元では有名な老舗ホテルで一泊――。翌朝、エリックさんに指定された場所へと向かった。

第2章 ライン川のほとりにて につづく
 
 

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