【創作大賞】応募作品 エレナ婦人の教え 第一話「ふしぎな出逢い」第1章~(あらすじ含む)
【あらすじ】
これは実際に体験した物語である。
主人公ヒロは入社10年目。ようやく仕事にも慣れてきた頃、IT企業へ出向を命じられ、そこへ新しい上司が着任する。
計算・文章がめっぽう強く、ささいなミスでも許さない上司。彼はときに人格攻撃ともいえる叱責をくり返す。
心身共に疲弊し、つぶれる前まで追い込まれるヒロ。「もうダメだ。辞めるかもしれない……」。妻と3歳になる娘に打ち明けた翌朝、ふと立ち寄ったカフェで70代の貴婦人と出逢う。
すべてを否定され、窮地に陥ったヒロは、貴婦人に導かれ、物語を紡いでいく。すると一条の光が射し込んでくる――絶望の淵から立ち上がっていくシンクロニシティー物語(実話×小説=実小説)。
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《注:創作エピソード集はこちら
執筆におけるエピソードや背景をまとめ、オールカテゴリ部門として出品しています。物語がよりリアルに感じられると好評です。よろしければ併せてご一読ください。》
《目次》※第一話~第三話 章は通し番号。
第一話 不思議な出逢い 第1章(あらすじ含む)
・第2章~第4章
・第5章~第9章
・第10章~第11章
第二話 見えてきた日常 第12章~第14章
・第15章~第19章
第三話 源三語らない姿 第1章~第3章
・第4章~第9章
・第10章~第13章(エレナ婦人の教え 終わり)
(※続く物語「エレナ婦人の教え2 エリック優雅なる生活」はこちら
注:「エレナ婦人の教え」はここで一旦完結します。主人公は新たな人生を求めてオーストリアへ渡ります。続く物語も併せてお楽しみください。)
第1章 枯れた場所
疲れていた。
地元では名の知れた一流企業――待遇は申し分ない。だが……、何かがくすぶっていた。なぜだろう……、街のあちこちで見かけるスターバックス。決して高くない時給で働く彼らのほうが、イキイキとして観えるのは。
社会人ともなると学生とは違う。気が合うヤツとだけつき合う、そういうわけにはいかない。
初めての配属先は田舎の小さな営業所――まるで家族を思わせる職場だった。
だが。平穏な日々もそう長くは続かなかった。
3年後異動。本社配属。
朝の通勤ラッシュを終え、着いた都心のビルでは、二度と使わない資料ばかり作らされた。話す内容も堅苦しく事務的。元来自由奔放でざっくばらんな性格の僕には、苦痛以外のなにものでもなかった。
それでも。仕事に楽しみを見つけようと、努めて明るく振る舞った。
入社して10年――年は28になっていた。
ようやく仕事も慣れたと思った矢先。競争の激しいIT企業に飛ばされた。
V字回復達成でメディア露出も多いM社長。彼の元では常に「価格競争」「顧客獲得」「コスト削減」がうたわれた。
結果が出ないと役員は叱り飛ばされ、直属の部下は凍りつく。いつほこ先が自分に向くかわからないからだ。社長の怒声がドア越しに聴こえても、皆そ知らぬフリをした。表情の消えた顔でパチパチとパソコンを打つ音だけが響く――黙っていることも彼らにとっては仕事のひとつだからだ。
それは僕も、だ。
一人だけ目立つと損をする。「出る杭は打たれる」「目立ってはいけない」、その習慣が骨身に染みていた。
もちろん赴任したての頃は違った。職場を盛り上げようと、明るく話しかけていた。だが、それが裏目に出た。
「軽薄で、楽をしている――」そう周りに思われたのだ。そのせいで、いきなり3倍に仕事を増やされた。いくら「無理だ」と訴えても、相手にしてもらえない。
やってもやっても片づかなかった。そんな状況が続き、次第に僕は追い込まれていった。
降りしきる雨の日曜日、今日も職場に一人いた。
すでに時計の針は、夜中の3時を廻っている――。
なぜ、こんな仕打ちをされるんだ。僕がなにをしたっていうんだ! 明るく場を盛り上げようとしただけだったのに……。
3時半になった。もうすぐ朝になる。少しでも寝なければからだがもたない。
「このままでは体を壊す、帰らなければ……」最後の灯かりを消すとオフィス一面真っ暗になった。濡れた窓からは、外のネオンがわびしく観えた。
ビル前で客待ちをするタクシー。その一台に近づくと、あ・うんの呼吸でドアが開いた。
「いままで仕事ですか?」
「ええ、そうなんですよ」
「大変ですね」
夜を徹しての仕事で疲れているとわかっているのか、二言三言交わしただけで話は終わった。
家に着いた。玄関を開けると、靴を投げ出すように上がった。そのまままっすぐ風呂に入った。その後2時間ほど仮眠し、出社――。ようやくメドがついたと喜んだのもつかの間、朝礼が終わると、後輩の子の何気ないひと言が胸に突き刺さった。
「この仕事、前からヒロさんに頼んでいたじゃないですか。なのに締め切り過ぎて渡さないでください。ほかの部署にも迷惑をかけるんですから。忙しいのはわかりますけどっ」
はらわたが煮えくり返った。チクショウ! これ以上まだやれというのか。こっちがどれだけ大変か、わからないのか!
ヒョウヒョウと定時で帰るその子が憎らしかった。こんなに苦しんでいるのに……。周りだって誰も助けなかったじゃないか!
だがそのことばは言えなかった。約束をし、遅れたのは自分のせいだからだ。
さきに帰るヤツらは、昼のクソ真面目さとはうって変わり、夜はバカ騒ぎの飲み会をくり返していた。
「ふだん彼らも自分を出せないのかも知れない……」そう思い、日中なにかと話しかけていたのに……。
それが何の意味もなさなかった。「昼の顔」にだまされていたのだ。お人好しすぎる自分にもいい加減呆れた。悔し涙も出なかった。
みんな自分のことしか考えていない――そう思うと、自分だけバカを見た気がした。そのうち口数は減った。余計なことはなにひとつ話さなくなった。必死に周りを盛り上げようとしていた自分が情けなかった。
今日も疲れた顔の並ぶ通勤列車に揺られ職場へと向かう――。それは強制収容所に送られる奴隷のようだった。
いつからだろう……、自分を見失ったのは――。
入社したての頃は、思ったことのこれっぽっちも言えなかった。自分を隠し、周りに合わせ、作り笑いをした。
冗談でもイヤみを言われれば傷つき、なにも言い返せなかった。するとますます茶化された。はじめは「家族的」と思えた人たちも、よそ者にはどこか冷たかった。
なんとしてもこの状況を変えたい――。必死だった。給料を手にすると“人生が良くなる”というその手の本を買いあさった。自分を直したかったのだ。
努力の甲斐あって少しは相手に言い返せるようになった。場を和ませ盛り上げていたのが評価されたのだ。ところがそう喜んだのもつかの間、入社3年目にして本社に異動――。資料ばかり作らされる仕事に就くことになる。
その後本社で7年、入社から数えて10年目に、競争の激しいIT企業へ飛ばされた。
そこで二年が過ぎ、職場にもなじみ、ようやく自分のポジションをつかみかけたとき、新しい上司がやってきた。
ディベートを得意とし、三段論法で打ち負かす。パソコンと計算が異常に速く、難解な文章を難なく読みこなす。法律や専門知識にたけ、ささいなミスでも徹底的にやり込める。
それは楽しく、正直に生きようとする自分とは水と油だった。ちょっとでも言い間違うとすぐに揚げ足を取られ、話の主導権を握られる。話す前からろくろく聞いてはもらえない。仕事に関係しない私語は一切禁止――。終始無言で机に向かわなければならなかった。
「場を明るくし、和ませるのも仕事」と思っていた自分にとって、これほどの仕打ちはない。これじゃまるでロボットだ。ベルトコンベアーの前に立たされ、やりたくもない作業を強制的にやらされる。それは監獄に入れられた囚人の気分だった。
“いい加減にしてくれ。こんなことをしにきたんじゃない。もっとほかの仕事をやらせてくれ”そう叫びたかった。だが少しでもそんな不満を言おうものなら、もっと大変で骨の折れる作業をやらされた。これは嫌がらせなのか?
上司のご機嫌を取り、表裏使い分ける――。調子のいいヤツが得をし、まじめなヤツは損をする。そんなバカなことがあるか。上司の文句をまともに聴いていれば、何でも自分のせいになる。
“いやな仕事だよね”周りは皆そう言っていた……。そこで場を和ませ、面白くない仕事を少しでも楽しくやろうと声をかけていたのに――。
その行為は何の意味も為さなかった。一人バカを見たのだ。飲んだときの、あのバカ騒ぎは何だ! 昼と夜の態度があんなに違って変だと思わないのか。それこそ異常じゃないか!
