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エリック 優雅なる生活 第二話  『ビアホール・マインツ』第14章~第20章

第一話「チョコレート工場にて」第1章(あらすじ含む)~はこちら
第2章~第5章
第6章~第8章
第二話『ビアホール・マインツ』第9章~第13章


第14章 じいさんの『正体』

ふと我に返り、視線を横に向けてみた。するとさっきのじいさんが、隣の女性と何やら楽しそうに話している。話の中身こそわからなかったが、ニヤケる顔がやたらと目につく。女性は大きくVの字に開いた背中をこちらに向けて座っている。顔こそ見えないが、ピタっと張り付いた黒のワンピースのボディラインが僕の目を一層引いた。

女性はじいさんのトークに笑いころげていた。あんなじいさんのどこが面白いんだ。いったいどんなことを話しているのか。

“愛想笑いをしているに違いない……。あんな老いぼれじいさんの話、どこが面白いんだ。”そう自分に言い聞かせた。

 
だが本心は違った。少なからず嫉妬していた。あれは作り笑いじゃない。ドイツ語だから話の中身はわからないけど、喜んでいるかどうかくらいはなんとなくわかる。

「紹介しようか」
「えっ」

視線が女性に釘付けになっているのを悟られたのか、エリックさんが誘い水を出してきた。

「彼は私の師であり、友人でもあるんだ」

あんなしわがれじいさんがエリックさんの先生だって! エリックさんは誰が見ても疑いようのない紳士で、向こうは職がないヒマそうなじいさんというのに――。

「ご無沙汰しています」 

エリックさんが声をかけると、じいさんと女性は同時に振り向いた。驚いた。さっき入口で見かけた女性よりも美しいじゃないか。

 ブロンドで踊るようなウェーブの付いた、なびくような髪。グロスの光る魅力的な唇。吸い込まれそうなオーシャン・ブルーの瞳。スラリと伸びた首スジと細く尖ったアゴのライン。まるで造形美のような美しさだ。そんな女性が微笑みながらこちらを観たからドキマギした。

じいさんは最初の印象とは違った。しわがれてはいたが、ほっとする品の良さがあった。年輪を感じさせるその瞳はどこか味のある優しげなものだった。人生のレースが終わったかのように気の抜けた老人もいれば、エレナ婦人やこのじいさんのように品を感じさせる人もいる。何がこうも違うのか。

このじいさんは何かがひと際違っていた。現役という感じではないし、遊んでいる感じだ。だが何か光るものがある。それが何かはわからなかったが……。

“こっちへおいで”

じいさんはそう言って手招きした。その手に吸い寄せられるように、僕たちは彼らの席へと歩み寄った。

僕はその女性の隣に座った。すると不用意にも僕の脚と彼女の脚が触れた。その温かな感触は、なんだか嬉しいような恥ずかしいような気分に僕をさせた。

じいさんとエリックさんはひと言ふた言言葉を交わした。だが、僕の耳にはまったく入って来なかった。

「初めてなの? オーストリアは」 

驚いたことに、その女性も日本語を話せた。日本語学校で学んだというそのしゃべりは、これまでエリックさんが紹介した人以上に、はっきりと聴き取れた。しかしなぜ、僕を日本人だとわかったのだろうか。

「ええ……。はい……」 

答えにならない答えを吐いた。

「日本はいいところよね」
「そ、そう、ですよね」

彼女の顔があまりに近過ぎて、僕はドギマギしながら答えた。

年上か年下か分からない。失礼だとは思いつつ聴いてみると、学校を出たばかりの22歳という。それにしては、ませた感じだ。日本の突っ張った子や、おとなしめの子ともどこか違う。大人びた雰囲気がそこにはあった。

社交辞令のようなやり取りをひと通り終えると、エリックさんが口を開いた。

「ヒロくん。遅くなったが彼女を紹介しよう。名前はレイラ、この間学校を卒業したばかりだ。専門は経営学と音楽。バレエとタンゴができて、英語、ドイツ語、それに日本語も話せる。

もうひとり、こちらの年輩の紳士は私の師匠のエドさんと言ってね、工作機械や作業車などを売る会社を経営している。私の工場の機械もエドさんから買ったものだ。第一線から退いてはいるが、こうしてふらりとやってきては私に経営のアドバイスをしてくれる。彼も日本に住んだことがあるから日本語は話せるよ」

エリックさんは気を利かして日本語が話せる人ばかり用意してくれたようだ。

「こんにちは、ヒロと言います」
「やぁ、きみのことはエリックから聴いておる。実に将来が有望な青年だとね。エリックの姪のカレン、それにエレナさんからもひと通りのことは聴いたよ。ほっほっほ」

「え? そうなんですか。どこまで知っておられるんですか。なんだか気恥ずかしいですね」

それがじいさんと交わした最初のあいさつだった。

第15章 とらわれ

あたりを見回すと、これぞ紳士と淑女と呼べる人たちで賑わっていた。スーツとドレスを着て、ここはまるで社交場だ。

かつてアメリカのバーに行ったことがある。そこではでっぷりと太った人がグデングデンに酔って騒いでいた。だから静かなこの店の雰囲気は、僕には逆に新鮮に写った。

レイラはいままで逢ったどの女性とも違う。美しいブロンドの髪がさらさらとなびいている。わざとなのか、自然になのかはわからないが、彼女の太ももが触れるか触れないかの距離で当たってくる。だから話に集中できなかった。

雑念が次から次へと湧いては消えた。彼女のことをもっと知りたい。僕は二人だけで話したくなった。ただ、エドさんもレイラも僕とカレンのことを知っているようだ。だから身の振り方に戸惑った。

エリックさんは僕の気持ちを察したのか、話を振って来た。

「ヒロくん、せっかくだからエドさんに何か聴いてみれば。私とは違う答えがもらえるはずだ」

前置きなく話を振られて困った。質問を思いつく間などない。カレンとレイラがダブって観える。僕は頭を左右に振り、気持ちをすぐに切り替えた。

「そ、そおですねぇ……。ご趣味は」
「ヒロくん、ここじゃ遠慮や社交辞令はいらない。どうでもいい質問をしてもしようがない。一番聴きたいことを聴くことだ。時間は限られている。せっかくだから真っ先に本題に入ろうじゃないか」

エドさんは容赦なく鋭く突っ込んでくる。

「いきなり聴いちゃ失礼かなって思って遠慮していました。それじゃ単刀直入にお聴きしますね。

いまの悩みはやりたいことがなかなか見つからないこと。何からはじめたらいいのか、それがわからないんです。仮にやりたいことが見つかったとしても、それだけじゃ食べてはいけない。それが悩みです。

いまだに多くの人がお金のために嫌々仕事をやっている。不平・不満で一杯、退屈な毎日を送っているのです。

もちろんそうじゃない人もいます。仕事に喜びを見出している人たちです。たとえば、街なかにあるオシャレなカフェやクラシックなバー、花好きのスタッフが集まった花屋さん。家族経営の小じんまりした店で働く彼らは、好きな仕事を選び、それなりに幸せを満喫しています。

けれども彼らの生活は不安定、わずかなバイト代だけでやっています。逆にちゃんとした給料をもらっているのは正社員となった人たちです。ただその代わり嫌な仕事でも仕方なくやっている。好きな仕事だけするというのはムリがあるんです」

そう言うと、エドさんはニコリと微笑みながら答えた。

「いい質問だ。安定を得ようと考えるのなら、どこかの企業に正社員として勤め、まじめに働くのがオチじゃろう。嫌な仕事でも黙々とこなせばそれなりの給料はもらえるからのお。言い換えればほかの人と同等に仕事ができなければダメ社員のレッテルを貼られるわけじゃ。

平均的にできれば評価はもらえる。だから取り立てて抜きん出る必要はない。企業の評価は全体の合計点で決まり、できない人がいても回るようになっている。一定のレベルが保たれる仕組みになっているからダメ社員がいてもそれなりに仕事は回る。それはそれでメリットはあると言えよう。

その一方で、好きな仕事を選ぶ者たちもおる。一生に一度だからな、人生は。後悔したくないんじゃ。

ただ、どんな仕事にも何がしかのハードルはある。たとえば、パンが好きでパン職人になったとする。その場合でも接客販売、入金、在庫、客層、立地条件くらいは押さえておきたい。基本を押さえずやみくもにはじめても空回りするのがオチ。

現実的な側面を観ず、ただ好きなこと、やりたいことだけで稼ごうったって難しい」

エドさんの言うとおりだ。

「好きな仕事をすればすぐにお金が手に入るなんて思うのは早計じゃ。自由に仕事をし、やりたいことだけをしたい――そう思っても、立ち上げ時はなにかと苦労する。そういうときは、経験を積んだその道のプロからアドバイスをもらうといい。やるべきポイントを絞るんじゃ」

「好きなことの中にも、嫌なことや大変なこともある。逆に嫌で苦手なことでも、好きになる場合もあるってことですね。

いくら好きだ、この人だと思っても一緒に暮らした途端、嫌な所が目に付いてきたりしますからね」

エドさんの言わんとすることはわからないでもない。かつての職場で罵倒されながらも逃げなかった経験――それがいまでは役に立っているのだから――あのとき、逆境に追い込まれたからこそ強くなれたのだ。

「そのとおりだ。だが無理をしてまで嫌なこと苦手なことをしろとは言ってない。それじゃ無駄も多いし何でも屋と変わらん。ただ、だからと言って嫌だ、苦手だとばかりに逃げてばかりじゃ事態はちっとも良くならん。障害を避けていてはね」

「どういうことですか」

「たとえばだ。ある目的地まで列車で行くとする。途中大きな牧場があり、そこはとんでもなく臭い匂いがする。ところがだ。ちょうどその場所を通り抜ける時間に弁当が出るという。牧場を通過する間だけ線路は真っ直ぐで、ほかはカーブだらけだからじゃ。つまり臭い場所を通るときしかまともに食べられんというわけだ。さて、きみならどうする」

「そうですね。仕方なく食べるでしょう、その時間に」

「そうじゃろう。どうあがいても仕方がないからのぉ。その時間に食べるほかない。そんな思いをしてまで、と仮に食べなかったとしよう。そんなことをしても道中ずっと気になるはずじゃ。行く前からきみの頭は臭い匂いで一杯、違うかね」

「そうでしょうね」
「つまり気にするということは、そういう意識で生きているってことじゃよ」

「……」
「ピンと来とらんようじゃの。別な例で話そう。好きな人に告白したいと思ったことはあるかね」

「え? まぁ、それなりにありますけど」
「そんなとき、いざとなるとおじ気づかないかね」

「えぇ、おじ気づきます」
「そうじゃろう。好きな人にアプローチしたい。けれど断られたくもない。だから行動できないんじゃ。行動すれば断られ、傷つく可能性があるからな。リスクを取ることなく逃げる。ほとんどの男女が。だからいつまでもその悩みは続くんじゃ」

第16章 レイラの瞳

エドさんは何が言いたいのだろう……。チラッと横目でレイラを観てドキッとした。彼女がこちらを見つめていたからだ。透き通る瞳に吸い込まれそうだった。これじゃ目をそらそうにもそらせないじゃないか。これほど透き通る瞳をかつて見たことがあっただろうか。

「ちょっと外の空気を吸わない?」

そう言い彼女は僕の手を引っ張った。

「涼んでくるといい」
エドさんは言った。

「は、はい」

こっちの女性はずいぶん積極的だ。まだ逢ったばかりだと言うのに……。日本の奥ゆかしく恥ずかしがりな女性ばかり見てきた僕は、彼女の強引さに驚き、戸惑った。その反面うれしくもあった。

「乗って」

表に停めてあった彼女の車は、真っ赤なイタリア車、アルファロメオ。その助手席に体を滑らせ、借りてきたネコのように座った。ドアを閉めるやいなや、彼女はアクセルを踏む。“ブォン”と大きな音と共に体がシートに押し付けられる。僕は慌ててシートベルトを締めた。タイヤは石畳をスリップ、“キュルルル”と音を立てて回り出す。車は噴水のある中央コーナーを1周、郊外へと走り抜けた。

第17章 レイラと

開いた窓からヒュルヒュルと風が入ってくる風にブロンドの髪をなびかせ、レイラは素人とは思えない抜群のハンドルさばきを見せた。

「うまいね」
「そお」

まるで素っ気無い返事だ。余計なことは言わないタイプか。だがこういう女性もたまにはいい。日頃から優柔不断な性格を自認している僕は、自己主張の強い女性にどこか憧れる。

10分ほど走っただろうか、小高い丘の景色のいい所にきた。そこに車を停め、遠くの街並みに視線を移すと、ブラウンやワインレッドの屋根が観えた。古くも歴史を感じさせる家々が整然と建ち並ぶ。こうした風景にはヨーロッパの車が実にマッチする。

「目を閉じて……」

彼女は微笑みながら言った。夕陽はすでに落ち、薄暗くなっていた。

「黙って目をつぶってて……」

言われるがまま目を閉じていると、生暖かいものが唇に触れた。彼女の唇だった。

「わっ な、何だよ。ビックリするじゃないか」
「あいさつよ」

頭が真っ白になった。ヘッドライトの灯りだけが頼りの薄暗がりの中で、彼女のシルエットだけが白黒写真のように僕の目に映った。

「わからないことも時にはいいわ」 

意味深な言葉を放ち、フッと彼女は笑みを見せた。一体何を言いたいんだ。

第18章 見えない出口

突然のキスに驚き戸惑った僕は、シートベルトを両手でつかみ上げ下げした。道に迷った子どものようにどうしていいかわからなくなったのだ。

「あなたは何かを怖がっている。どこかおびえた子どものよう。いつも何かを伺っているみたい」

丘の上から観える赤茶けたレンガ造りの建物。クレパスで描いたような色とりどりの家々を眺めながら彼女は言った。

ほとんど言葉を交わすことなくここまで僕のことを言い当てるなんて――。カンが冴えているのか、物おじしないのか、レイラはストレートに想いをぶつけてくる子だ。日本から遠く離れたこの場所で、ジタバタしても仕方ない。観念した僕はカッコつけるのを止めにした。

「僕は人の反応が気になるんだ。無口な人、愛想のない人といるのは苦痛なんだよ。いつもご機嫌を伺ってしまう」

「ふーん、そうなの」

興味がないのか僕の言葉はまったくと言っていいほど響かなかった。彼女はオーストリアに生まれ、この地で育った。だから海の向こうのいち日本人の繊細な気質なんてわかるまい。まるでそっけない返事だった。

「あなたはどこへ行きたいの」
「えっ」

「いろんな人がいるわ、この国にだって。よかれと思ってやってあげてもいい反応が返ってこないこともある。それをいちいち気にしていたら……」
「気にしていたら?」

「やりたいことなんていつまでもできないじゃない」 

レイラの言う通りだ。源三さんと過ごした、嵐のようなひととき。着いていくのもやっとだったあの日々もいまはない。これといった問題がなくなった僕は、目の前の道を見失ってしまった。あたかもそれは、夏休みの宿題を早々と終え、やることがなくなった子供の気分だった。

「どうしていいかわからないんだ。やりたいことはボンヤリとはある。僕にしかできないことをやってみたい。やって、その喜びを誰かとわかち合いんだ。

いままでうまくいかないことばかりだった。でも、こんな僕でもやりたいことを伝えていくことで何か観えてくるものがあると思うんだ」

「そう……。でもいまひとつピンとこないわ。本当は何がしたいの」

そう言われて答えに窮した。自分の進んでいく方向がぼやけていた。漠然と夢を形にしていきたいとは思っていたが、何をどうしていけばいいかは自分でも皆目わからなかった。

「もう少しわかるように話してみて、くり返しね」

そう言うと、彼女はエンジンキーを回した。

第19章 風になびかせて

車が走り出すと彼女は窓を全開にした。急に肌寒い風が入ってくる。美しいブロンドの髪はまるで龍が舞うように踊り出した。オレンジ色に輝く街角のライトに反射し、彼女の髪はひと際美しく輝いた。

「続けて」

たたみかけるような物言いだった。仕方なくまとまらないまま僕は続けた。

「僕はね、レイラ。小さなことで悩む男なんだ。人との関わりに悩み、受け入れられた気がずっとしなかった。箸にも棒にもかからない男だと言われていたんだよ、昔はね。

それがあるとき、激しく罵倒する上司の下で働くことになった。砂をかむような毎日が続いた。でもそのおかげでエリックさんのお母さんのエレナさんとも出逢えた。自分をうまく出せるようになったんだ。

エレナさんのおかげで自分にも可能性があるように思えて来たんだ。お孫さんにカレンという女の子がいるんだけど、彼女とはすごく仲良くなってね。やっと女性に慣れたって感じかな」

「そう……」

相変わらず彼女の返事はそっけない。だが気にせずそのまま続けた。

「その後屋久島まで旅に出たんだ。そこで源三さんという漁師と逢い、からだを張って生きる意味を教えてもらった。いくら理屈ばかり知っていても実際にやるとなると大違いだからね。そこで僕はからだで学ぶことにした。それがひいてはオーストリアにまできてしまうことになるんだけど……」

「ここで何かを学ぶために来たわけね」

「そう。ビジネスをはじめるに当たって何が必要か、エリックさんに学ぼうと思ってね。ついでにはじめてのヨーロッパ旅行も兼ねてね。ただ、一つ予想していなかったことが起きた」

「何?」
「それはね……」

すぐには言葉が出なかった。言おうか言うまいか迷ったのだ。

「きみに惹かれてしまったことだよ。何でもハッキリ言うストレートなレイラに惹かれているんだ。カレンには怒られるかも知れないけど……」

彼女の表情が一瞬和んだように観えた。クールな視線は相変わらずだったが……

「僕はね、関わった人の人生が少しでも良くなればって思うんだ。自分の可能性に目覚め、少しでもいいほうに人生が進んでくれたらってね。

僕自身苦しいところからはい上がってきた。多くの人に助けられた。だから今度は僕の番だ。少しでも人の役に立てたらって思うんだ。あきらめなくていいってことを伝えたい。実際きみにも逢えたわけだし……」

いったん恥ずかしいことを言ったら大胆になれる。立場が逆転したようだ。

第20章 彼方へ

レイラはアクセルをさらに踏み込んだ。ギアを1速に入れると、エンジンが悲鳴を上げた。ミニのスカートからはスラリとした脚が伸び、ヒールのある靴で思い切り踏み込んだ。

石畳を滑るせいでタイヤのきしみ音が周りに響いた。僕の背中は車のシートに押し付けられた。荒っぽい運転だった。

「ちょっと待ってくれよ。怖いじゃないか」 

返事は無い。どういうつもりなのか。僕は気が気でなかった。彼女は決して自分を見せない。だがそのミステリアスさがかえってこちらの気持ちをくすぐった。

バーに戻ったときには夜の11時を回っていた。エドさんとエリックさんはまだ談笑していた。

「どうだったかね。夜の散歩は」
「えぇ、まぁ……」

不意にエドさんが尋ねてきたので適当にはぐらかした。さっきのことはふたりだけの秘密として胸にしまっておこう。バーに入る前、顔や服に口紅がついていないか、入口の鏡で見ておいた。初対面であんなことをしたとバレたら、エリックさんの僕を観る目も変わってしまう。

すると今度はエリックさんが口を開いた。

「さてと、本当はもう少し居たいところだが、そろそろこの辺でお開きだ。明日はとっておきの話をしよう。お金についての話だ。レイラにも来てもらおうと思っている。いいかな、レイラ」

「はい」

それからほどなくしてエドさんたちに別れを告げ、エリック邸に戻った。今日はいつもの寝床ではなく、中庭にあるコテージで寝ることになった。気分を変えるためだ。エリックさんの粋なはからいだ。

だがその日はなかなか寝付けなかった。慣れないことばかりしたせいか、妙に緊張し、体はこわばっていた。これからどうなっていくのだろう。夜空の星々に想いをはせ、僕はひとり空想した。

第三話 『情熱の鐘』につづく

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