【世界の内部監査の潮流】第10回:リモート時代の従業員不正リスクとは?
こんにちは、HIROです。私は現在、米国のシリコンバレーで「世界の内部監査のベストプラクティス」や「内部監査における生成AI活用」の研究とコンサルティングに取り組んでいます。このシリーズでは、日本の内部監査人が普段触れる機会の少ない「世界の内部監査」に関する最新情報を、迅速かつ分かりやすくお届けします。特に、アメリカの内部監査はその進化が日本より10年以上先を行くと言われており、非常に参考になるケースが多いと感じています。
今回は、以前紹介した「2024年の内部監査のトップ10ブログ記事」の中から、第8位のブログ記事をピックアップして、「リモートワーク時代に潜む従業員不正リスク」についてお伝えしたいと思います。この記事を読むことで、リモートワークと不正リスクの関係や、内部監査としての留意点を理解することができます。
1. リモートワーカーが引き起こす不正リスクの最前線
1.1. “便利”と“コスト削減”の裏にある落とし穴
リモートワークは働く側・雇用する側双方にとってメリットが大きいと言われています。場所に縛られないことで優秀な人材を確保しやすくなり、従業員の通勤負担やオフィス費用を削減できるのは企業にとっても大きな魅力でしょう。さらに、「地方在住でも大都市の企業で働ける」「海外に住んでいても日本の企業にフルリモートで勤務できる」というように、採用や働き方の可能性が大きく広がる時代になりました。
一方で、その“便利さ”の裏には「本当に社員本人が仕事をしているのか」という懸念が常につきまといます。対面で顔を合わせる機会が極端に少ないと、実態を把握できないまま、外部の第三者がその業務を肩代わりしている可能性も捨てきれません。海外では、これを悪用して“ダブルワーク”どころか“三重取り”している人がいる事例も報告されています。
1.2. 「そもそも誰が仕事をしているのか?」という根本的な疑問
リモート下での不正の一例として、記事中では「Enzo」という社員のケースが紹介されています。彼は自身の業務をこなすのが難しくなった際、退職した元上司を“裏で”雇って手伝ってもらったり、さらに若い学生やAIツールまでも利用し、会社に黙ってその業務を外注していたのです。結果的に、会社がやり取りしている相手は「Enzo本人」ではなく「別の人」や「AI」だった、という構造が生まれます。
このような状況で問題となるのは、単に「業務が外部に漏れている」というだけではありません。会社としては、守秘義務やプライバシー保護、知的財産をどう担保するのかというリスクが顕在化します。ましてや「競合他社に情報が渡ってしまっている」「機密情報がAIツールに入力されている」といった事態が起きれば、企業が被るダメージは甚大です。
1.3. “Overemployment”という急増傾向
さらに、リモートワークが普及するにつれ、“Overemployment(複数のフルタイム仕事を同時に持つこと)”という現象が拡大しているそうです。海外のメディアでは、Overemployed.com というサイトが存在し、数十万のユーザーが成功事例やノウハウを共有していると報じられています。
これが単純な副業や兼業ならまだ理解できますが、「フルタイムのリモート契約を掛け持ちし、それぞれの会社には自分が専念しているように見せる」というのは、明確に企業を欺く行為と言えるでしょう。ビデオ会議ではカメラを切り替える、あるいは常にビデオをオフにして正体を隠すなど、さまざまな“工夫”が盛んに交換されている現状は、内部監査人として決して見過ごせません。
2. 日本の内部監査にも応用できるリスク管理の視点
2.1. 日本企業でも起こりうる「リモートワーク詐称」
日本ではまだ“Overemployment”という用語はあまり馴染みがないかもしれません。しかし、リモートワークが定着する中で、実際には「複数のフルタイム案件を同時進行させ、報酬を二重・三重に得ている」ケースが散見されても不思議ではありません。
ある程度のスキルを持つエンジニアやデザイナーなど、可視化しにくい業務をこなす職種ほど、この問題が深刻化する可能性があります。たとえば、開発業務の進捗が遅いと感じても、「どうせフルリモートだから把握しようがない」と諦めモードに入る上司がいれば、社員側にとっては“サボり放題”になりかねません。
内部監査部門としては、「そもそもこの社員の勤務実態はどうなっているのか」という視点を常に忘れてはいけないでしょう。リモートワーク慣習が浸透した企業ほど、業務プロセスの透明性と監督体制を見直す必要があります。
2.2. “仕事をしていない”だけではないリスク
この種の不正行為は、「会社の業務をきちんと完了できない」ことだけでなく、情報セキュリティや競合他社への漏洩リスクを伴います。外注先や個人的な知り合いがデータにアクセスしている場合、守秘義務を果たしているとは限りません。
さらに、日本特有の文化として「黙って他部署に依頼する」や「会社が許可していない下請けを個人的につかまえてしまう」という事例も起こりやすいです。例えば、忙しすぎる経理担当者が、実務を知り合いの“経理経験者”にお願いし、その人が顧客データを持ち出してしまったというケースも考えられます。
こうした行為は当然ながら就業規則や秘密保持契約に違反しますし、監査対象としては“悪意のある情報漏洩”“利益相反”など、複合的なリスクとして扱わねばなりません。
2.3. 具体的な「赤旗」(Red Flags)の見極め
記事にあるように、「常にカメラをオフにする」「メールの返信が極端に遅い」「LinkedInなどSNSのプロフィールが適切に更新されていない」など、いわゆる“赤旗”が見られる場合には、もう一歩深掘りが必要かもしれません。もちろん、これらの徴候だけで即座に「不正をしている」と断定はできませんが、監査を通じて一定の検証を行うことは有益です。
日本の現場では「カメラをオンにしよう」という発想自体が抵抗を生む場合もあります。しかし、たとえば「少なくとも週1回はビデオ会議で顔を合わせることを義務付ける」「業務実績のエビデンスをチーム内で共有する」というルールを設けるだけでも、内部統制としては効果を発揮する可能性があります。自分が抱えている仕事の進捗や担当領域をこまめに可視化する仕組みがあれば、ダブルワークや外部委託の不正をしにくくなるからです。
3. 内部監査としてのアクションとまとめ
3.1. 不正リスクへの対策と啓発活動
内部監査人がこの問題にどう取り組むべきか。まずは、リモートワークにおける不正の可能性を経営層や関連部署に周知し、“ありえない話”ではないという意識を高めることが一歩目です。特に、人事部門やIT部門と連携し、採用時や入社後の研修で「このような不正は重大な企業リスクになる」という点をしっかり伝える必要があります。
また、権限管理やログ監視の仕組みを整えることも重要です。たとえば業務システムへのアクセス状況を監視し、明らかに“深夜帯の不自然なアクセス”が増えていないかをチェックする、あるいは使用している端末が当人名義のものかどうかを確認するなど、基本的なITガバナンスを強化するだけでも、多くの不正を未然に防ぐことができるでしょう。
3.2. 最終的に「信頼」へとつなげる内部監査の役割
リモートワークは多くの社員にとって働きやすい手段であり、今後もこのスタイルは定着する可能性が高いです。ただ、その背景では、多様な働き方が広がる一方で、不正リスクも拡散しやすくなります。その両面を理解したうえで、内部監査として「信頼に足る管理体制」があるのかを確認し、経営層に対して改善策を提言できるのが理想的な姿です。
内部監査人は、単に「不正を発見する」だけでなく、「組織の働き方を健全な形で進化させる」役割も期待されています。適切なモニタリングやプロセス設計を通じて社員との信頼関係を維持しつつ、不正を極力排除できる文化を根付かせる――そうしたアプローチこそ、リモートワーク時代における内部監査の新たな使命と言えるでしょう。
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(引用元:
Beatrice Saredo Parodi, “On the Frontlines: Remote Worker Fraud,” Internal Auditor, March 2024.
https://internalauditor.theiia.org/en/voices/2024/march/on-the-frontlines-remote-worker-fraud/ )
